9.
眩しいヘッドライトを煌めかせて、二台のバイクが突っ込んでくる。蛇行運転しながら先頭を走るのは黒いボディのバイク。そしてもう一台はまっすぐにこちらへ向かってきていた。
「うぎゃあああッ!」
黒いバイクに次々とはねられて、村人たちが悲鳴を上げる。
混乱の真っ只中に居た弥生の手を、誰かが掴んで引き上げる。それはタイガだった。
「タイガ……!」
「乗れ、弥生!」
タイガは弥生の体を三段シートに乗せて、威嚇するようにけたたましいエンジン音を響かせる。弥生はギュッとタイガの背中にしがみついた。もう二度と会えないと思っていたから。
「人間……孫をどうするつもりだ!」
怒りに身を震わせながら祖母が怒鳴る。暗闇の中でつり上がった赤い瞳がタイガを睨みつけた。
「化け物ババアに言うわけねーだろ!」
ギュウンギュウンとバイクをふかしながら村人たちを一瞥したタイガが鼻で笑う。
「オレの女に手ェ出したら全員殺す。もしコイツを連れ戻しに来たら、地獄の果てまで追いかけてぶっ殺すから」
タイガは大きくハンドルを切ると、再び村人たちをわざとはねるようにして田んぼ道を強行した。その後ろから、村人を避けながらイヴが続く。
「タイガ、ちょっとやりすぎだ」
「殺してねーし良いだろ」
イヴにたしなめられてもタイガは楽しそうだ。その手が、弥生の頭を軽く撫でる。
「た、タイガッ……イヴもッ、無事だったんだな! 毒は……」
「毒?」
タイガがヘルメットの下で不思議そうに首を傾げる。後ろでイヴが笑った。
「みんな食事中に同じ酒を飲んだんだ。だから大丈夫」
その言葉に、弥生が『あっ』と声を上げる。イヴが化け物に振り撒いた酒は、悪いものを祓う力があった。つまり、解毒作用もあるはずだ。
「鳥飼先生は、酒の効能に気づいたはずなのに……何で」
弥生が不思議そうに呟いた。そんな弥生の頭にタイガがヘルメットを被せる。
「悪い奴ばっかりじゃねーってことだろ、あの村は」
ヘルメット越しにタイガの手が弥生を撫でる。弥生は泣きそうになるのをこらえて、小さく頷いた。
田んぼ道を進むタイガとイヴの後ろから、村人たちが農具を持って追いかけてきているのが見える。
「しつこい奴らだな……」
背後から聞こえる様々な怒声を耳にして、イヴが肩を竦める。
焦る弥生の視界に、ヒースとタルの姿が見えた。すぐにタイガに知らせると、タイガはバイクの走行音を上回るくらいの大きな声で叫んだ。
「ヒース、タル! バイク出せ!」
バイクの傍で立ち往生していた二人の少年たちは、再度タイガが声を荒らげるとあわてたようにそれぞれのバイクに跨った。
「子供たちを殺せえええ!!」
村人たちがすぐ近くまで迫ってきている。ヒースを先頭にして草むらに突っ込んだ少年たちは、まとわりつく草木にもみくちゃにされながら山道に飛び出した。
道は真っ暗で何も見えない。ただ、あの時と同じ濃い霧が辺りに充満していた。
「ううッ……」
「ひよってんじゃねェ! 行け!」
減速しようとするヒースを、タイガが怒鳴りつける。
「タイガ、追いつかれるッ……!」
村人たちの声が後ろからどんどん近づいてきて、弥生が怯えたようにしがみつく。
常人には走って追いつけないようなスピードでも、どうぶつの足なら簡単にバイクに追いつけてしまう。霧で周囲が見えない今、彼らがどこまで迫ってきているか分からなかった。
「行け行け行けええええッ!!」
先の見えない山道を下りながらタイガが叫ぶ。
濃霧の出ている夜の山道。しかも下り坂は信じられないくらいのスピードが出る。特に下り坂のカーブなど、タイミングを間違えたら曲がりきれずに道路に放り出されたら最悪死ぬこともあるだろう。ヒースはそんな恐怖の先頭にいるのだ。
「馬鹿馬鹿馬鹿ああああッ!!」
ヒースが泣きながら叫んだ。
「こんなところッ、オレは来たくなかったんだよお゛!! 全部タイガのせいだ! オメェが山に行こうって言ったから! こんなところまでツーリングしようって言ったからあ゛ぁ!!」
一度泣き出すと弟のタルにも止められない。ヒースはめちゃくちゃに泣きわめきながら速度を上げた。
「馬鹿、ちゃんと前見ろ!」
タイガの後ろからすり抜けてきたイヴが、ヒースの隣で並走する。恐怖でパニックになっているヒースを落ち着かせるように、優しく声をかけながらなだめた。
「俺も一緒だ。怖くない」
ピッタリとヒースの隣につけて並走しながらイヴが言った。そんなヒースを囲むように、タルも兄の後ろから進み出てくる。
「あっちゃん、大丈夫」
「う、ううッ……」
弟とイヴに囲まれて少し落ち着いたのか、過呼吸を起こしかけていたヒースが大人しくなった。
怖がる自分を受け入れるように深く息を吸い込んだヒースは、体を大きく内側に傾けて急カーブに備える。
大人顔負けのテクニックでカーブを曲がりきった時、ヒースの目の前に眩い光が広がった。