第二百五十一話 清々しいほどのロリコン野郎
ひめの声は、不思議とよく通る。
まだ第二次性徴期を迎えていない子供特有の声音だからなのか、あるいは彼女自身が特別だからなのかは、定かではない。
確かなのは、この声援がクラスメイトたちに届いているということだ。
「がんばれっ。あと少しです……!」
今も、グラウンドを走るクラスメイトに向けて、一生懸命に声を張り上げている。
大きな声を出すことには慣れていないからか、普段の流暢な話し方とは異なって、どこかたどたどしい声だ。
でも、それが年相応の子供らしくも感じて、悪いとは思わない。
何でもうまくやる必要はない。できないこと、苦手なことは、誰にだってある。
そういう時は、他人の力を借りたらいいだけの話だ。
さて……ひめが再び顔を上げてくれた。
自分のミスを責めて、嫌悪することを中断してくれたことにまずは安堵している。
しかし、まだ足りない。
「――門田」
「大空ぁああああああ!!」
「いや。聞こえてるから」
返事まで大声にしなくてもいいから。
ひめとは違って野太い声だった。野球部特有の丸刈りの男子高校生。運動部特有の屈強な肉体から放たれる声は、鼓膜を直接殴っているようなやかましさを感じる。
ひめとは大違いだ。彼女の声は透き通ると言うか、聞いているだけで鼓膜が回復する気がする……というのはさておき。
「勝ちたい」
もう俺の走順は終わって、これからリレーは終盤を迎える。
ここから走る面々を代表して、このクラスをまとめている門田に意思を伝えた。
「ひめのためにも、勝ちたい」
「大空……お前はなんてまっすぐな奴なんだっ」
「え? あ、うん。そうかな」
「――清々しいほどのロリコン野郎だな」
「なぜそうなった」
今のやり取りのどこにロリコンの要素があったのだろうか。
よく分からないが、門田は俺の心意気をなぜか大きく評価しているらしい。
「だって、あんなに大勢の前で星宮さんと手を繋いで走るとか、只者じゃないだろ」
「別に手を繋いだわけじゃ――いや、まぁなんでもいいか」
先程、ひめが転んだ時は一心不乱だったので、どういう状況か覚えていない。
あの時の状況が誤解を生んでいるみたいだが、そのことについて弁明するのは後でいいだろう。
グラウンドを走るクラスメイトを見つめるひめを横目に、俺は門田に改めて思いを伝えた。
「こんなにまっすぐだと、逆に純愛にしか見えねぇよ」
「はいはい。それについてはいいんだ……とにかく、勝ちたい」
「――もちろん」
野暮な話はそこそこに。
俺の気持ちに応えるように、門田はニヤリと笑って軽く俺の肩を小突いてきた。
まるで『当たり前だろ』と言わんばかりに。
「むしろ、勝つに決まってるだろ」
「そう言ってくれると心強いよ」
「当然だ。だって、あんなにかわいい応援があるんだぞ? 大空みたいなロリコン野郎じゃなくても、みんな嬉しいに決まってるだろ」
俺はロリコンじゃないけどな。
でも、勝ってくれるのなら……その濡れ衣も甘んじて受け入れよう。
「良かった。じゃあ、俺はひめと一緒に応援してるよ」
「おう。大空だけにカッコいいところを奪われるのはムカつくからな。俺たちが何のために普段からクソみたいにきつい部活を頑張ってると思う? この体育祭で、女子にアピールするためだ!」
部活を頑張る理由がなんとも浅はかなのはさておき。
別に俺はかっこよくもないし、活躍もしてないのだが。
「……転んだ星宮さんに迷いなく走っていくのは、男として震えた」
「そんなに大したことじゃないよ。俺がひめと近しい存在だった、という理由しかないから」
「うるせぇ! 言い訳するな。大空はよくやってくれた……とにかく、後は任せろ」
これ以上の与太話は不要。
そう言うかのように、門田は俺から視線を切って再びクラスメイトの輪に戻っていった。
「てめぇら、声が小せぇぞ!」
「「「どりゃぁああああああ!!」」」
男子連中の悪ノリめいた怒声に、つい笑ってしまう。
でも、気合は伝わってきた。後は彼らに託そうか。
さて……これで本当に、俺にできることはほとんどなくなった。
後は、ひめと一緒に応援しようかな。
俺たちのクラスが、勝つことを信じて――。




