第二百五十七話 忘れられない記憶
「――あのっ」
クラスのみんなの前で、ひめが声を上げる。
その瞬間、誰もが押し黙って彼女に視線を集めた。
その光景を見て、ふと思い出す。
ひめはこうやって、人の視線を集める。普通とは程遠い特別な存在だからこそ、自然と注目を集めるのだろう。
そんな彼女は、凡人の俺とは違う世界の人間なんだろうな――そう思っていた時もあった。
でも今は、違う。
ひめの隣にいてあげられている。
だから、彼女を支えてあげるためにも……少しだけ強めに、彼女を握る手に力を入れた。
『そばにいるよ』
そう伝えるための仕草を、ひめもきっと感じ取ってくれたのだろう。
「……えへっ」
こわばった表情が、ちょっとだけ緩んだ気がする。
それから彼女は、小さく息を吸ってから……一言、みんなにこんな言葉をかけた。
「――ありがとうございました。勝つことができて、嬉しいです。とても、素敵な思い出になりました」
その言葉を耳にした瞬間。
俺は、ちょっとだけ泣きそうになった。
(ごめんなさい、じゃなくて……ありがとう、か)
ひめは他人に迷惑をかけることを極端に恐れる傾向があった。
聡いからなのか、彼女は一を聞いて十以上のことを察する。だからこそ、自分の行動が他人に与える影響の強さを考慮して、普段から感情を押し殺すような子供だった。
結果、表情の変化が小さくなって、感情の表現を苦手とするようになったわけだが。
でも、子供の成長は早い。
出会ってから、彼女は少しずつ大きくなっていった。
もちろん、身長だけが成長しているわけじゃない。心の在り方も、良い方向に変わってきていたのだろう。
前までのひめなら、この場面でみんなに謝っていただろう。
勝ってなお、拭えぬ罪悪感に苦しんでいたはずだ。
でも、今は……素直に勝利を喜んでいる。
謝罪ではなく、感謝の気持ちの方が大きくなっている。
そこに、ひめの成長を感じて――感動した。
同時に、すごく報われたような気持ちにもなった。
(良かった。あの時、ちゃんと鼓舞してあげられて)
ひめが転んだ直後。変に慰めるのではなく、ちゃんとそばで励ました結果、今の成長へとつながったと思う。
その喜びを、心から噛みしめていると。
「――いやいや! 俺たちも、星宮さんの応援のおかげで勝てたみたいなところがあるからな!!」
門田がひめの言葉に喜ぶように、デレデレになっていた。
分かるぞ。ひめの応援は可愛いから、彼の気持ちはよく分かる。
そしてたぶん、クラスのみんなも同じような心境だったらしい。
「こっちこそありがとー!」
明るい声が聞こえた。視線を向けると、太巻きさん……と呼んだら失礼なのだが、どうしてもインパクトが強すぎて、そのあだ名が先に出てきてしまうのは申し訳ない。とにかく、ひめが声をかけたクラスメイトの女子の言葉を皮切りに、クラスのみんながひめに歓声を送ってくれた。
なんだかんだ、みんなひめのことは見守っていたのだろう。祝福の言葉に、俺も頬を緩めた。
なんて優しい世界なのだろうか。
一人の子供の笑顔を守るために、みんなで一丸となって頑張った。
そのおかげで、今日という一日がとても素敵な思い出になるだろう。
俺にとっても、もちろんのこと。
それから、ひめにとっても。
あるいは、俺以上に……一度見たことを忘れられない彼女にとって、今日という一日は特別なものになるのかもしれない――。




