34. そして幸せになりました。
最終話となります
「なんだか、不思議な気持ちだわ」
鏡に映る美しく整えられた自らの姿を眺めながら、レイラはポツリとつぶやいた。
「何がですか?」
綺麗に編み込まれた髪を乱れがないかと入念にチェックしていたユリアが、不思議そうな顔で首を傾げる。
「だって、この国来た時、私はユリアと二人きりで明日のパンを心配するような暮らしだったわ。それなのに、今ではこんなにたくさんの人たちに祝福されて、美しいものに囲まれているのだもの」
振り返った目に映るのは、丁寧に磨かれてしっとりとした艶を放つアンティークの家具に繊細な織りの絨毯。窓には繊細なレースがふんだんに使われたカーテンがかかり、レイラの瞳と同じ菫色の花を中心に生けられた花瓶がそこかしこに飾られている。
これまで暮らしていた後宮の端にある部屋とは、比べ物にならないほどの贅沢な部屋だった。
「本来はこれが正しい姿なのですよ?レイラ様は、自国でも侯爵家の血を引く方なのですから」
「そんなこと言われても、氏より育ちっていうじゃない?森の中で駆け回る暮らしをしていた私には荷が重いわ。あの花瓶一つとっても、きっと私達が一月生活できる価値がありそうじゃない?」
「この部屋に通されて、そんなことを考える年頃の娘はきっとレイラ様くらいでしょうね……」
恐ろしいとでも言うように身を震わせるレイラに、ユリアは呆れたようにため息をついた。
「緊張するのは分かりますが、変な冗談を言って気を紛らわせようとするのはおやめください。他の者に示しがつきませんよ?」
「今くらいは良いじゃない。誰もいないんだから」
現在、レイラの準備はほとんど終了し、最後の確認を残すところまで来ていた。
本来は、たくさんの侍女が控えているのだが、レイラは最後はユリアにしてもらいたいからと無理を言って、二人きりにしてもらっていた。
長い時間を二人きりで過ごしてきた主従であることは周知の事実だったので、二人にしか分からない事もあるのだろうと、周囲は快く席を外してくれたのだった。
途端に、ヘニョリと肩を落として泣き言ともつかない戯言をこぼしているわけだが……。
「実感がわかないのよ。なんだかあの日からあっという間で……」
「そうですね。確かに慌ただしい日々ではありましたね」
分かりやすい功績をあげるためにマリオンが国境へと旅立ってすぐに、言いがかりにもほどがある理由で開戦。そして、マリオンの行方不明。生死不明の報に居ても立っても居られず、前線へと飛び込んでからの怒涛の日々は記憶に生々しい。
そして、ようやくマリオンが帰ってきたと思ったら、突然、敵国で内乱勃発である。
もともと飢饉が続き起こった食料不足が原因の戦争だったため、敵兵の気力も体力も最底辺。
マリオンが戻ってきた頃には、とりあえずお偉方から文句を言われないために動いていると言わんばかりのやる気のなさで、二~三度斬り結んだと思ったらすぐに兵を引くという体たらくだった。
どちらもこれ以上負傷者を出したくないと思っているのは明白で、どこを落とし所にするか探っているような日々だったのだ。
内乱の末に王が挿げ替わった途端に終戦へと舵を切り、それを反対する声は皆無だったという。
あれよあれよという間に白旗が掲げられ、速やかに結ばれた仮の停戦条約。
テーブルに着いたのは、新しい王様の懐刀だという菫色の瞳に金の髪を持つ青年だった。
どこかで見たような雰囲気の……と首を傾げたマリオンに、青年はにこりと笑って自分の手首を掲げて見せた。
そこには、自分のものとそっくりな腕輪が結ばれていたという。
目を丸くするマリオンに青年は、自分はレイラの身内だと語った。
「食べる物が足りず困っているなら、それを満たしてあげる事はできないか?」
そんなレイラの思いつきから始まって、育ての親へと託された願いは、レイラが思う以上の功績をあげていた。
善意の施しという名目で隣国で始めた炊き出しと薬の配布は、飢えと疲労にあえいでいた国民の心をがっちりとつかんだ以上に、燻っていた「このままではいけない」という思いに火をつけた。
結果、内乱が起きるきっかけになり、乗り掛かった舟とばかりに望まれるまま食糧以上の援助を差し伸べ、気がつけば隣国の王の側近に取り立てられていた。
「一族の中では、しがない使い走りだったはずなんですけどね」
そういって笑う青年の正体は、レイラと共に森で暮らしていた義兄だった。
正式に国同士の賠償や援助を取り決めるために訪れた新国王一行にも交ざっていて、レイラと再会した暁には、もっと早く連絡しろと拳骨を落とした強者でもある。
結局、蓋を開けてみれば、国境間の軋轢の緩和を狙ったはずが、戦争終息のきっかけを作っていたレイラとの婚姻を、反対する声が上がることはなかった。
それほどの大ごとになるとは思っていなかったレイラが、大きすぎる結果に青くなり、周囲に平和に事が収まったのだからと慰められたのは、また別の話である。
マリオンが旅立ってからの激動の半年余りをぼんやりと思い返していたレイラは、そっと肩に触れた刺激で我に返った。
「レイラ様、お迎えがいらっしゃいましたよ」
柔らかな微笑みを浮かべたユリアに示され、視線を扉の方へ向けれると、そこには白を基調に作られた正装に身を包むマリオンが立っていた。
「マリオン様」
いつもの騎士服もりりしくてよく似合っているが、金のモールがきらびやかな白い正装に身を包んだマリオンはまさしく王子様という出で立ちで、レイラは思わず見とれてしまう。
しかし、見とれていたのはマリオンも同様だったようで、わずかに頬を染めて無言のままレイラを凝視している。
二人はしばし無言のまま見つめ合ったが、先に我に返ったのはマリオンだった。
「レイラ、すごく綺麗だ」
ゆったりとした足取りでレイラに歩み寄ると、マリオンはまるでガラス細工に触れるかのように恐々と手を伸ばして、その頬に触れた。
「その白いドレスも、銀のティアラもレイラの菫色の瞳と金の髪に映えて本当に美しい。まるで妖精の女王様のようだね。外に出したら、誰かに攫われてしまいそうで怖いくらいだ」
いつものマリオンらしくない饒舌な賛辞に、レイラは目を丸くした後くすくすと笑いだした。
「それならば、金のモールにたくさんの勲章をつけたマリオンは伝説の勇者様ね。誰が攫いに来ても、守り通してくれるでしょう?」
おどけた仕草で軽くカーテシーをして見せたレイラに、目を瞬いたマリオンは小さく噴き出した。
「もちろん。誰が来たってレイラを渡すものか。君は僕だけのものだし、僕は君のものだ。この命に代えても守り通すよ」
そっとレイラの手をすくい取ると、マリオンはその指先に軽い口づけを落とす。
すると、レイラは掴まれた手と反対の方の手で、そっとマリオンの頬を撫でた。
「あら、命に代えてだなんて駄目よ。一人残されても、意味などないもの。死が二人を分かつとき迄、共にいる誓いをこれから立てるのでしょう?」
「……あぁ、そうだな。この命が果てる時まで共にあると誓うよ」
見つめ合う二人の距離が少しづつ近づくその時、コホン、と小さな咳払いが響いた。
「まことに無粋なことは承知の上ですが、どうか誓いのキスは神父様の前まで取っておいてください。せっかくのお支度が崩れてしまいます。お時間が迫ってますから、直している余裕はございませんので」
生真面目な声は、少し視線をそらしたユリアのもので、ハッと我に返ったレイラは恥ずかしそうに頬を染めてマリオンから距離を取った。
逃げられてしまったマリオンは残念そうに小さく唇を尖らせたけれど、気を取り直したように、改めてレイラにエスコートの手を差し伸べる。
「では、永久の誓いを交わすために参りましょう」
真っ直ぐに自分に伸ばされた手に、レイラは目を瞬いた。
脳裏に、これまでにあったたくさんの苦労がよぎる。
はるばる遠く故郷を離れて、寂しくて泣いた夜も、悔しさに唇をかみしめた日もあったけれど、この手にたどり着くための日々だったのだと思えば、それも悪くないと感じる事ができた。
チラリと斜め後ろに控えるユリアに目を走らせる。
これからも、きっと大変なことはあるだろう。
だけど、これまでも一人じゃなかったし、これからはマリオンも側にいてくれる。
そして、きっと側にいてくれる人はもっと増えていくのだろうと、そう素直に信じる事ができた。
だから、レイラはにっこりと笑ってその手を取った。
「はい、喜んで」
お読みくださり、ありがとうございました。
途中予約投稿を失敗して慌てるなど細やかなトラブルはあったものの、どうにか年内にエンドマークをつける事ができました。
最後は少々駆け足かな?とも思いましたが、満足です。
今後は功績をたたえて適当な爵位と領地を賜った後、幸せに暮らしました、って感じですかね。
めでたしめでたし、で終わる話っていいですよね。
二人の恋愛を応援してくださった読者様。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
少しでも「面白かった」「楽しめた」と感じてくださったら、一言感想でも頂けたら作者が小躍りします。ぽちりとお星さまを灯してくださっても喜びます。
以上、はしたなくもおねだりでした。
それでは皆様、良いお年を。




