1.
獣鳴町。それが町の名前。聞いた事ない名前だけど、そもそもオレ、電車乗らないから最寄り駅の名前すら知らねーんだった。
「そこで待ってろよ」
バイクをコンビニの駐車場に停めたタイガがヒラヒラと手を振った。オレたちはバイクから降りて、数時間ぶりに自分の足で地面を踏みしめる。
座りっぱなしでケツが痛いとか、タイガはスピード出しすぎだとか愚痴を言うオレの後ろで、弟がバイクを降りてコンビニに入ろうとしていた。それに気づいたイヴが呼び止める。
「タル、お前何買うの?」
「酒」
「飲酒運転じゃん……」
イヴが苦笑した。背中のリュックを下ろして軽く叩く。
「夕飯の時間まで我慢しろよ。家からとっておきの酒持ってきたから、みんなで飲も」
「さっすがイヴローニュ! 今回の酒もめちゃくちゃ美味いんだろうな〜!」
この中で一番常識があるイヴの好きなところ。それはいつも美味い酒を飲ませてくれるところだ。
イヴローニュっていうのは、イタリア語で酔っ払いって意味なんだって。酒にすごく詳しいから、タイガのアイデアでつけられたコードネームだ。
「焼酎は?」
「焼酎も少しあるよ。好きだもんな、タル」
弟はその返事を聞いて大人しくバイクに戻った。
そのままバイクの傍で時間を潰していたオレたちのところに、タイガと知らないじいさんがやってくる。
「ああ、おめぇらが坊ちゃんの友達か。ハッ……小坊のくせしてほんまにバイクで来やがった」
両腕に刺青のあるじいさんはオレたちを見て呆れたように笑うと、すぐに家まで案内してくれた。
ガッチェのルールにより、じいさんとタイガの関係を聞くのは禁止だ。
「すっげ……豪邸?」
山奥の田舎町に建ってるとは思えないくらいの、広い庭付き一戸建て。都会の窮屈な家とは比べ物にならないくらい立派な家がそこにはあった。聞けばこれは別荘なんだと言う。
「ここにおる間は好きなように使うてええけぇな」
そう言って、じいさんは自然な流れで家の鍵をタイガに手渡す。
「その代わり……くれぐれも山の中にゃあ近づいちゃならんぞ」
ぼそり、とじいさんが言った。
「オオカミ様に祟り殺されるで」
じいさんは怖い顔をしてオレたちをぐるっと見ると、後は何も言わずに家の外へ出ていった。
「じゃ、さっさと荷物置いて山行こうぜー」
まだじいさんが敷地に居るのに、タイガが大きな声を上げた。今の話聞いてなかったのか、とイヴが呆れた顔をしている。ちなみにオレも同意見だ。
「あんなのフリに決まってんだろ。入って欲しくて言ってんだよ」
タイガはそう言って笑うと、床に荷物を放り投げて家の外に出た。
獣鳴町の裏には巨大な山がそびえている。いかにも何か出そうな感じの不気味な山だ。
「不良……」
イヴはリュックを背負い直して苦笑した。その言葉を肯定と捉えて、タイガがイヴを同行者に引き入れる。その目がオレたち兄弟を見た。
「アンタはどうする? 泣き虫うさぎのヒースヒェン」
「そのあだ名やめろよな……」
オレはタイガを睨んで毒づいた。
出会ったばっかの時、よく泣いてたからって酷いあだ名だ。つーか、みんなイタリア語のコードネームなのに何でオレだけドイツ語なんだよ。
「ヒース、疲れてるなら留守番するか?」
イヴの優しさにオレはホロッとしちまう。不気味な山は怖いけど、でもみんなと一緒なら多分大丈夫だ。多分泣かねえ。
「い、行くに決まってんだろ! ガッチェはいつでも一緒だからな!」
オレはそう言って、ぼーっとしている弟の手を取る。
「じゃ、飯食ったら出発な〜」
タイガは煙草を咥えて満足そうに笑った。