第二百三十三話 バッファーのひめちゃん
体育祭前日。俺とひめは、教室でのんびりと過ごしていた。
放課後の練習を終えてから戻ってきたのである。ジャージも着替えて、今は二人とも制服姿だ。
「いよいよ明日だね」
「はい……明日、です」
約一ヵ月。平日は毎日のように練習を重ねた。
おかげで、俺もひめもあの時に比べたらまだ動けるようになったと思う。
まぁ、俺にかんしてはそこまで成長が大きくないのだが。
ただ、ひめはこの一ヵ月で目を見張るほど成長した。まだ年齢が幼いからなのか、身体能力も大きく向上したように見える。
ただ、彼女の表情は少しだけ暗かった。
「やっぱり、まだ不安?」
「少しだけ……いえ、これも強がりですね。かなり、不安です」
椅子にちょこんと座っている彼女は、背もたれに浅くもたれかかって床を見つめていた。両ひざの上に置かれた手のひらは、不安な心情を表すかのように拳が握られている。
なんとか、元気づけてあげたい。
その一心で、次の言葉を探した。
「でも、たくさん練習したんだから、大丈夫だよ」
「……はい。練習、いっぱいしました」
「玉入れも上手にできるようになったし、五十メートルだって走り切れた。きっとうまくいくよ」
「でも……やっぱり、皆さんの迷惑になるのは間違いありませんから」
なるほど。ひめが不安に思っているのは、そっちか。
運動が憂鬱だから、とか。体育祭が億劫だから、とか。そういうことじゃない。
ひめは、クラスメイトに迷惑をかけることを不安に思っているみたいだ。
「足を引っ張らないように、練習はしましたが……結局、わたしは八歳の子供でしかありません。二次性徴をすぎている皆さんと比べると、どうしても身体能力が及ばないので」
当たり前の話だが。
八歳の少女と、十七歳の高校生の身体機能は雲泥の差である。
どんなに努力したところでその差が埋まることなんてない。
「玉入れは何とかなると思うのですが、リレーはどうしても……」
たしかに、ひめの言葉は正しいだろう。
他クラスト比較すると、ひめの存在は不利になるのは事実だ。
でも――そんなこと、誰も気にしていないと断言できた。
「大丈夫だよ」
大きく、頷く。
それから、優しく笑いかけた。
「ひめがいてくれるから、俺はいつもより頑張れるし……みんな、同じ気持ちだと思うよ」
この子の存在を疎ましく思っているクラスメイトなんて、きっといない。
むしろ、ひめがこんなにも頑張ってくれているのだ……自分だって頑張ろうと思わずにはいられないだろう。何せ、この俺がそうなのだ。
いつもなら、体育祭なんて適当に流して終わりだ。
リレーも、それなりに全力で走りはするが、練習なんて絶対にしなかっただろう。
でも、ひめがいるおかげで、いつもより真剣に頑張っていた。
「ひめが応援してくれたら、きっとみんないつもより気合が入るよ」
そう言ってから、ひめの頭を軽く撫でてあげた。
そのおかげだろうか。彼女は、少しだけ表情を明るくしてくれた。
「えへへ……陽平くんは、応援されたら嬉しいのですか?」
「もちろん。ひめが『がんばれ』って言ってくれるだけで、タイムが一秒は縮むかも」
「そうなのですか。それなら……はい。応援してます」
この子が笑っていてくれること。
それだけできっと、クラスメイト達は嬉しいだろう。
ゲーム的な単語で言うと、ひめはいわゆるバフ能力が高いのだ。
きっと、彼女が声をかけてくれるだけで、みんないつも以上の力を出してくれるはずである。
「明日、頑張ろう」
「はい。がんばりますっ」
そんな会話をしてから、俺たちは帰路につくのだった。
いよいよ明日、体育祭が始まる――。
いつもお読みくださりありがとうございます!
いよいよ明日、4月12日に本作の二巻が発売されます。
web版とは物語が違っていて、全編書下ろしとなっております!
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