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3. 人ってどんな環境でも意外と生きていけるんですよ

本日2話目の投稿です。

気をつけてください。


 レイラは、1人森の中を歩いていた。


 日よけの黒いローブはユリアには非常に不評だが、下草や枝が払われていない森の中では、髪を枝に絡める危険からも守ってくれるし、たきしめた虫除けの香のおかげで不快な虫も寄ってこない。

 

 すこぶる快適な為、今の所苦虫を噛み潰したようなユリアの顔は見ないふりをしている。

どうせ行き合う人の姿などほぼ皆無なのだから気にしなくても良いと思うのだが、そういう問題では無いそうだ。


 手に持った籠の中には目当ての薬草がだいぶ集まっていた。

 この森を歩き回るようになり、すでに4年の月日が経っている。

 今では一見鬱蒼としたこの森も、レイラの庭みたいなものだった。


 手付かずの為多少歩きにくいが、手付かずであるがゆえ森の恵みも豊かである。

 仮にも王宮の敷地内の為、採取に来る物好きなんてレイラくらいだし、獣には人の定めた境界なんて意味がない。


 人を拒む高い崖も、翼のある鳥や四つ足の獣には、そう障害になるものではなかったようだ。

 流石に肉食の大型獣などは駆逐されている為、結果、小動物たちの楽園となっていた。

 あと、山菜と薬草の宝庫だ。


 後宮の忘れられた側室は本当に忘れられてしまったらしく、住みだして直ぐに食料の供給が滞り出した。


 森に慣れたレイラがお腹をすかせて、探索の手を森に伸ばしたとしても誰も責められないだろう。


 いや、普通は上に泣きつくのだろうが、パン1つもらうにも後宮管理の侍女長に「側室とは名前だけの役立たずのくせに」と、悪し様に罵られるユリアの姿を見てしまえばその気持ちも失せた。


 実家に頼ったところで同様だろう。


 貰えないなら自分で調達。

 幸い、その為のスキルは持っていた。

 植物どころかウサギなどの小動物まで狩ってきて、ユリアに悲鳴をあげさせたのも今では良い思い出だ。


 最初こそ、ユリアには刺激が強いだろうとレイラが森の中で下処理をして帰ってきていたが、主人にそんな事をさせられないと頑張って覚えたユリアは侍女の鏡である。


 今では、鼻歌交じりに野鳥の羽をむしり取るまでになった。

 王の側室と侍女としては、かなり間違った方向に爆進しているが、まぁ、そこを気にしていたら餓死していたと思うので、考えたら負けである。


 業者の出入り口が近いのを幸いに、仲良くなった商人になめした毛皮や乾燥した薬草を売ることで、引き換えに食料や日用雑貨もゲット。


 すっかり精神的にも逞しくなり、快適な生活を手に入れた。


 ちなみに、草ぼうぼうだったバルコニー周辺はしっかり開拓されて、青々とした野菜たちが四季折々の実りをつけている。


「本当に仕込んでくれた両親とババ様に感謝、よねぇ」

 ここでの両親は、当然育ての親の方である。

 猟師を本職としていた彼らは、森で生き抜く術をしっかりとレイラに仕込んでくれた。

 

 更に同居していた祖母は薬師として生計を立てており、実の孫達は覚えるの面倒と逃げ出した為、興味を示したレイラに喜び勇んで知識を分けてくれた。


 傷薬になる薬草を摘みながら呟くレイラの足取りは軽い。


 予想よりも薬草の成長が良かったので、思っていた以上の量が取れた。

 ユリアの服がだいぶくたびれてきていたので、コレで新しい物に変える目処が立つ。


 最近では薬草そのものではなく、軟膏や丸薬に加工したものも売れるようになったのだ。


 はじめは自分達用に作っていたハンドクリームだった。

 水仕事から庭仕事まで自分達でこなす為、どうしても手が荒れる。

 アカギレだらけになったユリアの手が可哀想で、何気なく渡した軟膏はすこぶる好評だった。


 さらには仲良くなった下働きの女達が、1人だけ手荒れ知らずのユリアに気づいた。

 軟膏を分けて欲しいと言い出して、更にそこから商人へと話がつながった。


 無料で分けていた物が硬貨に変わった当初は、なんとも不思議な気持ちになったものだ。


 誰でも取れる薬草そのものよりも、レイラしか調合出来ない薬の方が高値で引き取ってもらえるのは当然で、おかげでかなり生活にも余裕ができた。


 そうして、王や王妃と側室、侍女などの後宮の住人達には見向きもされない裏で、レイラとユリアは、独自の人脈を着々と作り暮らしてきたのだ。


 4年の月日は長い。

 痩せっぽちだった12歳の少女は年相応に成長し、美しい娘へと変化していた。


 豊かな髪は長く伸び艶やかに輝き、小麦色に焼けていた肌は元の白さを取り戻し、手製の化粧水のおかげでソバカスも消えた。

 今やシミひとつ無い、ふっくらのもちもち肌である。


 まぁ、どちらも優秀な侍女であるユリアがせっせとお手入れした賜物ではあるのだが。


 低かった身長も伸び、やや細身ではあるもののそれなりに凹凸も出来た。

 今なら、化粧をして着飾れば王の目にも止まる筈です、と力説するユリアには悪いが、レイラにはその気は一切なかった。


 今更この快適な生活を手放してまで、女の化かし合いに参戦する気にはならなかったし、多少見目が育ったからって、所詮中身は森育ちの野生児だ。

 幼い頃から美を追求してきたお姫様達に敵う筈も無いし、何より面倒くさそうとしか思えなかった。


 向こうからお呼びでもこない限り、レイラにはしゃしゃり出る気は一切なかった。

「それ、一生ここから動く気ありませんよね」

 ため息と共につぶやかれたユリアの言葉はきっと正しい。


「まぁ、数十年後に王がご崩御でもされれば、後宮は解散されるとは思うけど?そうなったら森に帰るのもいいかなぁ?」


 今でさえ忘れられてるのにその頃には誰の記憶の端にも欠片も残ってないって、とケラケラ笑えば、「不敬ですよ!」と説教をされた。

 

 真実しか語っていないのに非常に理不尽だ。


 ユリアとの会話を思い出してしまって、眉間にシワが寄る。

 あの日の説教は長かった。

 おまけのように、久しぶりに礼儀作法のお浚いまでさせられたのだ。


 まぁ、おとなしく説教を受けていれば良かったのに、ついつい口を挟んでしまったのがどう考えてもやぶ蛇だった。


「雄弁は銀、沈黙は金。説教モードの女性には逆らうな」という義父の貴い教えを思い出した1日だった。


「もう、やめやめ!喉も渇いたし、小川に行こう」

 首を振って考えを振り払い、レイラは森の中を流れる小川へと足を向けた。


 レイラの足首ほどの深さしか無く、幅も飛び越えてしまえるほどの細やかなものだが、水は澄んで冷たく、喉を潤すのにも丁度いい。


 たどり着いた小川で軽く手を洗うと、水をすくって口に入れた。

 歩き回って渇いた喉に冷たさが心地よい。

レイラはついでとばかりに被っていたフードを脱ぐと顔を洗い汗を流した。


「ふぅ。気持ちいい〜」

 レイラの口からウットリとした吐息が漏れる。

 ローブの中にしまいこんでいた長い髪も取り出して三つ編みをほどいた。


 緩やかなウェーブを描き、金の髪が黒いローブの上を流れ落ちる。

 木漏れ日に輝く様はとても美しく、妖精もかくやという風ではあったが、幸か不幸かレイラにその自覚はなかった。


 ユリアに嘆かれるからやらないけれど、本当はザックリと短く……は、無理でも、せめて半分の長さにしたいと常々思っているくらいなのだ。


 レイラは小川の側の倒木に腰を下ろすと、髪を揺らして通り過ぎていく風に目を細め、葉ずれの音に耳を澄ました。

 遠くで小鳥の鳴く声が聞こえ、レイラは微笑んだ。


(あの鳥、美味しいんだよね……)


 その時、ジャリっと小石が鳴る音がして、レイラはパッと目を開けた。

 この森に住む動物達が立てる音にしてはあまりに重たい音だったからだ。


 咄嗟に立ち上がったのは完全に条件反射で、そうして、視界に捉えた音の正体にレイラは驚きのあまり固まる。


 そこには驚いた顔の美丈夫が立っていた。









読んでくださり、ありがとうございます。


レイラ、のびのびと成長しました。

警備とか諸々どうなってるんだ?と突っ込みたい部分も多いでしょうが、そっと目を細めて見ないふりしていただけると幸いです。


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