第二百四十九話 凡夫の意地
――当然だが、いくら気合を入れたところで人の能力が劇的に向上するということはない。
リレー中にひめが転んだ。順位が一位から圧倒的な最下位に転落した。次のバトンを受け取って以降、俺は無我夢中で走っている。
それでも差は埋まらない。
あるいは俺が少年漫画の主人公なら、こういう時にこそ覚醒を果たしていたのだろう。
俺自身の力によってひめのミスを即座に取り返して、一位に返り咲くことができたら物語的にさぞかし盛り上がることだろう。まぁ、距離を考慮すると物理的に不可能なのだが。
もちろん俺は、主人公ではない。
なんなら、ひめのような特別な存在でもない。
どこにでもいる、ありふれた凡夫。
しかし、だからといって諦めて良い理由にはならない。
(――っ!)
もうすでに、体力は限界を迎えている。
初っ端から飛ばしすぎた。気を抜くと足がもつれそうで怖い。気を付けたいところだが、そんなことを気にしている場合でもなく、速度を緩めたら顔から転びそうなので、むしろ更に力を込めた。
少しでも、前に。
少しでも、三位との差を埋める。
少しでも、ひめを――楽にしてあげたい。
(きっと彼女は、最下位になったら責任を感じる)
頭の良い彼女なら、失敗した責任を自ら背負うだろう。
いくら周囲が『大丈夫だよ』と慰めても、彼女は納得しない。
しばらく、立ち直れないほどに落ち込むのは容易に予想できる。
……そんな顔を、俺は見たくない。
この体育祭というイベントを、穢したくない。
ひめにとっても、素敵な思い出になってほしい。
だからこそ俺は……諦めたくなかった。
(才能なんて、関係ない)
ちょうどいい機会だ。
天才幼女に、教えてあげよう。
才能よりも、大切なものがあるということを。
「……大空!!」
声が聞こえた。
顔を上げると、もう次の走者がすぐそこに迫っていた。
いや、俺が近寄っているから、迫るという表現はおかしいか。
次の走者は運動部の男子だ。片手を上げて、俺に合図を送っている。
そんな彼に、バトンを託した。
「――勝つぞ!」
その言葉は、俺にしては珍しいセリフに感じた。
勝つぞ、だなんて……熱血キャラが言いそうな一言である。
それくらい気持ちが高ぶっていたのだろう。
バトンと同時に、思いを繋げる。
この気持ちに、彼もまた呼応するように。
「当然だ!」
そう言い切って、俺からバトンをもぎ取るように奪い、駆け出す。
それを見届けてから、レーンから外れるようによろけた後、俺は地面に倒れこむように膝をついた。
「はぁ、はぁ……っ」
息が苦しい。
だが、休んでいる暇はない。
(ひめはどこだ?)
顔を上げて、すぐに彼女の姿を探す。
ひめは……いた。
俺が彼女からバトンを受け取ったすぐ近くに、まだ立っている。
いや、呆然として立ち尽くしているようにも見えた。
近くには、クラスメイトの女子たちがひめを囲んでいた。
慰めているのかもしれないが、ひめの反応がない。それが心配なのだろう。少し騒然としている。
そこに小走りで向かいつつ、ふとあの人がいることにも気付いた。
(聖さん……!)
最愛の妹が心配なのだろう。
少し離れた位置で、ひめを見ておろおろとしている。
だが、勝負に挑んでいる手前、声をかけるか悩んでいるようだ。
その判断は正しい。今は、聖さんが声をかける場面ではない。
(ここは、俺の役目だ)
彼女に声をかけることはなかった。
ただ、俺がいるということを示すために、あえて彼女の視界をひめから塞ぐような進路で歩みを進めた。
「あっ」
俺に気付いたのだろう。後ろから聖さんが何か言いかけたが、それをあえて無視する。
言われずとも、分かっている。
ひめのことは、俺がなんとかする。
任せてくれ。そのために、俺がここにいるんだ――。
更新が随分と空いてしまって申し訳ありませんでした。
お読みくださりありがとうございます!
もう少しで完結なので、最後まで書ききりたいと思います。
あと少し、お付き合いいただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m




