プロローグ
今年の夏は、何かデカいことをしようとタイガが言った。何かって何だよ、とイヴが尋ねる。タイガはニヤッと笑った。
「人殺し、とか」
冗談でも笑えない。タイガは昔っからそういう奴だ。と言っても、オレたちは出会ってそんなに経ってないんだけどね。
ガットフェローチェ──通称ガッチェ。イタリア語で、獰猛な獣って意味なんだって。イヴが言ってた。イヴって言うのは、オレたちガッチェのリーダーだ。
オレたちはみんな学童保育で知り合った。学童って言うのは、親が放課後家にいなかったりする小学生のガキをテキトーに公民館なんかに集めて、テキトーに遊ばせるヤツ。
オレと弟は、たまたまその学童に行くことになった。母ちゃんがパート? を始めたから家に誰も居ないんだって。
学童には、とびきり目立つ二人組が居た。それがイヴとタイガだ。イヴは金髪に青い目をした、ちっちゃくてかわいい顔の無口な奴。タイガは派手好きで、意地悪そうってのが第一印象。煙草も平気で吸っちゃうし背も高くて声変わりしててさ、いわゆる女の子にモテそうな奴だった。
オレたちは互いの本名も学校の名前も知らないけど、すぐに仲良くなった。見かけによらずタイガが面倒見てくれて、オレたちもすんなり打ち解けることが出来た。タイガはすごく話が上手かったんだ。
学童でしか会えないオレたちは、その内に決まり事を作ることになった。
ひとつ、本名の代わりにコードネームを使うこと──これは、タイガからの提案だった。コードネームって言うのはあだ名みたいなものらしい。オレたちのコードネームはイヴがつけてくれた。イタリア語でかっこいいんだ。
ふたつめは、互いの家族や学校について聞き出そうとするのは禁止。秘密が多い方が面白いだろって、イヴが言ってた。
みっつめは、自分たちが楽しいと思える遊びをすること。これは弟からの提案だ。
よっつめは、仲間を泣かすのは禁止。これはオレの提案。タイガがよく忘れて破ってくる。
このルールを入れて作られたのが、ガットフェローチェというグループだった。
これはガッチェ史上最も長くて、最も過酷な旅の話。
オレたちの住むK県を出発して二日目。のんびり観光をしながら目指すのは、遠く離れたO県。そこにタイガの知り合いが居ると言う。
「腹減ったー」
「するめいか食う?」
「ガムの方がいい」
そんな話をしながら、オレたちは山道をバイクで走らせる。小学生が無免許運転してるのは秘密だ。
オレと弟は、店のバイクを借りた。父ちゃんの見てるところでミニバイしか乗ったことなかったから、悪いことをしてるみたいで結構ドキドキしてる。パトカーや白バイが視界に入った時なんて生きた心地しなかった。
タイガのバイクは自分のだと言うから驚きだ。学校にもバイクで登校してるんだって。黒くてピカピカ、紫のラインが入ったボディにイカつい三段シートが超カッコイイ。派手好きのタイガに相応しいバイクだ。
「アンタもバイク買ったら?」
「当然みたいに言ってるけど、小学生にそんな金あってたまるか」
タイガに話しかけられて、後部座席のイヴが呆れたように顔を背けた。イヴはこの中で一番常識がある。だからガッチェのリーダーなんだ。
「オレんちのお古でいいならさー、父ちゃんに聞いてみようかー?」
オレは前方を走る二人に聞こえるように声を上げる。オレに振り返ったイヴは、声変わりしてない女の子みたいな声で小さく『いいの?』と言ったように聞こえた。
「あ、いっそ店に来る? バイクの話できると父ちゃん喜ぶよ!」
「ヒース」
不意に後方からオレをたしなめたのは弟だった。
「ガッチェのルール、忘れた?」
ヒヤリと冷たい汗が背中を流れる。振り返らなくても弟がどんな顔をしてるのか分かっちゃうのが双子の辛いところだ。
「わ、分かってるよぉ……」
オレは唇を尖らせて速度を上げた。前方のタイガに合わせて道なりに車体を傾ける。どこまでも続く田んぼの先に、その町はあった。
「到〜着ゥ〜!」
タイガは爆音を山まで響かせながら徐々に減速していく。
オレたちは、そこで恐ろしくて不気味な体験をすることになるんだ。