第二百四十八話 天才少女の失敗
――きた。
最終競技のクラス対抗リレーで、ついにひめの走順が訪れた。
現在、俺たちの所属する一組の順位は……一位。
しかも、二位以下と結構な差がついている。この差を維持できたら、優勝できる。
このことを、ひめだって理解しているはず。
(がんばれっ)
俺は次の順番なので、もうスタート地点で待機していた。
だから、走っているひめを少し遠い場所から応援するほかない。
視線の先では、周囲の高校生よりも一回り以上体格の小さい少女が、一生懸命走っていた。
「が、がんばれー」
近くでは、聖さんがなぜかひめの応援をしている。
勝負相手として手加減はしないとさっきは言っていたのに……小声なのだが、最愛の妹ががんばっている姿を見て、応援せずにはいられなくなったらしい。
そういうところも聖さんらしくて、微笑ましいのだが。
それはさておき。
(いい調子だ)
もちろん彼女は、高校生と比較するとスピードは遅い。
だが、今は後ろの走者と差がまだある状態だ。この調子なら、俺にバトンが渡ってもまだまだ十メートル以上のリードはあるだろう。
……もしかしたら、クラスのみんなもひめに配慮して順番を考えてくれたのかな。
あの子が走りやすいように、あえて前の走者に足の速いメンバーを固めてくれていた。たぶん、そうなんだと思う
あるいは、みんな気合が入っていたので、いつも以上の力が発揮できたのか。
いずれにしても、ありがたい状況だ。ひめを邪魔する者はいない。
だから、大丈夫――と思いたかったところだが。
(ひめ……変なプレッシャーも感じていたんだよなぁ)
先ほどの彼女の様子を思い出すと、なんだか落ち着かなかった。
いつもは冷静沈着なひめが、今日は熱くなっている。
それがずっと、引っかかっている。
何事も無ければいいんだけど……と、思った瞬間だった。
「――あ」
誰かが、声をあげた。
その声は、一人だけじゃない。周囲でひめを見ていた多くの人があげている。
それから、近くの聖さんも……。
「ひめちゃん!?」
小声ではない。叫ぶかのように、妹の名を呼んでいた。
そうなって当然だ。スタートラインから半分ほど進んだところで……ひめが、転んだのである。
「――っ」
やっぱり、何かが起きた。
悪い予感がしていた。いつも以上に、ひめの気合が空回りしていた。
今日の彼女は、大人びた天才少女ではない。
年相応の子供で……だからこそ、足がもつれて転んだとしても、驚きはなかった。
考えるよりも、先に体が動く。
ひめが転んだ瞬間、俺は彼女のもとに即座に走り出していた。
「ひめ……!」
後の走者が、俺とすれ違うように追い抜いていく。
みんな、ひめの隣を通り過ぎる際、少しペースが落ちるのは彼女を気にしてのことだろう。
だが、ひめは怪我をしているわけじゃない。
転んだ直後、すぐに起き上がったのだが、バトンがうまく拾えなくてもたついていたのだ。
その間に、俺は彼女のもとに到着した。
「よ、陽平くんっ。順位が……順位がっ」
俺に気付いて顔を上げたひめの表情は、真っ青だった。
明らかに焦っている。いや、それどころじゃない……ひめは、パニックになりかけている。
だから、彼女を落ち着かせてあげるためにも――そっと、背中を支えてあげた。
「大丈夫だよ。あと少しだ……ひめ、走れる?」
「……は、はいっ」
まだ、彼女の走路は続いている。
だから、促した。優しく背中を支えてあげて、一緒に走った。
周囲のことは、もう見えていない。
ただ、彼女を安心させたくて……。
「ひめ。任せて」
「……っ」
「――見てて」
走路を終えて、すぐ。
彼女からバトンを受け取るや否や、即座に走り出した。
もちろん、順位は最下位だ。
一位はおろか、三位ですらその背中は遠い。
でも……そんなことは、関係ない。
(ひめを、泣かせるなよ……陽平!!)
自分に鞭を打って、走る。
足がとれるのではないかと思うくらい、全力で。
ひめが、気負わないように。
このリレーで、絶対に勝つ。
そのために、俺は……ひたすら、走るのだった――。
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