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4.

 ほんの数刻前までオレたちが居た町の呼び方は獣鳴(ししなる)だったけど、こっちは読み方が違うんだって。それをウカイさんに尋ねると、本来の読みは『ししなき』だけど、地元民でもお年寄りくらいしか『ししなき』とは読まないらしい。

 午後一番、確かに修理屋は来てくれた。だけどタイガのバイクを見るなり、パーツが必要だから取り寄せなきゃいけない。また明日来ると言った。タイガは上機嫌だったけど、あの程度ならオレでも直せる。田舎ってよっぽどバイク乗りが居ないのか……?


「これは美味い。見事な美酒ですな!」


 イヴが持ってきた酒を飲みながらウカイさんが感心したように言った。オレは日本酒より甘いヤツが好きだけど、イヴが持ってくる酒はどれも飲みやすくて好きだ。


「お家は酒屋さんですか?」


 ウカイさんが尋ねる。イヴは歯切れ悪く返事をしながら視線をさまよわせた。


「あー、じいさんそれ禁句。ガッチェの禁止事項だからぁ」


 タイガはイヴの肩に腕を回して、呂律の回っていない声で言った。


「オレたちはぁ、互いの素性をペラペラ喋っちゃダメってルールになってんの」

「ほほう、それは申し訳ないことをしました」


 ウカイさんはニコニコと笑いながら、それ以上聞いてこない。優しくっていい人だ。

 ウカイさんが用意してくれた料理はどれも絶品で、きのこをたっぷり使った料理を腹いっぱい食べさせてもらった。メニューについてひとつひとつ説明してもらったけど、食べるのに夢中で全然覚えてない。

 腹いっぱいになった後は、各々自由時間。スマホでゲームしたり、酒を飲んだり。そんな中、先に寝落ちしたのはイヴだった。朝が早かったから疲れたのかも、と思った。


「なあ、イヴって地毛が金髪だろ」


 ほろ酔い状態のタイガがヘラヘラと笑いながら言った。傍にはイヴが眠ってる。

 サラッサラの金色の髪はちょっとくせっ毛で、人形みたいな顔してるし、これで喧嘩がめちゃくちゃ強いんだからズルいよな。多分学校でも女の子にモテモテだろう。


「下の毛まで金髪なのか見たくね?」


 タイガは悪戯にイヴの下半身を指す。ここで止めさせてりゃ良かったんだけど、オレも実のところ興味があったのだ。


「オレたち()()()な」


 そう言ってタイガがイヴのシャツを無遠慮に捲ろうとした瞬間、突然イヴがタイガの顎を蹴る。


「──」


 悲鳴もなく、ぐらりと傾いた体が床に倒れ込んだ。


「てめえら、ふざけんのも大概にしろ」


 滅多に怒らないイヴのマジギレ……いや、これは寝ぼけてる? 完全に据わってる青い目がオレを睨んだ。オレは慌てて無実を訴えようとしたけど、もう遅い。


「ぐはッ……」


 タイガが喰らったものよりも威力は弱かったけど、見事な蹴りを食らったオレも卒倒するのだった……。


「あっちゃん」


 ぷっつりと途切れた意識を現実に引き戻したのは弟の声。オレはいつの間にか眠っていたみたいで、弟に揺さぶられるまで熟睡していた。


「タイガが居ない」


 弟は開口一番そう言った。オレはまだ寝たかったのと、タイガが勝手に居なくなるのはいつもの事だろって思いながら寝返りを打つ。

 そんなオレの渾身の狸寝入りも、双子の弟の前では何の役にも立たない。弟は感情のない、ロボットみたいな黒い目でオレを覗き込んだ。


「イヴもどっか行った」

「うゥ……」


 オレはしぶしぶ体を丸めながら目を擦る。酒を飲みすぎたせいか、それともイヴに蹴られたせいなのか、頭がぐわんぐわんして気持ち悪い。でも、弟が差し出してくれた酒の水割りを飲んだら少し落ち着いた。寝る直前まで飲んでたヤツだ。

 食事の時も思ったけど、この村の水ってすっごく美味いんだ。飲みやすくてすっきりしてて、体が求めてる! って感じがするんだよな。日本酒と割ると、水道水なんかとは全然違うってわかるぜ。


「タイガが居なくなるのはいつものことだろォ……イヴは便所じゃねえ?」


 目を擦りながら欠伸をするオレをじっと見つめたまま、弟はかぶりを振った。

 口数に極端に少ない弟によれば、二人はウカイさんに連れられて家を出ていったらしい。行先はどこかの神社だと言ってた。


「何でオメェは行かなかったんだよ」


 ふと気になって尋ねるけど、弟はオレの袖を握ったまま返事をしなかった。こういう時、かわいい弟だなって思う。無愛想で亀みたいにボーッとしてて何考えてるか分かんねーとこはあるけど、オレと一緒じゃなきゃダメってことだもんなー、うんうん。


「違う」


 オレの心の中を読んだみたいに弟が言った。


「あっちゃん、行ったらダメ」


 弟は、声変わりしかけの掠れた声でぽつりと呟く。


「あっちゃん、()()()()だから。行ったら悪いもの連れてくる」


 悪いもの。

 脳裏に、オオカミ様の祟りという言葉が過ぎって背筋がゾクゾクしたけど……何で今になって思い出すんだろう。

 ビビってるオレに気づいた弟が、ほら見ろと言わんばかりに黙ってる。無表情だけどオレには分かるんだ。オレはコイツのアニキだから。


「び、ビビってねーし! オレたちも行くぞ、こーき!」


 慌てて立ち上がったオレは、ちょっとふらつきながら玄関に向かった。その後ろを弟がついてくる。

 街灯のない夜の村は、信じられないほど真っ暗で、恐ろしいくらいに静かだった。山の間にはうっすらと、夕日が沈んで赤紫になった空が見える。何でこの時間って、こんなに不気味なんだろ……。


「怖い時は、エッチなこと考えるといいんだって。タイガが言ってた」


 ブルってるオレに気づいたのか、弟がポケットから何かのゴミを捨てながら淡々とした声で言った。コイツはマジで唐突に変なことを言いやがる。だけど、普段より喋る弟と話してたら、怖い気持ちも何となく和らいだような……気がするだけかもしれない。

 それから、どれだけ歩いただろう。スマホの明かりで夜道を照らしながら歩いていると、不意に前方で何かが動いた。


「ひッ!」


 思わずビビって後退しちまうオレの代わりに、弟が後ろからペンライトで地面を照らす。

 小さな汚れた足が見えた。


「お、お前ら……ウカイ先生のところに来た、よそ者……?」


 暗闇の中に赤い瞳がまるで人魂みたいにぼんやりと浮かんでいる。


「よそ者、って……あ! ()()()()の子!」


 それはこの村で最初に見た、白い髪をした猫の女の子だ。古びた木箱を大事そうに胸の前で抱いていた。

 女の子は黙ったまま眩しそうに光を睨んでいる。オレは、慌てて弟の腕を掴んでペンライトを下ろさせた。


「早く……この村から出ていけ。ここは、よそ者が来るところじゃない」


 女の子は怖い声で言った。


「早くしないと──オオカミ様の祟りで殺されるぞ」


 その名前は、町で刺青のじいさんが言ってた言葉。山に入ったら、オオカミ様に祟られるって。


「オオカミ様って」


 不意に、それまで黙っていた弟が何かを言いかけた時、草むらが大きく動いた。


「ようやく見つけた」


 それはタイガだった。走ってきたのか、ちょっと息が上がっている。


「オオカミ祭りのケモノミコってアンタだよなー? 朝はよくもカエルぶつけやがったな」


 女の子は怯えたように後ずさると、すぐに身を翻して逃げ出そうとする。だけどあっさりタイガに羽交い締めにされた。


「離せ!」

「離さねえよバーカ。泣かせたいのは山々だけど、こっちはウカイのじいさんに頼まれてんだわ。ケモノミコを探して連れてこいってさァ」

「お前ッ……騙されてる!」


 女の子はそう叫んでもがいた。


「あのじいさんは、お前たちのことも生贄にするつもりだッ! 前回、ウカイはケモノミコを出さなかったからッ……」


 タイガが怪訝な顔をする。力が弱まったことに気づくと、女の子は渾身の力を込めてタイガを振り払った。


「だからこの村から出ていけって言ったんだ!」

「タイガ、ケモノミコって……」


 一体何なんだ。そう問いかけようとした時、前方からふらふらと近づいてくる人影が見える。


「オオカミ、様……」


 それはうわ言のように言いながら近づいてくる。痩せこけた中年の男だ。


「おっさん、こんばんはぁ。ふらふらしてるけどヘーキ?」


 タイガの声にも反応はない。ぶつぶつと何かを呟いている。耳をすますと、ひたすらに『おゆるしください』とか『オオカミ様』って繰り返していた。


「何か……ヤバくね?」


 小声でタイガに声をかける。タイガの腕の中では女の子の顔がみるみる青くなっていった。


「やだ……死にたくないッ! 兄様みたいになりたくない!」


 女の子は金切り声を上げた。それは歯医者に行きたくなくて駄々をこねる時のオレよりも、よっぽど切羽詰まっている。


「どうか、どうか獣鳴村(われわれ)の罪をおゆるしください……」


 うわ言みたいに呟いた男の手には包丁が握られていた。その包丁をどうするつもりなのか、そんなの見ればわかる。


「タイガやばい! コイツ、その子のことッ……」


 オレが叫ぶよりも前に、タイガが女の子を弟に向けて突き飛ばした。よろめいた女の子を弟が抱きとめると、それを合図にするように男が包丁を振り上げる。


「死ねえええええ!!!」


 人間の顎はそこまで開くのかと感心するほど、男が大口を開けて狂ったように吠えた。

 すぐにタイガが男の顔面を殴りつける。高校生のチンピラもワンパンで倒したことがあるその一撃なら、年寄りの一人くらい難なく倒せるはず……だった。


「なッ!」

「オううう、う゛うゥ……」


 男は怯む様子もなく、よだれを垂らしながら呻き声を上げている。その姿はまるで、ゾンビみたいだった。


「逃げろ逃げろ! コイツおかしいって!」


 オレは後ずさりながら弟に声をかける。男が長い腕を振るうと、包丁の切っ先がタイガの頬を掠めた。


「──」


 男の腕が、タイガの胸ぐらを掴んで草むらに放り投げた。タイガに跨り、男が凶器を振り上げる。


「このッ!」


 すんでのところで凶器を押さえ込んだタイガが男の腹を蹴り上げる。草むらの上で二人が上になって下になり、泥まみれになるのも構わず転がった。

 やばい、やばいやばい! このままじゃ、タイガが殺られちまう。なのに……オレの足は、竦んじまって全然動かない。


「あっちゃん逃げて」


 弟がポケットから銀色に光るサバイバルナイフを取り出しながら目配せする。何をする気、と問いかけるよりも前に、弟が男の背中に飛びかかった──。


「が、あ……」


 タイガの奪った包丁が、男の喉に突き刺さっている。ブシュッと嫌な音がして、噴水みたいに黒い血が噴き出した。

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