表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

6.ドキドキの再会は薬草をはさんで

 約束のその日。


 レイラは、指定された場所に1人で向かっていた。

 いつもの全身をすっぽりと隠す黒いローブに身を包んだその足取りは、お世辞にも軽やかとは言い難い。


 本当は「何かあったら大変」とユリアもついて来ようとしたのだが、どうにかそれは説得して諦めて貰った。

 数日がかりの大仕事だったけれど、レイラもここだけは引けないと、半ば強引に納得させたのだ。


 最も、ユリアに諦めのため息をつかせた決め手は「ついて来ても途中でまくからね!」の一言であり、実際には、これっぽっちも納得なんてしていなかったのだが。


 出がけに投げかけられた恨めしそうなユリアの視線を思い出して、レイラは深々とため息をついた。


(だってどんな相手かも分からないし。何考えてのことかも、分からないし。そんな所にユリアを連れてなんて行けないよ。私1人なら、最悪、暇な側室様のひとり遊び、で誤魔化せるかもだし………)


 一応、レイラなりに無い知恵を絞って考えていたのだ。

 自覚などないけれど、これでもレイラは侯爵家の娘だ。

 送り出されたあの日より1度も連絡などない、完全見捨てられた存在だとしても、肩書き的には高位貴族の娘である。

 多分、その分お目溢しもきっとある…………はず。


 そんな事をツラツラと考えながら歩いていれば、慣れた足はあっという間に目的の場所までレイラを運んでいた。

 その場所には他に人影もなく。

 多分、予定より早く着いてしまったのだろうとレイラは苦笑を浮かべた。


(まぁ、明確な時間があったわけでもないし、ね)

 カゴの置いてあった木の根元に座り込むと、レイラは荷物の中から編み棒と細い糸を取り出した。

 もうすぐユリアの誕生日が近いから、贈り物にショールでも編もうと思っていたのだ。

 ここなら、ユリアの目が届くこともないし安心だ。


 スルスルと細い糸が編まれ形を作って行く。

 可愛らしい花の形が連なって、一枚の布へと変わって行く。

 爪の先にも満たない細い糸が自在に形を変えて、やがて人の体を包み込んでしまえるほどの大きな一枚の布に変わる。

 自分で作っているものだけど、その工程がいつだって不思議に感じて、レイラはほうっと息をついた。


「美しいな」

 そのタイミングを見計らったように、不意に頭上から声が降ってきて、レイラはビクリと体をすくませた。

「すまない。脅かすつもりじゃなかった」

 固まるレイラに、少し困ったような声が再び降ってくる。

 レイラは、強張る体を叱咤して恐る恐る俯いていた顔を上げた。


 そこには、白いシャツに細身のズボン、膝下までのロングブーツを履いた背の高い男性が立っていた。

 少し赤味がかった金髪は短く整えられ、服の上からでも分かる程鍛えられた体は、語られずとも男性の職業を物語っていた。

 おそらく、これに制服である上着を着て帯剣すれば立派な騎士様の出来上がり、だろう。


(やばい……人に、見つかったのかしら?私……)


 黙ったまま、見つめ合うこと数秒。


「あの、私の忘れ物を保管してくださったそうで……」

 緊張感に耐え切れず、先に口を開いたのはレイラだった。


 手に持っていた編み棒を、そっとカゴに置いてさりげなく立ち上がる。

 見下ろされる圧迫感を軽減しようとするささやかな防衛反応だったのだが、残念ながらあまり意味はなかったようだ。

 立ち上がってなお、見上げるほどの身長差に愕然とする。


(え?大きすぎない?私、だいぶ成長したと思ってたけど……。………国民性?国民性の違いよね!私が小さすぎるわけではないはず!)

 表情が変わらないまま、内心は大パニックだ。


 それでも、どうにか自分を納得させる方向に意識転換を試みる。

 その際、母国より付いてきてくれたユリアが、自分より10センチほど大きいという現実は、棚の上に全力で放り投げた。


「いや。こちらこそ、勝手なことをしてすまなかった。薬草に詳しい知人に聞いたら、適切な処理をしないと薬効がなくなるものもあると言われから、そのまま預けたんだ」


 凛々しい眉が少し下がり、申し訳なさを伝えてくる。

 その表情に、レイラは知らぬ間に入っていた肩の力をそっと抜いた。

 こっちを見つめる濃い青の瞳に映る光は優しげで、悪人には到底見えない。


 今でこそ友好的に接してくれる人も増えてきたが、『弱い立場』であるレイラ達を、悪意を持って見つめる人は意外と多かった。

 望まずに培った経験と本能が、目の前の大柄な騎士を「善人」と告げている。


 過去、自分の本能に助けられた経験のあるレイラとしては、それに素直に従うことにした。


「いいえ。丁寧に処理していただいて、助かりました。これでお願いされていたお薬が作れます」

 手渡された籠の中には、種類ごとに分けられた薬草がきちんと納められていた。

 パッと見ただけでも、それぞれに適した処理が施されているのがわかる。


 日射しに弱いものは、影でじっくり。

 急速乾燥の必要なものは、強い光と多分火の力を使って。

 薬草の葉先まで損なうことなく丁寧に扱われたそれを見て、レイラの脳裏に薬師の手ほどきをしてくれたババ様の言葉が浮かんだ。


『薬草は大地の神様の恵みだよ。根の一筋、葉の一枚とて、おろそかにしてはならん。感謝の気持ちで、生まれたての赤子を扱う様に優しく丁寧に。そうすれば、薬はより良い効果を生んでくれるんじゃ』


 地元の人たちから森の魔女様と慕われていたババ様の皺くちゃの手を思い出しながら、知らずレイラは微笑みを浮かべそっと慈しむ様に薬草を撫でた。




「ありがとうございます。本当になんとお礼を言っていいのか……」

 薬草の入った籠を手に、丁寧に頭を下げた少女の柔らかな笑顔に見とれていたマリオンは、ハッと我に返った。


 薬草に向けられた慈しむ様な優しい笑顔は、まるで物語の中の聖女のように神々しくすら見え、マリオンはすっかり魂を抜かれてしまい呆然となっていた。

 しかし、薬草の相談をした相手に処理をした見返りに言付けをされていたのを、レイラの言葉でようやく思い出したのだ。


「いや。問題がないのなら良かった。それで、不躾な質問で申し訳ないのだが、あなたが最近話題になっている『境の森の魔女』様で間違い無いだろうか?」

 突然の言葉に、少女の華奢な肩がピクリと震える。


「アァ、別に咎めようとかそういう意図はないのだ。ただ、薬草の処理を頼んだ知人の薬師に伝言を頼まれて、だな……」

 ようやく和らいだ少女の警戒心が戻ってしまいそうな気配に、マリオンは慌てて言葉をつないだ。


 その焦った様子に何かを感じ取ったのか、少女は逃げることはなく、上目遣いでこちらを伺いながらもコクリと頷く。

 まるで小動物のように少し潤んだ瞳でこちらを見つめる大きな空色の瞳に、マリオンの心臓がどくりと大きな音をたてた。


「………あの……?」

 固まってしまったマリオンを少女が訝しげに首を傾げ声をかける。


「あ……あぁ、すまない。それで、どうもその中に希少な薬草があった様で、出来れば分けて貰いたいとのことなんだが」

 再びはっと我に返り、どうにか伝言を伝えれば、少女が少し迷った様にカゴを差し出す。


「全てこの森で採れたものですから、元々私のものではありません」

 ションボリと肩を落とし差し出されたカゴを、マリオンは慌てて押し返した。


「いや。この森は王宮にいる者たちに開かれた場所だし、コレは貴女が見つけたもので、必要があるから苦労して採取したのだろう?貴女のものだ」

 けして、咎めているわけでも取り上げようとしているわけでもないと言葉を重ねれば、少女の顔が少し緩む。


「怒られませんか?」

「あぁ。手付かずだったのは、ワザワザここに入り込もうとする物好きがいなかっただけだ。知人もこの森にコレほど多様な薬草が自生しているとは、と驚いていたくらいだしな」


 王宮の薬師をしている友人の目を丸くしている顔を思い出して、マリオンはククッと少し笑った。

 眉間のシワがデフォルトである友人の珍しい顔を見てしまった。


「こっちは急ぎではないので、次にでも余裕があるときに分けてもらえたらいいそうだ」

「わかりました。どの薬草が必要とおっしゃってたか、分かりますか?」


 和らいだマリオンの様子に、安心したらしい少女も、少し笑みを浮かべながら首を傾げる。


「確か鎮痛薬を作る………なんだったかな?」

「それならコレでしょうね。ここにあって希少と言われる鎮痛作用のあるものはレサだけなので」

 カゴの中から棘のある肉厚の葉を示した少女に、「多分」と曖昧に頷けばくすくすと笑われてしまった。


 満足に使いもできない自分を笑われてしまって気まずく頭をかくが、別段悪い気持ちにはならないのが不思議だ。

 気まずいような(くすぐ)ったいような不思議な感覚は、母のお使いを失敗してしまった幼い頃を思い出させた。

 それは、きっと少女の瞳が咎める色もなく、ただひたすらに優しいからだろう。


「この間とってしまったので、レサの葉を採取できるのはもう少し後になってしまいます。乱獲すると次が困るので。代わりに同じ作用のあるケーサならすぐにお渡しできます、とお伝えしてもらえますか?」

「ケーサ……ケーサだな。分かった」

 数度繰り返して頷けば、その様子が可笑しかったのかまたクスクスと笑われてしまう。


「ところで、貴女に会うにはどうすればいいだろうか?」

「そうですね……」


 その後、今後の連絡方法などを話し合い、ようやく2人が名乗りあったのは、別れの挨拶をしたその後、だった。







「魔女殿に逢えたぞ。レサ?の葉は採取までに時間がかかるので、代わりにケーサ?はどうだ?、だそうだ」

「あの森、ケーサまで生えてるのか?!マジか?!見つけるのが高難度の、下手したら幻って言われる薬草だぞ?!おい!俺も魔女殿に会わせろ!」

「え?嫌だ!」

「なんでだよ!俺も連れてけよ!むしろ紹介してくれたら自分で行くから!」

「だが断る!!」


な、やりとりがあったり(笑)


読んでくださり、ありがとうございました。


「魔女殿に逢えたぞ。レサ?の葉は採取までに時間がかかるので、代わりにケーサ?はどうだ?、だそうだ」

「あの森、ケーサまで生えてるのか?!マジか?!見つけるのが高難度の、下手したら幻って言われる薬草だぞ?!おい!俺も魔女殿に会わせろ!」

「え?嫌だ!」

「なんでだよ!俺も連れてけよ!むしろ紹介してくれたら自分で行くから!」

「だが断る!!」


な、やりとりがあったり(笑)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ