第二百五十四話 ラスボス
アンカー直前。
三位との差はわずかながら、最下位で繋がれていたはずのバトンは……今や、一位に迫る位置にまで追い上げていた。
中盤でひめが転んだ時、大きな差がついていたはずなのに。
一時は勝負を諦めてもおかしくないほどだった。実際、あの時点で転んだ当事者のひめは絶望的な差を感じていたせいか、大きく動揺していたくらいである。
だが、最終局面を迎えて、あの時に諦めなくて良かったと心から思えた。
(頼むぞ……門田!)
視線の先で、今しがた門田がバトンを受け取った。
太巻きを自称していた陸上部女子のクラスメイトが怒涛の追い上げを見せたことで、順位は――二位だった。
「一位は、えっと……三組か?」
周囲の誰かのつぶやきを聞いて、ふと彼女の存在を思い出す。
そういえば、アンカーにはひめのお姉ちゃん――聖さんもいるわけで。
彼女の所属するクラスは、たしか四組だったはず。
と、いうことはつまり。
「……お姉ちゃんがバトンを受け取りました」
ひめの報告を耳にして、視線をあげる。
なんと、四組は最下位だった。もちろん一位までの差はそこまで大きくないが……途中までは四組は順調だったはずなのに、いつの間にか形勢逆転していた。
だが、この状況が喜ばしいとは限らない。
なぜなら聖さんは、ああ見えて運動能力が高い。
ひめいわく『努力する根性があれば世界に名を馳せていたことは間違いありません』とのことだ。
名家『星宮家』の血は、彼女にも流れている。『知』の部分においてはひめが圧倒的。ただ、『動』の才能においては、聖さんがひっそりと受け継いでいるわけで。
(これは……まずいか?)
不安が脳裏をよぎる。
そしてそれは、杞憂に終わってくれなかった。
「――ぁ」
ひめが小さく声を上げた。
同時に、俺も呻きそうになった。
何せ、速い。
なんであんなに普段はおっとりしているのに、運動だけはできるのか。
「か、門田! 走れ!!」
無意識に声を上げていた。
ゴールラインで待っている俺たちに向かって、門田が懸命に走っているのが見える。流石、青春のほとんどを部活に費やしているだけあって、門田も足は速いらしい。二位で受け取ったバトンを、今は先頭で保持している。
一方で、門田の姿越しにも見えている。
まるでチーターのようにしなやかな走りを見せている、ラスボス――聖さんの姿が。
「門田ぁあああああああ!!」
「後ろから来てるぞぉおおお!」
「走れ脳筋! お前がここで抜かれたら存在価値がねぇぞ!!」
「運動で負けたらお前に何が残るんだ!!」
近くから、クラスメイトの罵声めいた声援が門田に向かって送られている。
たぶん、みんな近くにいるのだろう。しかしそれを確認する余裕はなかった。
勝負から目が離せない。
瞬きする時間すら惜しく感じる。それくらい、勝負は切迫していた――。




