第二百三十話 かわいすぎる策士
――練習を開始して一週間が経過した。
毎日、放課後の三十分だけという短い時間ではあるものの、なんとか継続している。
そのおかげか、少しだけひめにも成長の兆しが見えてきた。
「……ふぅ」
まず、ランニングが五分ほど続くようになった。
走り終えて、ひめが小さく息をつく。肩が微かに上下しているが、表情は辛そうじゃないので、運動の強度としては適切に見えた。
速いペースではないのだが、一週間前は少し走っただけで息が切れていた。あの時と比較すると大きな進歩だと思う。
まぁ、とはいえ……無理は禁物だ。
ひめは今よりもさらに幼い頃はよく体調を崩していたらしい。なので、体調の変化は意識して気を付けている。
「ひめ、疲れた?」
「疲れていない……と言えば、ウソになりますが。でも、いいくらいの運動だと思います」
そう言って、ひめは自分の体を見下ろすように視線を下げた。
足元付近を見つめて、軽く屈伸や足踏みをしている……何を確かめているのだろうか。
「少しだけ、体力がついた気がします。以前よりも体が軽い感じがしますね」
やっぱり、八歳だからかな?
成長が明らかに早い。本人もそれを実感しているようだ。
「少しずつ走れるようにもなってるよね」
「そうなんですっ。前は走ろうという気分にもならなかったのですが、今は少しなら大丈夫という感覚があるんです」
肉体の変化をひめは喜んでいるらしい。
俺の方にすっと身を寄せてきて、いつもよりも早口で色々と報告してくれた。
「幼い頃は病気ばかりしていて、運動ができなかったので……元気になって良かったです」
「うん。俺も、ひめが元気で嬉しいよ」
「はいっ」
嬉しそうにしているひめを見ていると、こっちまでつられて気持ちが明るくなる。
気分が良くなったせいだろう。あと、ひめの頭の位置がちょうど良いこともあって、ついつい頭を撫でてしまった。
「……えへへ。陽平くんはちょろいです」
すると、ひめは満足そうに笑った。
「ちょろいって、何が?」
「頭を手の近くに持っていったら、撫でてくれるので」
「……それは、引っかかったかも」
俺の行動は既に想定済みだったらしい。
なるほど、だから身を寄せてきたのか……撫でるのにちょうどいい位置にいることで、撫でられることを誘発したようだ。
でも、こんなに愛らしい策士になら、いくらでも引っかかっていいだろう。
「本番は五十メートルを全力疾走、ですよね」
「うん。ひめ、走れる?」
「……まだ自信はありませんが、がんばってみます」
一週間前は憂鬱そうだった。でも今は、ちょっとだけ前向きに見える。
「体を動かすのも、意外と悪くないかもしれません。体も元気になりますし、いいですね」
「うん。そうだね」
「まぁ……陽平くんが一緒にいてくれるからこそ、頑張れているだけなのですが」
これまた、ひめは嬉しいことを言ってくれる。
そんなことを言われると、いくらでも付き合いたくなるものだ。
俺も体育祭はあまり好きじゃないのだが……ひめの成長を見守るのは、少し楽しみかもしれない。
(って、これだとなんだか運動会を楽しみにする父親みたいだなぁ)
そのことに気付いて、つい笑ってしまった。
聖さんがひめを溺愛している気持が分かる。俺も、ひめのことはかなり……可愛く思っているようだ――。




