第二百三十八話 みっともなくても
野球部の門田を中心に円陣を組む。
「勝つぞ、お前ら!」
「「「うぉおおおおおおお!!」」」
クラスメイトの気合は十分。なんなら同じクラスなのに俺が少し驚いたくらいには、やる気満々だった。
と、いうことで試合が始まりそうだ。
進行がスムーズなせいで……と表現したら、体育祭の実行委員に悪いか。ただ、進行に滞りがないこともあって、ひめに声をかけられていないことがやや気がかりである。
一応、時折彼女のいる方向を見て確認はしている。
ひめは綱引きが行われるフィールドのギリギリの場所にぽつんと立っていた。もう少し離れた方がいい気もするけど……まぁ、邪魔にはならない位置なので大丈夫なのか。ひめの近くには、うちのクラスの女子もいる。あのあたりにいてくれたら安心かな。
「女子も見てるぞー!」
「「「うぉおおおおおおお!!」」」」
男子高校生だなぁ。
俺にはない男性フェロモンをまき散らすような野太い声だった。俺にもこれくらいのエネルギーがあったらなぁ、とぼんやり思いながらスタートラインへと向かう。
作戦はある。
……というと語弊を生むか。厳密にいうと俺にはなくて、クラス単位ではあるというわけだ。
先ほど、門田達が作戦めいたことをいろいろ言っていた。だけど俺がやることはシンプルに、一番近くの綱を引っ張るだけなので、作戦なんて単語を使うことがおこがましいだろう。
身体能力はせいぜい平均。体重もあるわけじゃないので、綱引きにおいては人数のかさまし程度の役割しか果たせない。
つまりこの場において、俺は主役ではない。
がんばっても、がんばらなくても、結果に大きな影響はないだろう。
……もしかしたら、去年までの俺ならここで少し力を抜いていたかもしれない。
適当にやっているふりをして、この時間をやり過ごそうとしていたと思う。それくらい無気力だったし、意欲もなかった。
だけど今年は、違う。
(――ひめが見ているんだから、精一杯がんばろう)
たとえ、微力でしかなくても。
どんなにがんばったところで、端役にしかなれなくても。
それでも、力を尽くす。
かっこよくなくてもいい。だけど、みっともない姿だけは見せたくないと覚悟を決めると同時に、綱引きが始まった。
『よーい、スタート!』
拡声器越しの声の直後、甲高いホイッスルの音が鳴り響く。それと同時に、スタートラインから綱引きのメンバーが一斉に飛び出した。
対面側からは当然、対戦相手が走り寄っている。様子を観察したいところだが、必死なのでその余裕はない。運動部のメンバーに少し遅れて、一番近くの綱に飛びついて……力の限りに引っ張った。
それからのことは、あまり記憶にない。
「――っ!!」
綱を引っ張るだけなのに、どうしてこんなに疲労するのか。
息を止めて、踏ん張って、力の限りに綱を握って、引っ張っていたせいだろう。周りのことなんて考える余裕もなかった。
でも、そのおかげか……俺の飛びついた綱は確保できたわけで。
自分のエリアのラインを綱が超えると同時に、ふと周囲を見渡したら……あと一本もしっかりと確保されていた。三本中二本確保できたので、これでまずは一勝である。
「よくやった、大空!」
大したことはやっていないけど、門田が声をかけてくれた。
なんだかんだ、俺のことも気にかけてくれているのかもしれない。本当にいい奴だなぁ。
「ちなみに綱引きは総当たり戦だから、あと三戦あるぞ!」
「……マジか」
五クラスの総当たり戦なら、全部で四試合あるわけで。
一戦終わっても、まだまだ先は長そうだ。
(明日は筋肉痛だなぁ)
今の時点でもう、全身の筋肉が悲鳴を上げている気がするのに。
明日は間違いなく、苦痛に呻くことになるだろう。
やっぱり手を抜いたほうが良かったかな……とはもちろん、思っていないのだが。
(ひめは……うん、楽しそうだ)
ちらっとひめの方を見たら、嬉しそうな表情で両手を叩いていた。かわいらしく拍手している姿を見ると、全身の力がちょっとだけ抜けた。
あの笑顔を見られたのだ。
本当に、がんばって良かった――。




