第百六十九話 『子供』だと思えなくなる日
ひめが拗ねてしまった。子供と言われたことが少し不満らしい。
「……おかしいですね。この前までは、子供扱いされても気にならないというか、むしろ嬉しかったのですが」
そう呟いて、ひめは首を傾げていた。
感情的にならず、論理的に自分の状態を分析しているのがなんだか面白い。
どうやらひめは、心境の変化に戸惑いを覚えているようだ。
「人の心は複雑ですね。自分のことなのに、よく分からないです」
「ひめ……子供扱い、そんなに嫌だった?」
実は反省していた。決して彼女を軽んじたわけではなかったのだが、『子供』というワードを使うべきではなかったと悔いている。
もちろん、年下だからといって見下したり、自分の方が偉いと主張したかったわけではない。無意識の発言で、ひめもそのあたりは分かってくれていると思うのだが……それでも、配慮が足りなかったかもしれないな、と。
そんなことを考えていると、ひめが慌てた様子で首を振った。
「あ、あの、陽平くんが悪いわけではないです……落ち込まないでください」
――ダメだな。
ひめが罪悪感を抱いていることがすぐに分かって、俺はネガティブな思考を振り払った。
今でこそ俺に対しては自然体でいてくれるようになったのだが、もともと彼女は他者に対して迷惑をかけたがらない気質だ。思いやりのある優しい子なのはいいことなのだが、時に配慮しすぎることもある。今も、俺の様子を見て悲しそうな声を発した。
「落ち込んではないよ。子供扱いが嫌なら、頭を撫でたりするのも控えた方がいいかなって思っただけ」
取り繕うために、とっさに浮かんだ言葉はちょっと強引なものだった。
たぶん、ひめも俺の心境をなんとなく察知しているだろう。賢い上に、ひめは俺のことをよく見ているのだ。ウソは通じない。
しかし、彼女は俺が『ひめに落ち込んでほしくない』と思っている気持ちも汲んでくれる。
だからこそ、取り繕ったことに気付かないふりをしてくれた。
「えへへ……撫でられるのは、好きです。やめないでください」
ひめ、なんだか表情が柔らかい。
安心したかのように、ほっぺたを緩めている。
「ごめんなさい。陽平くんを困らせてしまいましたね……でも、大切に思ってくれているのは、ちゃんと伝わってきます。それだけで、とても嬉しいです」
やっぱり、俺の気持ちを受け止めてくれていた。
それを喜んでくれるところが、ひめの魅力的なところだと思う。つられて、俺も笑った。
「こっちこそごめんね。俺もこんなに仲良くなれた女の子は初めてだから、どう接していいか分からなくなる時があって」
「そんな、謝る必要はありません。わたし自身、自分のことがよく分からないので……人の心は難しいですね」
八歳にして、哲学的なことを語るひめ。
彼女の言葉通りだった。人の心は複雑すぎて、理解することはできない。
「……陽平くんと出会って、徐々に自分が変化していることを実感しています。とても幸せな気持ちを抱くことが増えた一方で、時折悩ましい感情を抱くこともあります」
「たしかに、ひめは少しずつ変わってるかも。あ、もちろん良い意味で……かわいくなっていってる気がする」
「かわいくなっているだなんて、照れますね。やめてください」
と、言いながらも嬉しそうに唇をもにょもにょしていた。
俺なんかの言葉でこんなに幸せそうに笑うのだ。かわいく思わない、わけがない。
「もしかしたら、わたしも『成長』しているのかもしれません。一日ごとに、大人に近づいているのだと思います」
「うん。そうだと思うよ」
少しずつ、大きくなっていく。
正直なところ、まだまだひめのことは八歳の子供だとしか認識はしていない。
でも、いつか……もっと、彼女が成長したら。
その時はきっと、俺はひめを『子供』だとは思わなくなるのかもしれない――。




