第二百三十四話 幼女はお任せあれ
十月下旬。さすがに夜は冷え込むようになっていて、冬の空気が少しずつ顔を出してきた時期。
「来年からはもう少し早い時期に体育祭をやろうかなって、生徒会でも話が出てるんだよね~」
朝。グラウンドの片隅で集合時間を待っている間、隣にいた聖さんがそんなことをぼやいた。
体育祭という大きな行事ということもあってか、今日も聖さんは忙しいらしい。しかし、強引に時間を作って俺とひめのもとにやってきたのである。
「たしかに、運動をするには気温が少し低いですね」
「うん。ひめちゃんも、体を冷やしたらダメだよ?」
「大丈夫です。ちゃんとジャージを着ているので」
姉妹の会話を聞きながら、ふと空を見上げた。
天気は快晴。まだ早い時間なので気温はやや低めだが、この空模様なら日中は気温が上がりそうである。とはいっても、汗だくになるほどではないので……まぁ、絶好の運動日和とも言えるのかもしれない。
しかし、聖さんは気温をやや気にしているようだった。
「本当に大丈夫? 寒いなら、お姉ちゃんのジャージも着てていいよ?」
「大げさです。大丈夫ですから」
「で、でもぉ」
……いや、気温を気にしているのではなく、ひめの体調を心配しているのかな。
相変わらず、妹のことを溺愛している。わざわざ時間を作って俺たちに会いに来たのも、ひめの様子を見るためだろう。
「うぅ……ごめんね、ひめちゃん。今日は忙しいから、お昼時間も会いに来れないかも」
「生徒会のお仕事がたくさんあるので、仕方ないです。わたしのことは気にしないでください。お姉ちゃんも、無理しないでくださいね」
「ひめちゃん……! 好きっ」
気遣われたことが嬉しかったのだろう。たったそれだけで聖さんは感極まって、ひめを抱きしめていた。
「ふぅ……やれやれです」
そしてひめはちょっとめんどくさそうにため息をついていた。姉の過剰なかわいがりにちょっと辟易としているのかもしれない。それでも文句を言わずに抱きしめられるがままでいるのは、ひめなりの優しさに見えた。
本当にこの姉妹は、微笑ましいなぁ。
「――よしっ。ひめちゃん成分もたくさん補給したし、そろそろ戻るね。よーへー、今日はひめちゃんを任せた!」
「うん。任せて」
ひめの様子を見るついでに、俺にも一声かけたかったんだろうなぁ。
雰囲気こそ緩いが、聖さんはこういうところがしっかりしている。ひめのことは任せてと頷いたら、彼女はにこやかに笑って頷いた。
「じゃあ、いってくるね!」
「はい、いってらっしゃい」
「がんばれ~」
最後に聖さんに手を振ると、彼女は名残惜しそうに何度も振り返りながら遠ざかって行った。
その姿が見えなくなるまで、ひめと一緒に見送った。
「まったく……お姉ちゃんは心配性ですね」
そして、ちゃんと見えなくなったことを確認してから、ひめが小さく息をついた。
仕方ないなぁ、と言わんばかりだが……心配してくれていることは、嬉しいのかもしれない。なんだかんだまんざらでもなさそうである。
「あはは。聖さん、ひめのことが大好きだからね」
「それは嬉しいのですが……まぁ、いいです。今日は心配不要ですから」
そう言って、ひめは俺のジャージをちょこんとつまんだ。
何事かと思って目線を下に向けると、彼女と目があって……その瞬間に、ひめは笑った。
「えへへ。今日は陽平くんがいるので安心です」
……信頼してくれている。
その気持ちが伝わって、とても嬉しかった。
体育祭は、あまり好きなイベントと言えないのだが。
だけど、今日は楽しい思い出が作れたらいいなと、そんなことを思うのだった――。




