2.
出発前に飯を済ませたら、ついでに風呂にも浸かりたくなる。そうしたらいつの間にかダラダラしちまって、オレたちは全員眠りに落ちてしまっていた。長旅の疲れってヤツだろう。タイガに起こされるまで、完全に意識が無かった。
時刻は午前四時。空がうっすらと白み始めている。オレたちは軽く朝食を食べてから別荘を出た。
結局、必要最低限の荷物だけ持ってバイクで山道をのぼっていく。先頭はまたタイガと後部座席に乗っているイヴだ。
山道は少し霧がかかっていて、空気もひんやりしている。湿度二百パーセントって感じだ。
「視界が悪くなってきたな」
気をつけろよ、とイヴが声をかけたその時、急カーブの先からバイクが突っ込んできた!
「なッ!!」
嫌な音を立てて、バイクが山の中の草木に突っ込む。もちろん、横転したのはタイガのものじゃなくて相手のバイクだ。
「あー、ちょっと見てくるわ〜」
タイガは何事もなかったみたいにその場にバイクを停め、特に焦る様子もなく藪の中に進んで行った。鬱蒼と生い茂る草木でタイガの姿はあっという間に見えなくなる。
「大丈夫かな。あの人、スゲー勢いで突っ込んで行ったけど……」
オレはイヴに同意を求めて言った。やがて、イヴがヘルメットを取ってシートの上に置く。
「やっぱり俺も見てくる」
そう言ってバイクから離れようとした時、草木をかき分けるようにしてタイガが出てきた。
何食わぬ顔で戻ってきたタイガの右手には黒い革財布。そして、左手には紙切れのようなものが握られていた。
「お前、それ……人の金」
「拾った」
タイガはイヴの話を遮るように舌を出してふざけた調子で言った。
「拾ったじゃねえよ馬鹿。さっきの人は?」
「ああ? いねーよ」
タイガは妙なことを言う。俺たちはバイクから降りて、事故現場に足を踏み入れた。
確かに、そこにバイクはない。あれだけ思いっきり突っ込んだっていうのに、事故の痕跡すらなかった。
「近くに崖とか穴もないみたいだな」
「だろー? 何もねえんだよ。財布は落ちてたけど」
タイガはそう言って財布を左手に持ち替えた。
せめて、あの人が無事であることを祈ろう。もし死んじまってたら……。
「共犯者」
突然、ぼそりと呟いたのは弟のタルタルーガだ。のんびり屋のタルタルーガ。イタリア語で亀って意味なんだって。呼びづらいからタルって呼んでるけど。
「さっきの人が死んでたら、俺達、みんな共犯者」
オレの心を読んだみたいに、言って欲しくない台詞を弟が言う。
「そーか──殺しときゃ良かったなァ」
オレの横を通る時、笑いながらタイガが言った台詞は、ゾッとするほど軽くて。幸か不幸か、イヴには聞こえなかったみたいだけど。
「じゃ、再出発ゥ〜」
タイガの軽いノリで、オレたちは再びバイクを走らせた。
霧はどんどん濃くなって視界を狭めていく。
「なあ、スピード落とせって」
オレは前方を走るタイガに声をかけた。
「弱虫うさぎ〜、ビビってんのか?」
「ビビってねえし!」
オレは頭に来て、エンジンをふかしながらスピードを上げる。後ろから、同じようにスピードを上げる弟の気配がした。
またさっきみたいに対向車が突っ込んできたらどうしよう。そんな不安から、オレはタイガを追い抜けない。
その時──。
「タル!?」
躊躇いなくオレの横を通り過ぎたのは、弟のタルだった。それはあっという間に濃霧の中へと消えていく。
「ノロマな亀がうさぎを追い抜いちまったなァ?」
タイガはオレを煽って爆音を響かせる。そんなタイガを叱ろうとしてイヴが何か言おうとした時、タイガもスピードを上げて濃霧の中へと突っ込んだ。排気音が不気味に反響して、濃霧に飲まれていく。
「く、くそぉ……」
オレはハンドルを握りしめたまま毒づいた。
これ以上入っちゃダメだって、今すぐ引き返したほうがいいってオレの中の何かが強く訴えてる。だけど、オレだけ逃げたら弟を、仲間を見捨てることになっちまう。それこそ弱虫うさぎだ。
オレは負けじと、排気音を響かせて濃霧の中へと突っ込んで行った。その先に、何が待っているとも知らないで。