表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

2.

 出発前に飯を済ませたら、ついでに風呂にも浸かりたくなる。そうしたらいつの間にかダラダラしちまって、オレたちは全員眠りに落ちてしまっていた。長旅の疲れってヤツだろう。タイガに起こされるまで、完全に意識が無かった。


 時刻は午前四時。空がうっすらと白み始めている。オレたちは軽く朝食を食べてから別荘を出た。

 結局、必要最低限の荷物だけ持ってバイクで山道をのぼっていく。先頭はまたタイガと後部座席に乗っているイヴだ。

 山道は少し霧がかかっていて、空気もひんやりしている。湿度二百パーセントって感じだ。


「視界が悪くなってきたな」


 気をつけろよ、とイヴが声をかけたその時、急カーブの先からバイクが突っ込んできた!


「なッ!!」


 嫌な音を立てて、バイクが山の中の草木に突っ込む。もちろん、横転したのはタイガのものじゃなくて相手のバイクだ。


「あー、ちょっと見てくるわ〜」


 タイガは何事もなかったみたいにその場にバイクを停め、特に焦る様子もなく藪の中に進んで行った。鬱蒼と生い茂る草木でタイガの姿はあっという間に見えなくなる。


「大丈夫かな。あの人、スゲー勢いで突っ込んで行ったけど……」


 オレはイヴに同意を求めて言った。やがて、イヴがヘルメットを取ってシートの上に置く。


「やっぱり俺も見てくる」


 そう言ってバイクから離れようとした時、草木をかき分けるようにしてタイガが出てきた。

 何食わぬ顔で戻ってきたタイガの右手には黒い革財布。そして、左手には紙切れのようなものが握られていた。


「お前、それ……人の金」

()()()


 タイガはイヴの話を遮るように舌を出してふざけた調子で言った。


「拾ったじゃねえよ馬鹿。さっきの人は?」

「ああ? いねーよ」


タイガは妙なことを言う。俺たちはバイクから降りて、事故現場に足を踏み入れた。

 確かに、そこにバイクはない。あれだけ思いっきり突っ込んだっていうのに、事故の痕跡すらなかった。


「近くに崖とか穴もないみたいだな」

「だろー? 何もねえんだよ。財布は落ちてたけど」


 タイガはそう言って財布を左手に持ち替えた。

 せめて、あの人が無事であることを祈ろう。もし死んじまってたら……。


()()()


 突然、ぼそりと呟いたのは弟のタルタルーガだ。のんびり屋のタルタルーガ。イタリア語で亀って意味なんだって。呼びづらいからタルって呼んでるけど。


「さっきの人が死んでたら、俺達、みんな共犯者」


 オレの心を読んだみたいに、言って欲しくない台詞を弟が言う。


「そーか──殺しときゃ良かったなァ」


 オレの横を通る時、笑いながらタイガが言った台詞は、ゾッとするほど軽くて。幸か不幸か、イヴには聞こえなかったみたいだけど。


「じゃ、再出発ゥ〜」


 タイガの軽いノリで、オレたちは再びバイクを走らせた。

 霧はどんどん濃くなって視界を狭めていく。


「なあ、スピード落とせって」


 オレは前方を走るタイガに声をかけた。


「弱虫うさぎ〜、ビビってんのか?」

「ビビってねえし!」


 オレは頭に来て、エンジンをふかしながらスピードを上げる。後ろから、同じようにスピードを上げる弟の気配がした。

 またさっきみたいに対向車が突っ込んできたらどうしよう。そんな不安から、オレはタイガを追い抜けない。

 その時──。


「タル!?」


 躊躇いなくオレの横を通り過ぎたのは、弟のタルだった。それはあっという間に濃霧の中へと消えていく。


「ノロマな亀がうさぎを追い抜いちまったなァ?」


 タイガはオレを煽って爆音を響かせる。そんなタイガを叱ろうとしてイヴが何か言おうとした時、タイガもスピードを上げて濃霧の中へと突っ込んだ。排気音が不気味に反響して、濃霧に飲まれていく。


「く、くそぉ……」


 オレはハンドルを握りしめたまま毒づいた。

 これ以上入っちゃダメだって、今すぐ引き返したほうがいいってオレの中の何かが強く訴えてる。だけど、オレだけ逃げたら弟を、仲間を見捨てることになっちまう。それこそ弱虫うさぎだ。

 オレは負けじと、排気音を響かせて濃霧の中へと突っ込んで行った。その先に、何が待っているとも知らないで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ