第百六十三話 褒め合う二人
今日はひめと二人で図書館に来ている。
実は前々から約束していた。ひめから『図書館に行きたい』と誘われていたのだ。
「陽平くん、ちょっと座ってもいいですか? 館内では飲食が禁止なので、今のうちに飲み物を飲みたいのですが」
「うん、いいよ」
そう言って、ひめは先ほどまで俺が座っていたベンチにちょこんと座った。
肩にかけていたトートバッグから水筒を取り出している。その姿をぼーっと眺めて、こんなことを思った。
(……夏っぽくて、かわいいなぁ)
白のワンピースを彼女は着用している。ノースリーブの形状で、袖はない。そのせいか涼しげに見えた。
いつもは制服姿なので、私服姿はとても新鮮である。ついつい見とれた。
本当によく似合っている。いや、この子は基本的に何を着ても似合うのか。ひめはやっぱり、とても綺麗な子だと思った。
今はまだ八歳なので幼い印象の方が強いのだが、将来的には美人と言われる方が自然な容姿になっていく気がする。俺なんかが隣にいたら、強い劣等感を覚えてしまうくらいの女性になるだろう。
そんなことを思いながら、ひめが飲み物を飲んで水筒を片付ける姿を眺めた。
「……陽平くん、どうかしましたか?」
俺がぼんやりしていたからか、ひめが首を傾げていた。『どうしてこちらを見ているのですか?』と気になっているように見える。
まぁ、隠すほどの感想ではないので、素直に答えることにした。
「今日の洋服、似合ってるから少し眺めてた」
「え」
……やっぱり照れるよなぁ。ひめが顔を赤くした。
正直、その反応は予想できていた。何も言わないという選択肢もあったのだが。
「似合ってますか? 嬉しいです……えへへ」
ひめは笑った。明らかに喜んでいる。
だから、こういう感想は言ってもいい気がしていた。今までは自分がそんなことを言っても『媚びている』とか『下心がありそう』と思われるのではないかと思っていたが、ひめならネガティブな感情を抱かないと信じているからこそ、こうやって口にすることができた。
実際、ひめのかわいいリアクションも見られたので、言って良かった。
「お姉ちゃんが選んでくれたお洋服です。ああ見えて、ファッションセンスは信用できます」
「へー。聖さんって、オシャレなんだ」
「意外と美的感覚は優れているんですよ。ナマケモノさんですが、ちゃんと女子高校生さんです。たまにお友達とお洋服を買いに行ったりしてますから」
俺やひめの前ではぐーたらな印象の強い聖さん。
しかし、俺たちのいないところでは今時の女子高校生っぽくなるんだよなぁ。
聖さんは友達も多い。優しくて気さくなので誰とでも仲良くなれるタイプなのだ。怠け癖があるので出不精な印象も強いが、定期的に友人と出かけたりもしているのだろう。女子高校生に擬態……ではなく、正真正銘の女子高校生としてそれらしい学校生活を送ることだってできるようだ。
まぁ、ひめの前ではポンコツな部分がよく見られるのだが。そういう弱みは、誰に対しても見せるものではないのだろう。だからこそ、誰にでも慕われるのかもしれない。
こうして見ると、聖さんは二面性の強い人だと思う。
「陽平くんこそ、今日はいつもよりお兄さんらしくて素敵です」
俺が褒めたからだろうか。
お返しと言わんばかりに、ひめもそう言ってくれた。
「そうかな? 何も特徴がないと思うけど」
紺色のスラックスに、黒のワイシャツ……色を変えたらまんま制服である。
決して変なわけではない。でも、オシャレというわけでもない。良く言えばシンプル。悪く言えば地味。しかし、平凡な俺には一番合っていると思うので、こういう格好を好んでいたりする。
それを、ひめは評価してくれているみたいだ。
「陽平くんらしくて、落ち着きます。すごく似合っていますよ」
「あはは。ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
「はいっ」
笑顔で頷いたら、ひめも真似するように頷いてくれた。
もちろん、自分がかっこいいだなんて人生で一度も思ったことはない。この格好だって、決して褒められるようなものではないと思う。
でも、ひめが似合っていると言ってくれた。
それだけで、とても嬉しかった――。




