5.なぜ人はやぶ蛇をつついちゃうんだろう?
ヒロイン視点です。
欲を出すとろくなことにならないのは世の常ですね。
あの日。
レイラは森の中で不意に人に遭遇したことに驚いて逃げ出してしまった。
今までも何度か森で人と会ったことはあったけど、それは、迷子になっているっぽい人をレイラが見つけてこちらから声をかけた感じだった。
当然、フードも被ってた。
一応、知られていないとはいえ、立場的には側室の1人だし、あまり1人で出歩いて良い立場ではないのは自覚してるので、レイラはこれでも少しは気を使っていたのだ。
ただ、どうもこの森。
王宮側の浅い部分は秘密の恋人たちの逢瀬に使われている様で、たま〜に揉めた恋人たちの片方が置き去りにされて迷ってたりするのである。
主に女性が。
レイラは、見つけた場合はしばらく見守って、あまりにも見当違いの方向に進んでいる場合は声をかける様にしているのだ。
行倒れられても目覚め悪いし、下手に遭難者が出て大規模捜索隊とか出されてもいろいろ都合悪い。
主にその間薬草採取ができなくなるだの、万が一見つかったら面倒だの、そんな理由だが。
で、中にはヤケになってるのか見ず知らずの不審な黒ローブなレイラに相談ごとを持ちかける方もいるわけで。
相談内容がレイラでも対応できる様な内容の場合は、コッソリと薬を渡したりしてるのだ。
主に肌荒れやシミ対策の軟膏や化粧水など。
あと便秘とか、意外にみんな持ってる軽い内臓疾患の解消のための薬とか。
王宮内に出入りできる様な身分の方達の為、みなさん基本気前が良く、良いお客様となっている。
商人に買い取ってもらうよりも高値で買ってくれるのだ。
毎度あり。
だけど、あの時会ったのは、そんなか弱いご令嬢なんかではなく、隊服は着ていなかったけれど明らかに若い騎士だった。
服の上からでもわかる、しなやかに鍛えられた体。
切れ長の瞳は真面目そうで、引き締まった口元は凛々しかった。
まるで物語の中に登場しそうな整った顔立ちの青年。
対してこちらは、王宮の森から勝手に植物採取して生活の糧にしているいわばコソドロの様なもので。
(そりゃ、逃げるでしょ)
レイラの立場的に、刑に処されるとかはないかもしれないけれど、やっぱりマズイと世事に疎いレイラにすら予想はつく。
だけど、忘れてきてしまったカゴのことを思い出せば、心は揺れた。
この森では珍しい薬草を、久し振りに見つけて採取してたのだ。
滅多に手に入れることができないという事は、つまり希少価値の高い薬が作れるという事だ。
それに合わせて、この間「作れたら全部買取たい」と商人に強請られた強めの鎮痛剤や傷薬の原料もたっぷり入っていた。
見つけた瞬間、レイラの頭の中ではあらゆる算段が始まっていたというのに……。
根は残してるし全部取る様なヘマはしていないから、時間が経てばまた取れる様になるとは思うけど、それには最低一月近く待たなければならない。
それに、採取カゴはこの生活が始まってから初めて自分で蔦から編んだもので思い入れもある。
(もしたら、気づいてないかもだし)
結局、欲に負けたレイラが、あまりにも楽観的な事を自分に言い聞かせながら、あの場所にそっと足を向けたのは、逃げ出した日から3日後の事だった。
そうして、レイラは自分がの腰掛けていた倒木の上に見慣れたカゴを見つけることになった。
(やった!見逃されたんだ!)
喜んで駆け寄ったレイラは、そうして手に取ったカゴの中身にピキンと固まる事となる。
そこには、何故だか綺麗に包まれた焼き菓子と飾り気のない白い封筒が入っていた。
しばし固まった後、ようやく我に返ったレイラは恐る恐るその封筒を摘み上げた。
中には同じく真っ白なカードが1枚。
そこには少し角ばった綺麗な文字が踊っていた。
『中の薬草はお預かりして、現在我が家にて乾燥させています。お返ししたいので5日後の正午にここでお待ちしています』
整っているけれど力強さを感じさせる筆跡は紛れもなく男性の物で、おそらくあの時に会った騎士からのメッセージであろう事は容易に想像がついた。
と、いうか、状況的にもそれ以外考えられない。
「…………やだ。どうしよう」
簡潔すぎるメッセージは言葉以上の情報をレイラに与えてはくれなかった。
例えば、このメッセージを無視した場合、次にあの騎士がどういう手段を取るのか、全く想像がつかない。
そもそも、この手紙自体が罠で、ノコノコ出てきたところを確保される、なんてこともあり得るのだ。
かといって、この手紙を無視して王宮警備によって真面目に捜索されてしまった場合、逃げ切ることは不可能な気もする。
そもそも、末端どころかすっかり存在を忘れ去られているとはいえ、レイラは一応現王の側室なのである。逃げようにも逃げられない。
「……………え?これって詰んでる?」
呆然と呟きながら改めて眺めたカゴの中には、ドライフルーツをふんだんに使った焼き菓子や珍しいチョコレートボンボンなどが、澄まし顔で並んでいる。
庶民には滅多にお目にかかることのできない高級菓子の数々に、レイラは無意識に喉を鳴らした。
チョコレートなんていつぶりだろう。
脳裏に、取引のある商人から貰った甘い味が蘇る。
舌がとろけてしまうかと思う程の美味しさだった。
「……………お菓子に罪はない、よね。真面目そうな騎士様だったし、お菓子に毒を仕込むなんてこともないだろうし………」
自分に言い訳するようにつぶやくと、レイラはカゴを手に踵を返した。
「に、しても、ユリアになんて言って説明したらいいのかしら?」
あの日、帰った時に丁度ユリアは出かけていて、手ぶらだったことも気づかれる事は無かった。
薬草のことに関してはユリアはノータッチだから(1度教えようとしたけれど「覚えられない」と直ぐに逃げられてしまった)、その後も収穫がなかった事だって気づいていない。
突っ込まれることがなかったのを幸いに、レイラは素顔を晒した挙句逃げてきたことを秘密にしていたのだ。
「……………まぁ、今までだって侍女さんたちと取り引きはしてたんだし、顔見られた事さえバレなければ、怒られることもないかな?」
2人きり肩を寄せ合い生きてきた年月は、良くも悪くも2人から主従関係を薄れさせていた。
現在の2人の関係は主従というより姉妹と言った方がしっくりくる。
しかもやらかす妹のフォローに走り回る姉、という感じで。
元々傅かれる生活なんて縁遠い生活をしていたレイラにとっては、現在の関係はかなり居心地のいいものだったが、その分、怒らせた時のユリアの怖さは身に染みている。
「お菓子で機嫌なおしてくれるかな………。よし、説教始まりそうになったら、とりあえずチョコを口の中に突っ込んでみよう」
だんだんと騎士の思惑に対する不安から別の方向に思考がすり替わっていったけれど、当のレイラは気づく事なくブツブツと呟きながら、なれた家路をたどっていった。
幸か不幸か、たった1人の森の中。
明らかにそれは悪手、と、突っ込んでくれる人間などいるはずもなかった。
事情説明中に説教をされそうになったレイラは、当初の予定通りユリアの口にチョコを突っ込むという暴挙をやらかして、更に怒りを買う悪循環に陥った事を蛇足ながらここに明記しておこう。
読んでくださりありがとうございました。
レイラは生きるために労力の大半をつぎ込んでいるのでしょうがないのでしょうが……恋愛が遠いです……。




