7.同じ事しても一人より二人が楽しいよね
レイラは、鼻歌を歌いながら森の中を歩いていた。
あの日、知り合ったマリオンとは、友好的な関係が続いている。
薬自体ではなく、マリオンの友人の薬師さんからの薬草採取の依頼なので、手間はそれほどかからないのに、実入りはなかなか良い。
最初はお金を貰うのを断ろうとしたのだが、「面倒な採取をしなくて済む正当な報酬だ」と押し切られてからはありがたくいただいている。
どうも王宮の薬師は、自分で森に行くことはめったにないらしい。
と、いうか基本薬剤室から出歩くことはないらしく、森なんか歩けば1時間も持たずに行き倒れる事請け合いだ、とマリオンが力説していた。
なんとも不健康そうだ。薬師なのに。
最近では「少しでも採れたてがいいだろう」と、マリオンと合流してから採取作業しているので、手間も半分だ。
これはいけないと、半額渡そうとしたのだが「自分のこれは息抜きの一環だから」と受け取ってはもらえなかった。
流石に申し訳ないので、採取の手伝いのお礼として傷薬や薬草を練りこんだ疲労回復のクッキーなどを渡す様にしていた。
「逆に申し訳ない」とこれまた断られそうになったが、「薬師として友人の怪我は気になるので!」と押し付けた。
マリオンは最初の予想通り騎士をしているそうで、仕事の最中や訓練などで生傷が絶えないのだ。
「まだまだ未熟だから」
と、少し恥ずかしそうにしている顔は、自分より2歳も年上なのになんだか可愛かった。
マリオンはそれほど口数は多くないが、質問には律儀に答えてくれる為、出会ってからそれほど経っていないのに、レイラは色んなことを知ったと思う。
幼い頃から体を動かすのは得意だったし、兄弟が多いから早く身を立てたくて、14の時から騎士見習いとして働き出した事。
16に近衛に入り嬉しかった事。
身の回りの事は大抵自分でできるが、料理の腕だけは壊滅的で、野営訓練の時は鍋の近くに寄るなと追い払われてしまう事。
特に趣味もなく休日も訓練している様な生活だった為、森の中を散策するのは楽しい事。
反対に、レイラは自身のことは聞かれないのをいい事にほとんど話していなかった。
縁があって後宮の隅に部屋をもらい暮らしているのと、お小遣い稼ぎに薬師の真似事をしている事を、ふんわりと伝えただけだ。
だから、多分マリオンはレイラのことを、どこかの側室付きのメイドくらいに思っているだろう。
嘘をついているわけではないけれど、なんだか最近はその事が妙に居心地が悪かった。
「でも、名目だけとはいえ側室の1人だなんて言えないよね……」
メイドと思われているからこそ、森を1人で歩くのも人と会うのも目溢しされているのだ。
後宮の側室が、王以外の前にほいほいと出て歩く行為がとがめられないわけがない。
「流石に懲罰もの、でしょ。いくら白い結婚どころか最初の集団目通り以降、遠目にすら見たことない、とはいえ」
そもそも、王どころか周りに存在を認識されてるかすら最近は怪しい。
自分で生活基盤をうっかり手に入れてしまった結果、今では刺繍糸の一本、パン一切れすら支給されていないのだから。
「下級メイドや商人とのやりとりもあるし、「生きている」くらいは分かっているとは思うけど……。あれ?……分かってるよね?」
なんだか、自分の存在すらあやふやな事に気付いて微妙な気持ちになったレイラは、それでもため息ひとつついて気持ちを切り替えた。
「確かめようのない事をいつまでもグズグズ考えたってしょうがない。お仕事お仕事」
生きていく為にはパンがいる。
そして、パンを手に入れる為にはお金がいるのだ。
部屋に座り込んでいても、それらが手に入ることはないのは、最初の1ヶ月で身に染みた。
だから、レイラは今日も森を歩く。
「やだ。急がないと遅れちゃう」
見上げた太陽はだいぶ高い位置にあって、レイラは足を早めた。
今日はマリオンとの約束の日、だ。
「お薬、カゴの底に入れてるから使ってね?」
「あぁ、助かるよ。レイラの薬はすごいな。打身にも切り傷にもよく効くし、治りが早い」
マリオンとレイラは、はじめに会った小川の側で座り込みのんびりとお茶を飲んでいた。
せせらぎに浸けていた水筒は中身が程よく冷えていて、薬草を摘むために森の中を歩き回り、火照った体に心地よかった。
「育ててくれたババ様直伝なの。ババ様はみんなに頼られるすごい薬師なのよ」
薬を褒められて嬉しくなったレイラはにっこり笑いながら、お菓子を手渡す。
甘蔓を乾燥させたものを混ぜた焼き菓子は、ほんのり素朴な甘さがあって、レイラの自慢の逸品だ。
「さぞ高名な薬師なのだろうな」
「高名………かは分からないけど、近隣ではワザワザ森の中まで訪ねてくるくらいには頼られてたかな?普段は優しいんだけど、薬の事にはすごく厳しくて何度も泣いたなぁ」
手順1つ間違えても意味がないのだと厳しく躾けられた。鍋の混ぜ棒でピシリとやられた事も、1度や2度ではない
それでも、薬を1つ覚えるたびに大袈裟なくらいに喜んで、褒めて抱きしめてもらえるのが嬉しくて、辛いと思ったことはなかった。
何より、自分の拙い手で作った薬が人の為になる事を知れば、苦労なんてどこかに飛んでいってしまうほど誇らしく感じていた。
ババ様と薬を作り、父さんと森で狩りをして、母さんに料理や繕い物をならった。
贅沢はできない貧しい暮らしだったけど、森とともに生きる豊かな日々がそこには確かにあった。
「……あのまま、ババ様の元で薬師として生きていくんだと思ってた……」
少し遠い目で呟かれたレイラの言葉はひどく寂しげに響いて、隣で聞いていたマリオンの胸を刺す。
今までに感じたことのない胸の痛みに、マリオンはわずかに眉をしかめた。
その痛みの正体は分からないけれど、自分の隣にいるのに「ひとりぼっち」に見えるレイラにたまらない気持ちになった。
だから。
「俺はレイラがここにいてくれて嬉しい」
すぐ側にある手をとり、こぼれ落ちた言葉は何を思ってのことではなかった。
ただ、「ひとりぼっち」ではないのだと知って欲しい、その一心だった。
自分より少し体温の低い小さな手は、握り込めばあまりにも儚く、そのまま消えてしまうのではないかと、不安にかられる。
だから、マリオンは脳裏に浮かぶままに言葉を重ねた。
「だから、どこにもいかないで欲しい」
マリオンの口をついて出た願いは、郷愁に駆られていたレイラの胸の隙間にコロリと転がり落ちる。
真っ直ぐに自分を見つめる濃青の瞳に、隙間を埋めた何かがポゥッと熱を持った気がした。
「どこにも……って……。行かないわよ!?行く場所なんて、どこにもないもの!」
感じたことのない熱に混乱したレイラは、叫ぶ様にそういうとマリオンの手を振り払って立ち上がった。
「薬草、それで今回の分は全部だから!お届け、お願いします!」
そういって踵を返し、まるで野ウサギの様に素早く駆け去っていくレイラの耳は真っ赤に染まっている。
「あ……」
その鮮やかな赤に魅入られて、呼び止める言葉は出てこなかった。
遠ざかっていく華奢な後ろ姿を呆然と見送ったマリオンは、その姿が緑の中に紛れて見えなくなった頃、ようやくノロノロと動き出した。
残された薬草のたくさん入ったカゴが、初めて会った時の事を思い出させる。
だけど、あの時と違うのは、カゴの底に丁寧に包まれた傷薬の包みが、マリオンの為に入っている事だ。
「レイラ……真っ赤だった」
ポツリと呟き、先程の自分の言葉と行動を思い起こせば、自然と頬が熱くなるのを感じた。
手を握り、見つめたまま「ここにいて欲しい」と乞うた自分の行動はまるで………。
「うわぁぁぁ〜〜!俺、何やってんだ?!」
誰もいない昼下がりの森に、騎士の叫びがこだました。
読んでくださり、ありがとうございました。
やっと恋愛ジャンルらしくなってきた……でしょうか?




