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28. ブレスレットに込められた祈り

 男はディアンと名乗った。

 この森特有の薬草の研究の為、ここ5年ほど森に住む原住民と共に生活していたそうだ。

 ちなみに、フィリアスの背後をとりナイフを突きつけていたのは、昔からこの森に暮らす原住民族で、ディアンの護衛のようなことをしている存在だった。


「森で暮らすにも、先住の人たちには筋を通さないと面倒ごとの引き金になるからね〜〜。挨拶に行ったら気に入られてさ〜〜。一族の怪我や病気を診る代わりに、村の端に同居させてもらってるってわけ」

「クスリのチエしかナイ。森はキケンがオオイ」

「ひどいな〜〜。コレでも1人で色々旅してきたんだよ〜〜?」


 招き入れられた家は、木造のシンプルな造りの平家だった。

 中は薬草の香りに満ちていたが、ディアンから受ける印象を裏切り、意外なほど綺麗に居心地良く整えられていた。


「あ、そこに寝かせて」

 通されたのも、手狭ながらちゃんと個室であり、寝台には真っ白なシーツがかけられていた。

 ここだけ見れば、外の原生林を忘れてしまいそうである。


「あ〜、運がいいね。太い血管を綺麗によけて刺さってたみたいだ。まあ、抜く時にかなり傷を広げてるけど、縫っとけばそのうち治るでしょ」

 軽い口調ながらもその手の動きは速く、荒い応急処置だけされた傷口が、みるみるうちに清められ適切な処理を施されていく。


「はい、おしまい。僕は解毒剤作りに行くから、あとはそこの包帯巻いて寝かしてて。あ、ベック君、水差し持ってきてあげて」


 怒涛の展開に疲弊した脳がついてこれず、マリオンが治療されるのをぼんやりと眺めていたフィリアスは、ポンっとすれ違いざまに肩を叩かれて我に返った。


 慌てて包帯を手に取ったフィリアスが、ぎこちない手つきで包帯を傷口に巻きつけ始める。

 その視界の端に、ベックが映った。


「コレ、使え」

 しょうがなかったとはいえ、一度は本気で殺気をぶつけられた相手の登場に、無意識に体に力が入る。


 当のベックはそんな警戒に頓着せず、ぶっきらぼうな口調と共に、机の上に水差し以外にも桶やタオル、畳まれた衣類やシーツなどを積み上げていく。

 机の下に置かれた大きな桶からは湯気が立っているからお湯でも入っているのだろう。


「……なんで」

 先ほどまで本気で殺気を向けられていた相手からの親切に、フィリアスの口から意図せず疑問が飛び出る。

 フィリアスの声に不思議そうに首を傾げた後、ベックは、動かないフィリアスに代わり包帯を手に取った。


「ケガやヤマイには、清潔がタイセツ。ディアンがウルサクいう」

 意外なことにくるくると慣れた手つきで包帯を巻き付けていくベックに、フィリアスは目を見張る。

 それは、間違いなく熟練された手つきだった。


「ディアンがウケイレ、助けるとキメタなら、したがう」

 最後に巻きつけた包帯が解けないようにキッチリと折り込むと、ベックは自分の肩にもたれさせるようにして座らせていた意識のないマリオンの体を横たえる。


 その仕草は、傷ついたマリオンの体を痛ませないようにという配慮に満ちていて、フィリアスはようやく肩の力を抜いた。

 ほんの僅かに残っていた猜疑心が、消えていった瞬間だった。


「オマエも身体をフイテ、ヤスムとイイ。痛むところがアルなら、薬もアル」

 机の上を示されて、そこに積まれてあるものは自分の分も含まれているのだと気づいたフィリアスは、素直に頭を下げた。


「ありがとう。使わせてもらうよ」

「………レイはフヨウ。オレはディアンのケッテイにしたがったダケ」

 ツンっと顔を逸らしてベックは部屋を出ていってしまった。


 しかし、日に焼けていて分かりにくいが、褐色の耳がほんのり赤く色づいているのを見てとって、フィリアスはこっそりと笑った。


(彼はずいぶん優しい人らしい)

 最初の出会いこそ物騒だったが、それも見知らぬ人物を警戒してのことだったのだろう。

 敵を排除しようとするのは、生物として当然の行動だ。


 フィリアスは机に向かうと2人分にしても余裕を持って置かれた着替えや布に目を細め、ありがたく利用させてもらう事にした。


 まずは何よりも先に、グッタリと意識のないマリオンの体を清め、汚れたシーツと衣類を整えた。

 気のせいか、先ほどより表情が和らいでいる気がして、フィリアスはそっと安堵の息をついた。

 マリオンの意識が戻らない以上、まだ完全に安心はできないが、少なくとも最悪は脱したと言って良いだろう。


 それからフィリアスは、ようやく自分のことに取り掛かった。

 濡れた衣服を脱ぎ捨てると、川を流れるうちに岩にぶつかってできた打ち身に軟膏を塗り、着替えをする。


 全てを終え顔を上げると、いつの間にか同じ部屋の片隅に、干草の上にシーツを重ねただけの簡易的なものではあるが、ちゃんとした寝床が出来上がっていた。

 全く気が付かなかった自分の気の緩みに呆れながらも、フィリアスは再び目を細めることとなった。


 なぜ助けてくれたのか。


 疑問はあったが、それを追求するには、フィリアスも疲れすぎていた。

 身を投げ出すように、用意された寝床に倒れ込む。

「ああ………、良い香り……」

 小さな呟きと共に、フィリアスの意識は闇にとけた。





「で、マリオンの意識も戻らないし、そのままここで世話になってたってわけ」

 再び、意識を取り戻したマリオンは、側についていたフィリアスに、これまでの経緯を聞いていた。


「ディアンさんには、お前の意識が戻ったのは伝えてある。そのあと一度来てくれたんだけど、意識がなかったから傷の確認だけして、いつもの探索に出かけていったよ。暗くなる前には戻るってさ」

 フィリアスは話しながらも、マリオンの体に響かないように少しだけ起こして背中にクッションを詰め込んだ。


「ずいぶんと世話になった………のは分かったが、………それはなんだ?」

 そうして差し出されたコップを胡乱な目で見つめた。

 中にはドロリとした青緑の液体が入っている。


「ん?毒抜きとか諸々入った薬湯だって」

 コップの中を見て固まっているマリオンにフィリアスがふしぎそうな顔で返した。

「………なんとも言えない香りがするんだが」

「そういうものなんだ、諦めろ。意識がなかっただけでもう何回も飲んでるから大丈夫だ」


 何が大丈夫なのか。

 いや、体に害はないという意味なのはわかるけれど、別の意味で何かが傷つきそうなのは気のせいなんだろうか?


 葛藤していると、自分で飲めないのかとフィリアスが手を差し伸べてくる。

 それを嫌そうな顔で避けた後、マリオンは、コップの中身を一息に飲み干した。


「ううぇっ」

 想像以上にひどい味に、マリオンは思いっきり顔を顰めた。

 それに笑いながら、フィリアスが水を差し出す。


「まあ、効果は絶大だ。それのおかげで、お前は死なずに済んだんだから」

「………わかってる」

 水を飲みながら、マリオンはかろうじて頷いた。

「レイラが言っていた。良き薬は苦痛あり、と」


「ふ〜〜ん、君にその守り紐を与えたのは本当に一族の子なんだねえ」

 唐突に割って入ってきた第三者の声に、マリオンは扉の方へと顔を向けた。

「ディアンさん、もう戻ってこられたんですか?」

 そして驚いたようなフィリアスの声でその男の正体を知る。


 男は、少し照れたように頭をかきながら、部屋へと入ってきた。

「いやぁ、行くには行ったんだけど、いざ採取しようとしたら必要な道具を忘れてたことに気づいてね。慌てて戻ってきたんだよ」

「ダカラ確認スル、言ったノニ」

 さらには護衛役のベックもその後をついてくる。


「まぁ、まぁ。おかげでこうして目が覚めたマリオン君に会えたことだし、結果オーライって事で」

 誰が聞いてもいささか無理のある話の納め方に、とりあえず突っ込む人はいなかった。


 付き合って数日のフィリアスですら、ディアンとはこういう適当な人物であることは分かっていたし、(意識がある状態では)初対面のマリオンには、それよりも気になる点がありすぎたので……。


「この度は救いの手を差し伸べてくださりありがとうございました。ところで、守り紐と聞こえたのですが……」

「あぁ。それのことだよ」

 指さされた手首には、レイラに贈られたブレスレットが着けられていた。

 金糸の混じる組紐で複雑に編み込まれたそれは、レイラの手作りで、旅立つときにレイラ自ら着けてくれたものだった。


「一族の中で伝わるもので、編み方一つ一つに意味があるんだ。それは魔除けと旅の無事を祈るものだね。大切な人が旅立つときに良く贈られるもので、ぼくも持っているよ」

 そう言ってディアンは服の袖をめくって差し出してくる。

 そこには色あせたブレスレットが複数付けられていて、ディアンの長い旅路を思わせた。


「それを身に着けているってことは、一族に縁のある人間だからね。見捨てたら、祖霊に怒られてしまうよ」

 ニコリと笑うディアンに、マリオンの胸がギュッと引き絞られたように苦しくなる。


(レイラ、離れていても君は俺を助けてくれるんだな)

 そっと指先で触れたブレスレットは、不思議と温かい気がした。








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