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24. 待ってるだけなんて私じゃないよね

「……レイラ様、本当に行くんですか?」

「ええ。だって、大人しく待つだけなんて私らしくないもの。それに、薬師として行くんだもの。邪魔になんかならないわよ」

 町娘の姿で笑うレイラに、ユリアは大きくため息を吐いた。


「医療班として行くとはいえ、危険がないわけではないんですよ?」

「分かってる」


「国境に行ったからって、捜索に参加できるわけでもないんですよ?」

「分かってるわよ。適材適所って、ちゃんと知ってるから」


「・・・・それを言ったら、レイラ様の適所はここだと思うのですが?」

 じっとりと見つめてくるユリアに今度はレイラが、ため息を吐いた。


「もう!不満があるなら別にユリアまでついてこなくていいのよ?」

「レイラ様を野放しにしたら、どこまで行ってしまわれるか不安しかないので無理です」

 はっきりと不敬な事を言い切り胸を張るユリアに、レイラはもう一度大きなため息をこぼした。




 王妃様の部屋を退出した後、レイラは、速攻でお忍び服に着替えると街へと飛び出した。

 向かう先はサントスの薬屋だ。

 普段なら、ユリアに手紙を届けてもらうのだけれど、今はそんなやり取りも時間が惜しかった。


 ちなみに置いていこうとしたユリアは、しっかりとついてきている。

「レイラ様1人で訪ねたこともないのに、迷子になったらどうするのですか」

 と言われたら、ぐうの音も出ない。


 確かに。

 初めての時は、馬車で店の前まで送ってもらったし、その後は手紙のやり取りだけで実際に訪ねるのは今回で二度目だ。

 店の位置はなんとなくのうろ覚えだったけれど、町中にあるのだから、最悪店の名前は知っているのだし周囲の人に尋ねればたどり着けるだろうと思っていたくらいだ。


 結局、お使いで何度も通っていたユリアの手際の良さに助けられた。

 慣れた様子で通りすがりの乗合馬車を捕まえる様子は堂に入っていた。

 同じ世間知らず仲間と思っていたユリアは、意外なことにたくましく成長していたようだ。


 そうして、無事たどり着いた先で、レイラは、サントスに協力を願い出た。

「国境の戦闘地帯に、薬師もしくは医療従事者として行きたいけれど伝手はないか」と。

「なにおっしゃってるんですか~~~~!!」

 その瞬間に、ユリアの絶叫が響き渡ったのは記憶に新しい。

 久々に聞いたユリアの大声は耳に痛かった。



「危険です」「大人しくしときましょう」「王妃様にもできる事は無いって言われましたよね」

 必死に説得し、時に涙目で懇願してくるユリアをかいくぐり、レイラは自分の望みを叶えるために頑張った。



 まずはサントスへの協力要請。

 これは比較的簡単だった。

 基本的に「自身のやりたいことをやるべし」という考えの一族だから、一見無茶苦茶にしか見えないレイラの希望「戦場に医療従事者としての参加」も、まあ、出来るならやってみたら、てな感じで後押ししてくれたのだ。

 妹可愛いの精神が多大に働いたことは否定できないが・・・・・。


 そうして見つけた潜り込む先は、王軍所属の医師の助手だった。

 サントスの店の常連客だという医師は、「サントスの遠い親戚で薬草学の妹弟子」という触れ込みに驚きながらも喜んで雇ってくれた。

 なんでも、もともと居た助手が「戦場に行くなんて危険なことはできない」と急遽やめてしまい、困っていたらしい。

 恰幅のいい腹を揺らしながら、快く契約のサインを書いてくれた。


 ちなみに、後宮住みの側妃であることは内緒である。

 バレたら卒倒間違いなしだろう。



 次いで、王妃の説得。

 こちらもこっそり突撃のうえ人払いしてもらい、切々と訴えた。


「自分の手で探し出せるとは思っていない。さすがに戦闘地帯の密林の中を行軍はできないし、仮に見つけたとしても私では運ぶことも出来ないから完全にお荷物になるのは分かってる」

「だけど、せめて少しでも近くにいたい」

「幸いにも私には後方支援できるだけの医療と薬草の知識があるから、国境に行ってもきっと役に立てる」

「なんなら、かわいそうなお姫様の奮闘とでもなんでも利用してくれていい。私を行かせてほしい」


 不敬を承知で、反論の隙を与えないように勢いのまま言葉を重ねる。

 どんどん感情の波に呑まれて言葉が崩れていくけれど、レイラにはもう止める事ができなかった。

 思い浮かぶのは、最後に言葉を交わした時のマリオンの穏やかな笑顔。


「そもそも、あんな危険なところに行くことになった最たる原因は私にあるのに、1人だけ安全な場所にいるなんてできない。……私たちの未来の為にマリオンが頑張っているというなら、私だって何かしたいの!しなくちゃいけないの!!」


 レイラの勢いに飲まれるように訴えを聞いていた王妃は、最後の叫びにハッと顔をゆがめた。

 レイラの頬をボロボロと涙が伝う。

 だけど、けして逸らされない視線の強さに、王妃は一つため息を吐いた。


 責任を感じているのだろう。

 マリオンを死地に追い込んでしまったと後悔しているのかもしれない。

 なによりも、愛する人を失うかもしれない恐怖に、レイラはじっとしていられないのだ。


(この子は幼い)

 母として子供たちを見守ってきた経験が、そう告げていた。


 一見しっかりしていて逞しく見えるが、心のどこかが成長しきれていない、いびつさがあった。

 養い親や家族には愛されていたようだけれど、それだけでは埋めきれない何かがあったのだろうか。


 達観したように語っていたが、本当は父親に呼び寄せられたときに心のどこかで期待したはずだ。

 そして、その手を振り払われても、耐えていればもしかして、と蜘蛛の糸ほどの細さで希望を手放す事ができなかったのではないか。


 で、なければ不遇しかないこの地で、幼い子供が数年の時を過ごすことなど出来るはずも無い。

 もともとのポテンシャルはとても高く賢い子だ。

 この地を抜け出して養い親を頼るなり、一人で自由に生きるなり、どうとでもできたはずだ。


 だけど、そうはしなかった。


(本当に人の心って不可解で複雑だわ)

 そんな子が、初めての恋を知った。

 人と心を交わし、共に手を取り未来を夢見た。


(きっと止めても無駄ね。勝手にいなくなってしまうだけだわ。それなら、多少なりとも手綱をつけれるようにした方がいい)

 美しく、賢く、特殊な一族に育てられた娘。

 だけど、王妃にはたった一つの得られなかった愛を求めて泣いている、かわいそうな子供にしか見えなかった。


「分かりました。貴女は、これから婚約者の不運に心を痛めて寝込んでしまうのです。

 かわいそうな未来の義理の娘の為に、私は静養の場を提供しましょう。人の少ない静かな山奥の別荘です。きっと心も休まる事でしょう」

 そっと頬を流れる涙をぬぐってやりながら、静かな声で囁く王妃に、レイラは目を見開いた後、大きく頷いた。


「はい、王妃様。お心遣い感謝いたします」





 そして、万事つつがなく整えて、出発の日。

 荷物を詰めた鞄を抱えているというのに、まだあきらめきれないユリアとの冒頭のやり取りへと戻るのだ。


「大体、私はお医者様の助手として行くのに、そこに侍女が付いていくというのも無理があると思うの」


「私はレイラ様の侍女として行くのではなく、医療団の下働きとして参加するのですから、無茶などではありません。

 しいて言うならばレイラ様の同僚です。同じ年頃の同性の同僚ならば、狭い砦の中で同室になっても不自然ではありません」


 ツン、と横を向きながら答えるユリア。

 レイラが北の国境に行くことに納得していなくても、自分がレイラのそばを離れる方がもっとあり得ないという考えなのだ。


「もう、頑固なんだから」

 困ったように笑いながら、レイラは、この国に花嫁として送り込まれた時のことを思い出していた。


 明らかに生贄として送り込まれる、なさぬ仲の娘についていきたい侍女などいるはずも無く、当初レイラは一人でこの国へと嫁ぐことになっていたのだ。

 その時に、一緒に行くと手を挙げてくれたのが、当時メイドとしてレイラのお世話をしていたユリアだった。


 まだ勤め始めて半年ほどの年若いユリアは、押し付けられるようにレイラの世話をしていた。

 そもそも、メイドであったユリアが、仮にも令嬢付きになるのは異例のことだったのだ。誰もやりたがらなかった故の例外だった。

 それを知っていたレイラは申し訳ないと断ろうとしたのだ。


 後ろ盾のない、何番目になるかもわからない側室なんて、絶対苦労するのが分かっている。

 そんな運命に巻き込むわけにはいかない。


 やんわりと断ろうとしたレイラに、ユリアは首を横に振った。


「どうせここにいても、一番下っ端のハウスメイドです。それなら、名目だけでも侍女として隣国へ行った方が、いいことがあるかもしれないでしょう。

 私はレイラ様を利用しようとしているのですから、お気になさらずに」


 無表情で淡々と言ったユリアは、きれいな顔も相まってまるで人形のようだったけれど、その瞳が心配そうに揺らいでいるのを知っていたから、レイラはそれ以上何も言えなくなってしまう。


 愛妾の望まれない子供として、レイラを粗雑に扱う侍女やメイドたちの中で、ユリアだけは、いつでも真摯に接してくれた。


 少し表情が硬くて、少し素直じゃないため損をしている心優しいユリアを、レイラはすっかり大好きになっていたから。

 だから、せめて苦労は掛けても最後は幸せにしようと心に誓って、レイラはユリアと共にこの国に来たのだ。


「怪我だけはしないでね。危ないときは私をかばう前に逃げてね」

「怪我したらレイラ様が治して下さればいいのです。私はいつでもレイラ様の側にいますから」

 覗き込むように言えば、ツン、とさらにどこかを向いて、そうしてレイラの手からカバンを奪うとさっさと歩きだしてしまった。


「もう、待ってよユリア!カバンくらい自分で持つわよ!」

 慌てて追いかけるレイラから逃げるようにユリアはすたすたと足を速めた。

 その背中を追いかけながら、不謹慎だけれどなんだか笑いがこみあげてくるのを、レイラは必死に噛み殺した。





 そうして、北の国境に向かい援軍と追加の物資、そしてレイラ達医療団は粛々と出発したのだった。




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