番外編 ババ様のおはなし
「ババ様、ババ様、お話聞かせて」
押し寄せてくる患者も数日すれば落ち着いて、ふと暇になる時間ができるようになったころ。
小さなテントの前で日向ぼっこをしていたババ様の元に、小さな子供たちが集まっていた。
無邪気に慕う子供たちに、ババ様はしわに埋もれた目を細めて嬉しそうに笑う。
初めて会った頃は暗い目をして、笑う体力もなかった子供達が、今では楽しそうに駆け寄ってくる。
その姿を見れただけで、長い時間馬車に揺られた苦労も報われた気になるというものだ。
「いいよ。どんな話が聞きたいんだい?」
そっとしわがれた手を伸ばして、近くの子供の頭を撫でながら尋ねるババ様に、子供達は無邪気に強請った。
「森の小さな女の子のお話がいい」
「え~~。勇敢な騎士様の話がいいよ!」
「わたしね、踊りの上手な女の子のお話が聞きたいの」
次々に飛び出すリクエストに、おやおやとババ様が目を細めた。
遊び疲れて座り込んだ子供たちの暇つぶしにと聞かせた物語は、しっかりと子供たちの心をつかんでいたらしい。
「そうだね、それじゃあ今日は、森の小さな女の子の話をしようかねぇ」
ニンマリと笑いながら、ババ様は小さなリュートを取り出して胸に抱えるとボロンと弾きだした。
『ある所に一組の夫婦がいました。
やがて赤ちゃんが生まれたのですが、かわいそうに、奥さんは赤ちゃんを産んだ後、二人を残して天の国へ行ってしまいました。
旦那さんは、奥さんそっくりな赤ちゃんを見るたびに悲しい気持ちを思い出しては泣いてしまいます。
悲しくて、悲しくて、旦那さんは赤ちゃんを森の魔女に預けてしまいました。
森の魔女は、赤ちゃんを可哀想に思って、家族として大切に育てました。
すくすく育った赤ちゃんは、やがて元気な女の子に成長します。
森の中を駆けまわり、動物と遊び、魔女の知恵を教わりました。
女の子は、大きくなるにつれて、本当のお父さんがどんな人か気になってきました。
魔女は、お母さんの事はたくさん教えてくれましたが、お父さんの事は「あまり知らないの」と困った顔で黙り込むばかりだったからです。
だけど、女の子は、お父さんは自分を見るとお母さんを思い出して悲しい気持ちになってしまうからと、「会いたい」とは言えずに我慢していました。
ところが、女の子が13になった頃、突然、お父さんの使いの人が女の子を迎えに来たのです。
女の子も森の魔女も驚きました。
十数年も音沙汰無かったのに、いまさらどうしたというのでしょう?
だけど、女の子は、お父さんに会ってみたい気持ちが抑えられませんでした。
森の魔女は心配でしたが、女の子に「困った時に使うように」と呪文を教えて送り出すことにしました。
そうして、森を出て連れていかれたのは、まるでお城のように大きなお屋敷でした。
お父さんは、この辺りを治める領主様だったのです。
お父さんは、女の子に言いました。
「この国が戦争に負けてしまったから、おまえは隣の国の王様のお嫁にいくんだ」
女の子は一緒にいるために呼ばれたのではなかったのかとがっかりしましたが、お父さんが悲しい気持ちにならないなら、と頷きました。
そうして、女の子はお姫様のようなきれいなドレスを着せられて、お嫁に行きました。
だけど、お嫁に行ったはずのお姫様は、お城の端っこに押し込められてしまいます。
同じように戦争に負けた国からたくさんのお姫様がお嫁に来ていたから、一番小さかった女の子はお嫁さんになれなかったのです。
我が儘を言っては困らせてしまうかと大人しくしていた女の子を、忙しいお城の人はうっかり忘れてしまいました。
何しろ、本当にたくさんのお嫁さんがやってきて忙しく、女の子の部屋は本当に端っこにあったので、誰の目も止まらなかったのです。
お腹が空いて困ってしまった女の子は、近くの森にでかける事にしました。
森の魔女の知恵を使えば、森はたくさんの恵みを女の子に与えてくれたからです。
小さな女の子は、お城の端っこでひっそりと暮らすことにしました。
やがて大きくなった女の子は、素敵な王子様と出会うのですが、それはまた次のお話にしましょう」
柔らかな音色に彩られて、囁くように語られる物語に、子供達は熱心に耳を傾ける。
既に幾度も聞いた話なのに、何度聞いてもババ様の語る物語は子供たちを夢中にさせた。
そして、「森を走り回るってどんな気持ちだろう?」「魔女の知恵ってどんなかな?」「困った時の呪文ってなに?」と想像の翼を広げるのだった。
丁度語り終わった時に、病人が来たとババ様が呼ばれて、お話会はお開きになった。
それぞれに散っていく子供たちの中で、小さな女の子の話をねだった少女がそっとババ様に近づいて耳元で囁いた。
「ババ様が森の魔女なのでしょう?だって、魔法のようにお薬をつくれるし、何でも知っているもの」
少し緊張したように見つめる少女に、ババ様はにんまりと笑うと、シーッと指先を唇に当てた。
「知らんふりをしておいで。じゃないと、おまえを連れて行かないといけなくなるからね」
少女は目を丸くした後、真剣な顔で頷くと走り去っていった。
「ババ様、子供を脅しちゃダメじゃないか」
「あのくらいの年頃には、ちょっとした秘密と恐怖は必要なんだよ」
呼びに来た青年が呆れたような目を向けるけれど、ババ様は悪びれない顔で肩を竦めて見せた。
「まったく。ついてくるって言われたどうする気だったのさ」
「来やしないよ。これから、ようやく安心して子供時代を送れるってのに、親元を離れるもんか」
見送る視線の先で待っていた母親の胸に飛びこんで行く少女を見て、ババ様はケラケラと笑いながらリュートをもう一度ボロンと鳴らした。
「あの子の母親は肺の病にかかってたんだけど、薬が間に合ったからね。あと半月もすればすっかり元気になるだろうさ」
咳の止まらない母親を、目に一杯の涙をためて一生懸命支えていた姿を思い出して、ババ様は満足そうに頷いた。
「さぁて、もうひと仕事しようかね。さっさと患者の元に案内しな!」
「ババ様が遊んでいたんじゃないか」
薬箱を押し付けて急かすババ様に、青年が唇を尖らせながらも素直に先に立って歩きはじめる。
『ババ様が行くよ~。あなたの町に……』
どこかから聞こえる歌声に、ババ様はニンマリ笑って歩き出した。
お読みくださり、ありがとうございました。
年末に完結して以来、たくさんの方に読んでいただき、嬉しい反面、予想以上の反響にとても驚きました。
基本、マイナージャンルばかり書いているので恋愛タグすごいなぁ、と。
その後を書くつもりがあまりなかったのですが、感想の中で「ババ様の話」とおっしゃっている方がいて、それを呼んだ瞬間、物語しているババ様の情景が浮かんでしまったのです。後、何かを企んでいるようなニンマリ笑い。
ババ様、レイラの話を広めるのに確実に一役買ってます。
受容があるのか不明の番外編ですが、少しでも楽しんでくださる方がいたら幸いです。
というか、完結しているのにブックマークをつけてくださる方がたくさんいらっしゃって、ですね。
こんな感じの話しで良ければこそッと投稿しようかと思ってみたりもするのですが、どんなでしょうか?
ひそっと新作を投稿してます。
よろしければこちらも覗いてみて下さい。
美醜感が違う世界に転移した女の子のお話となっております。
落ちた世界でメイドになりました。
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