第二百四十四話 力とは『速度』
一球ずつ、ひめは丁寧に玉を投げる。
玉を拾って、しっかり握り、籠の位置を確認してから腕を振る。
決して慌てず、かといって臆することなく集中して投じられた玉は、綺麗な弧を描いて玉入れの籠に吸い込まれていった。
玉入れは五分間行われる。それを二試合行い、入った合計の玉の数で競い合う。
一試合目の残り時間、あと一分。試合当初こそ焦って周囲を見渡す余裕はなかったのだが、今は少し落ち着いている。クラスメイト達の奮闘や、ひめの観察もできるくらいには、視野も広い。
(たぶん、俺より入ってるかも)
ひめの精度が高すぎて、俺では太刀打ちできていなかった。一応、投げてはいるのだが全然入らない……球技の才能は俺にはなさそうだ。
まぁ、だからといって手を抜いていい理由にはならない。一応、やれることはやろう。
(――よし!)
改めて気合を入れなおして、玉を拾うために少し移動する。
その際、ふと視界の隅に見慣れた彼女を見つけた。
(あ、聖さんだ)
彼女の所属する四組は、俺たちの隣の籠で玉入れを行っている。
試合前のひめとのやり取りもあって、聖さんのことはずっと意識の片隅にあった。そのせいか、ふと聖さんの様子も見てしまったのである。
彼女はどんな感じなのだろう。
そう思って見たのが、間違いだったのかもしれない。
「――す、すごっ」
無意識に声が出てしまった。
なぜなら、聖さんが凄まじい勢いで玉を投げまくっていたからである。地面に落ちている玉を拾うと同時に投げていた……ひめとは違って、一投ごとの動作が雑である。
精度の高いひめとは比較にならない。普通に考えると、あの子の圧勝に思えるのだが……しかし、聖さんはその質を『量』で補っていたのだ。
まるで、千手観音。
腕が何本にも見える速度……はさすがに言いすぎだが、それに匹敵する速度で球を投げまくっていた。
籠を見ているかどうかも怪しい。もちろん、丁寧なひめと比較したら雲泥の差だが……この玉入れをいう競技は、フォームの綺麗さを競うものではない。
玉の入った数だけが、結果なのだ。
故に、聖さんのやり方も決して間違いではない。むしろ、理想に近いと言っても過言ではないのかもしれない。
「とりゃー!」
しかも、聖さんは気合も入っているみたいだ。
少し距離があるのに、聖さんの声が聞こえてきた。いつもはおっとりしているのに……妹に負けたくないという気持ちがやっぱり強いのかもしれない。
(これは――まずいな)
聖さんの様子を見ていたのは、ほんの数秒の出来事。
たったそれだけなのに、嫌な予感を覚えてしまった。
正直なところ、ひめが得意としているこの競技なら聖さんに勝てると思っていた。
しかし、あの子は一つ一つの動きが丁寧なので、聖さんと比較すると動作が遅い。丁寧な性格だからなのか、八歳だから体力が少ないからなのか……あるいは両方のせいかもしれないが、そのせいで聖さんに数歩後れを取っているように見える。
(聖さんに、力でゴリ押しされてる……!)
力とは、速さだ。
単純な筋力で、ひめの技術がねじ伏せられてしまっている。
(お、俺もぼーっとしている場合じゃないっ)
聖さんの勢いに呆然としていたが、このままだとひめだけじゃなくてクラスも負けてしまいそうだ。
慌てて玉入れに戻ったのだが。
やはり……結果は、惨敗だった――




