第二百四十話 幼女は疲労回復に効く
綱引きが終わると、ちょうどタイミング良くお昼休みになった。
これから一時間ほどはのんびりできるので助かる。綱引きで疲れているのでありがたい。
もしかしたら、自分で思っている以上にがんばっていたのかもしれない。普段は使わない筋肉を酷使したせいか、足と腕が重くて動かしづらかった。午後の玉入れとリレーに支障が出ないといいけれど。
ひとまず、弁当を食べて休憩しよう。
そんなことを考えながら、ひめが待機している場所へと向かった。
「……陽平くん。お疲れ様です」
俺が来るのを待っていたのだろう。到着する前から俺の存在には気づいていたようで、即座に声をかけてくれた。
「疲れたけど、勝てて良かったよ」
「はい。一位でしたね、おめでとうございます」
てくてくと、ひめが小さな歩幅を刻みながらこちらに近寄ってくる。
いつもなら、ひめの近すぎる距離感も嬉しいので何も言わないのだが。
「あ、ひめ。今は汗と砂で汚れてるから、近づかない方がいいかも」
綱引きで幾度となく倒れ込んだせいで、全身が茶色になっているのだ。汗もたくさんかいたので、微かに匂いがある気もする……この状態だと、ひめに不快感を抱かせてしまうのではないかと心配になったのである。
でも――ひめは、そんなことお構いなしと言わんばかりに、俺の意見を無視して汚れた服を触ってきた。
「気にしませんよ。がんばった証です……えへへ。陽平くんったら、背中にまで砂がついてますよ。少しかがんでください、砂を落としますから」
不快だなんて思うわけない。
そう言わんばかりに、むしろ屈託のない笑みを浮かべていた。悪意の一切ない純粋な笑顔である……その表情を見ているだけで、なんだか胸が温かくなった。
まぁ、そうだよな。
ひめは結果よりも過程を評価してくれる。ちゃんと、俺が足掻いていたところも見届けてくれたのだろう……その結果汚れていたとしても、あの努力を認めてくれているみたいだ。
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
汚れているところに触れられるのは、申し訳ない気持ちもある。
だけど、その好意を無視するという選択肢は当然ない。ここは素直に甘えることにした。
「んっ。陽平くん、綱引きなのに綱に引きずられていて面白かったです」
ぽんぽん、と。
背中付近に付着した砂を払いながら、ひめはからかうようにそんなことを呟いた。
どうやら、綱引きで一番印象に残っている場面がそれらしい。
たしか、相撲部の人との一騎打ちだったと思う。たまたま狙っている綱が一緒で……少しでも抗おうとしたのだが、綱ごと引きずられて無残に敗北したシーンだ。
「あはは。さすがに相撲部には勝てなかったよ。ひめの前だから、もう少しかっこよいところを見せたかったんだけどね」
できれば、もっとクールな負け姿でありたかった。
綱ごと体が吹き飛ぶように宙に浮いたので、自分でも思わず笑ってしまったくらい滑稽だったと思う。
まぁ、ひめもそのシーンで笑ってくれていたのなら、それはそれでいいのかな。
この子の笑顔を見られたのなら、無様でも全然気にならなかった。
「えへへ。あれは面白かったです……あ、でもかっこ悪いとは思っていませんよ。むしろ、一生懸命なところが、すごく素敵でした」
……いや、この子は無様とすら思ってはいないか。
俺なりに、真剣に向き合った。その姿勢をひめはちゃんと評価してくれたのだ。
(やっぱり、がんばって良かった)
心からそう思えた。
たとえあまり活躍できずとも、懸命な姿をこの子に見せてあげられたし、ひめもちゃんと見てくれていた。
しかも、素敵だとも言ってくれたのだ。
その言葉だけで、疲れがなんだか吹き飛んだ気がした。
体はすごく疲れている。
でも、これなら午後もがんばれそうである――




