第百三十一話 名選手は名監督にあらず
聖さんが泣きべそをかいている。
話をまとめると『テストで赤点を取って夏休みに補講を受けるのが嫌』らしい。
そういえばひめがさっき心配していたなぁ。
聖さんは勉強が嫌いらしい。ひめという最高の教師がすぐそばにいるのに、持ち前の怠け癖のせいでその最高の環境を活かすことができないみたいだ。
「ドンマイっすね……まぁ、そういうこともあるっすよ!」
「聖さん、がんばれー」
「他人事!? 二人とも、私にもっと親身になってよ~。うぇーん、夏休みに学校行きたくないよぉ」
だって、俺と久守さんにやってあげられることは少ないし。
勉強を教えるにしても、俺は成績が平均的である。校内はもちろん、全国的にもトップに近いひめに教えてもらった方がいいに決まっている。
そして久守さんは後輩の一年生である。勉学面で聖さんを助けることは難しいだろう。
「や、やっぱり私が頼れるのはひめちゃんだけだよっ」
「お手上げです。わたしにはどうしようもありません」
「嘘でしょ!? 妹に見捨てられるなんて思ってなかった……うぅ、私はそういう運命なのかなぁ。みんな冷たい。まるでマッチ売りのアリスみたいだね」
マッチ売りの少女と不思議の国のアリスが混じっている上に、比喩表現の使い方をそもそも間違えているので、先行きは不安である。無理に上手いこと言わなくてもいいのに。
そしてひめは聖さんにちょっと呆れているようだった。
この子はたぶん、普段から聖さんに対してちゃんと『勉強した方がいい』と助言してくれていたことだろう。しかし聖さんはナマケモノなのでそれを聞き流した結果、今こうして苦しんでいるというわけだ。
自業自得だと、ひめはそう言いたげである。
「なので、陽平くん……助けてくれませんか?」
ただ、ひめは姉に対してかなり優しいわけで。
厳しかったり冷たかったりするのも、全ては愛情の裏返しである。なんだかんだ見捨てることはしない。だから今、こうやって俺に協力を求めてきているというわけか。
「でも、俺の成績なんて平均的だし……人に教えられるレベルじゃないよ?」
「大丈夫です。お姉ちゃんは最下位の人間なので、むしろお姉ちゃんに教えられない人間が存在しません」
「も、もっと優しい言葉を使ってほしいなぁ。お姉ちゃんだって傷つくんだけどなぁ……もぐもぐ、おいちぃ♪ なにこのお菓子!? 好きかも~」
「はぁ……美味しいもの食べるか、寝るか、どっちかしたら悩み事なんて忘れる性格なんですよね」
舌の根も乾かないうちに妹からの厳しい言葉を聞き流している聖さん。久守さんから小枝のチョコレートを受け取って幸せそうに笑っていた。
一方、そんな姉を見てひめは両手を上げている。聖さんの楽観的な思考と傍若無人さにお手上げのようだ。
まぁ、別に教えることに関してはいいんだけど……ただ、ひめの方が圧倒的に成績が上だし、教えるのもこの子の方が聖さんのためになりそうなのだが。
そのことをひめに伝えてみると、彼女は首を横に振った。
「わたし、人に教えるのがそんなに得意ではなくて……その、鼻につくかもしれませんが、お姉ちゃんが分からない意味が分からないんです。ちょっとナマイキなことを言ってすみません」
「いやいや、ナマイキじゃないと思うよ」
だから大丈夫。鼻についてもいない。
そしてようやく、ひめがいながら聖さんの成績が悪い理由にも納得がいった。
(ひめは天才だから、そのあたりの感覚は疎いってことか……)
スポーツと一緒だ。才能あふれる名選手が名監督になる、というわけではないのである。
それなら、なるほど。
たしかに、平凡な俺でも聖さんのためにやってあげられることはあるのかもしれない――。
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