エピローグ
それは、長い長い走馬灯。直前の眩しい光が嘘みたいに、目の前に広がっていたのは朝焼けに染まる山道だった。
「はっ……え……」
何が起きたのか分からなくて呆然とするオレの後ろで、タイガが歓喜の声を上げる。
「オレたち逃げ切ったンだよ!」
そう言ってタイガが指した先には、朝焼けに染まる町が見えた。獣鳴町。それが目に入った時、オレは何故か涙を流していた。悲しいのか嬉しいのか分からない。泣き虫うさぎと言われてもいい。ただ、声を上げて泣いていた。
タイヤをすり減らして地元に帰ったオレたちを待っていたのは、大人の説教だ。学童のセンセーと学校のセンセー。警察と、それからオレたちの父ちゃんと母ちゃんが待っていた。タイガだけは弥生ちゃんと一緒に先に家に帰っちまったからお咎めなしだったけど。
勝手に店のバイクを拝借したオレたちは、当然しこたま怒られた。けど、父ちゃんはオレにゲンコツをしなかった。
「今度から、ツーリングするなら父ちゃんに相談しろ。敦、聖」
「い、因幡くんのお父さん……そういう問題じゃなくて……」
担任のセンセーが父ちゃんに突っ込む。心配でずっと泣いていたという母ちゃんは、涙を拭いながらオレたちを抱きしめた。
「もう! バイクが欲しいならもっといいのが店にあったでしょ!」
「いやいや奥さん、そういう問題じゃなくてですね……」
母ちゃんは、ケーサツの人のツッコミも無視してオレたちのほっぺたに何度もキスしながら無事を喜んだ。
イヴの母ちゃんは説教どころか『どうせならバイクでイタリアまで行ってミソー!』なんて言って、青い目をキラキラさせながらイヴの頭を撫でてた。イヴの父ちゃんに至っては、マシンガンのように喋り続けるイヴの母ちゃんの話を無言で頷きながら満足そうに腕を組んでるだけだし! 何だよこの家族……。
家に帰って部屋のベッドに横になったオレは、山道での出来事を思い出していた。
突然豹変したみんなに殺されかける恐ろしい白昼夢。いや、夜中だから夢……なのか?
「あっちゃん」
開いたままのドアからタルが顔を覗かせてくる。オレは枕に顔を埋めたまま足を上下にバタバタさせた。
「何してるの」
「オメェに返事してる」
くぐもった声で答えると、頭上から無言の圧力を感じた。せめてため息でも良いから何か突っ込んで欲しい。
「体、もう何ともない?」
「おう。全然へーきッ!」
こーきは『そう』と言って、オレの頭に手を置いて軽く撫でる。
「あの村から、誰かついてきたらどうしようって。あっちゃん、優しいから」
「誰か? 誰もついてきてねーけど?」
弟は『うん』と言って首を傾げる。やっぱりウチの弟は不思議ちゃんだ。
「それよりさ、RAIIN見た? バイクパーツ持って来いって。アイツ絶対オレたちのこと便利な修理屋だと思ってるだろ!」
スマホを手に唇を尖らせるオレを見て、弟がぱちぱちと瞬きをした。
「イヴのバイク、メンテが必要だから。しょうがない」
「ついでにオレたちのバイクも直しておこーぜ」
弟が小さく頷く。
結局、オレたちが乗り回したバイクは、父ちゃんと母ちゃんからのプレゼントという形で正式に貰うことが出来た。
後から聞いたけど、弥生ちゃんはタイガの家でしばらく居候をするらしい。弥生ちゃんの家族が押しかけてこないか心配するオレに、タイガは『大丈夫じゃね? あの猫ババアに関東まで来る体力があるとは思えねーし』と言ってケラケラ笑った。
とりあえず一件落着……なのかな?
色々あったけど、オレは相変わらず仲間とつるんでバイクを乗り回している。
みんなが楽しいと思うことをする。その信念の元に作られたガッチェはでっかいチームになった。世間ではガッチェを暴走族だとか不良だとかって呼ぶ奴もいるけどさ、ガッチェを羨んで喧嘩を吹っかけてくるチームが居るから相手をしてやってるだけだ。
ただ、ひとつ心残りがあってさ。
例の旅行からしばらくしたある日、オレのスマホにタイガからRAIINが来た。グルチャではなく、俺個人へのメッセージだ。
受信したメッセージを見ると、そこにはこう綴られてた。
『死体、埋めるの忘れた』
そのメッセージにだけは、四年経った今も既読をつけられないでいる。