23. 静けさの後には嵐が訪れるらしい。
無事に手紙を託すことができたレイラは、返事を待つ時間も惜しいと森へ入り薬草を集めては、必要になりそうな薬を作ったりと忙しい日々を過ごしていた。
再会したサントスとも、ユリアに仲立ちを頼み手紙で交流を再開している。
さすがに、街の薬師であるサントスを後宮に呼ぶのも、レイラがお忍びでホイホイと街に出るわけにもいかないので、直接会うことはできていないけれど、それでも断絶していた今までを思えば、上等だ。
元気に暮らしているらしい森の家族の話を聞けばうれしくて、意地を張って手紙のひとつも書かなかった自分を後悔する。
最初の1年ほどはともかく、その後は、手紙を出す余裕くらいあったのだから。
まあ、それ以外にも、知らなかった街の噂とやらに悶絶することになっているのだけれど。
「情報操作の一環だそうですよ。不幸な娘が王子様に見初められるお伽話は、女の子のあこがれですから。そこら辺をうまく取り込んで、好感度を上げるそうです」
サントスのからかい交じりに教えられた噂話は、どうやらフィリアス発の作戦だったようで、ユリアはあっさりと肯定して見せた。
「レイラ様にお知らせするか迷ったんですけれど、恥ずかしがって反対されそうでしたので、控えさせえていただきました」
お茶を飲みながらシラッと答えるユリアに、何も言い返せず赤い顔で口をパクパクしていた記憶も新しい。
今では尾ひれも背びれもつきまくり、いったいどこの深窓の姫君ですか、と頭を抱えたくなるほどに話が大きくなっていた。
「みんな恋物語が大好きなのね・・・・・」
発信源が身内である以上否定するわけにもいかず沈黙を貫くレイラだったが、おもしろい事に市井から流れた噂は王城の下働きからさかのぼり、今では若い貴族の娘たちの間で大流行になっているらしい。
中には「境の森の魔女」に世話になった娘もいたようで、そこら辺も併せて、おおむね好意的に迎え入れられているそうだ。
たまに王妃様に呼ばれて王城のほうを歩いていると、好意に満ちた視線を向けられる事が増えていた。
幸い、今のところ積極的にかかわってくる人はいないのが救いだが、それもいつまでもつか微妙なところだ。
そんな、レイラ的に忙しくも微妙な綱渡り的時間は、しかし、飛び込んできた知らせで終わりを告げた。
その知らせは、ほぼ同時だった。
ひとつは待ちかねていたババ様からの返事。
「おもしろい事を考えたね」との事で、協力してくれそうな心当たりに声をかけてくれるとの事だった。
それなりの形ができたら連絡すると、受け取った手紙には懐かしいババ様の文字で書き記されており、レイラは嬉しさのあまりピョンと飛び上がってしまった。
誰よりも心強い味方を手に入れて、きっとこの思い付きは、レイラが想像したよりも素晴らしい形になって帰ってくるだろうと信じる事ができた。
その喜びをユリアにも伝え、王妃様にも報告するために面会を頼もうと手紙から顔をあげた時、少し強めのノックの音が響いた。
いつもよりも強く速い音に、心臓がびくりと飛び上がる。
素早く扉へと向かったユリアが、2,3やり取りをした後、振り返った。
「王妃様より、至急部屋へと来るようにとのお呼び出しです」
「え・・・?まあ、良いタイミングだけど・・・・・何かあったのかしら?」
いつにない、急な呼び出しに、不安が忍び寄る。
「分かりません。直接伝えたいことがあるから部屋に来るようにとだけ・・・・。とりあえず、至急との事なので、そのままで参りましょう」
ユリアに促されるまま、レイラは歩き出す。
いつもなら、どれほど急ぎでも一時間ほどの余裕があり、その間に、着替えたり髪を整えたりする。
別に変な格好をしているわけでもないのに、わざわざ改めて身支度を整えるのを面倒に感じていたレイラだが、いざ、それを省略されると違和感を感じた。
なによりも形式を重んじる王宮の人々が、それを無視するなど、どう考えても普通ではない。
ドキドキと早まる鼓動と共に、自然歩む足も速くなる。
いつもなら「はしたない」と怒られるようなスピードになっていたけれど、それを止める人が誰もいないことにさらに焦燥は募った。
「マリオンが行方不明との報告が来ました」
果たして、その不安は、勧められるままにソファーに座ったとたんに告げられた王妃からの言葉で、的中したことを知る。
「行方…不明……」
クラリと目まいがした。
「ああ、だから座るように勧められたんだ」とどこか冷静な頭の片隅で考え、レイラは、ハッと持ち直す。
気絶している場合ではない。
「どうしてそのようなことになったのですか?」
青白い顔でそれでも毅然と顔をあげたレイラに、観察するような目を向けていた王妃は、満足そうにかすかに微笑んだ。
か弱く気絶するか、持ち直すか。
それによって今後の対応が変わっていたことをレイラは知らない。
尤もそれが良い事か悪い事かは分からないけれど、少なくとも王妃のお眼鏡には適ったようだ。
「隣国の侵略行為が激しくなってきて、何度か戦闘になったようです。
マリオンもそれらに参戦していたのですが、予期せぬ夜襲を受け、混戦になりました。
辛うじて勝ちを得る事ができたようですが、その中で行方が分からなくなったようです。
夜明け直前の薄闇の中、敵味方の区別も難しかったと聞きました。
最後に目撃されたのが川の方だったとの事なので、誤って流されたのではないかとのことです」
「・・・・・・・川に・・・・」
淡々と告げられる言葉をどうにか頭の中で整理する。
ともすれば湧き上がってくる恐怖と混乱で叫び出してしまいそうな中、レイラは、辺境の地図を思い出していた。
領地の中、国境付近を流れる川は・・・・・・。
「隣国のほうへと流れていたはず・・・・ですね」
「確かに、隣国へと流れてはいますが、一度かなり深い山を越えていくためすぐに人里へと入るわけではありません。
ただ、かなり深い森の中を行くため、捜索は難航しているようです。
状況的にもそちらにばかり人を割くわけにもいかないのでしょう。残念ですが、今のところ痕跡は発見されていません」
語られる言葉は、どこにも希望を差し込む隙が無く、レイラはただ声も無く強く唇を噛み締めた。
そうしなければ、意味もない言葉を喚き散らしてしましそうだった。
「私にできることは・・・・」
「今のところ、何もありません。このことを知らせるかも、正直、意見は分かれたのです。
内定しているとはいえ、まだあなたとマリオンのことは正式にお披露目されていませんから」
唇を噛みこぶしを握り締めてこみ上げる激情をやり過ごしたレイラは、絞り出すような声で問うた。
しかし、それにもあっさりと「否」の言葉が返ってくる。
現在のレイラの立ち位置。
それは非常に微妙なものだった。
《第五王子のマリオンとの婚約》
王の許可は取れている。議会の了承もほぼ、確定している。
だけど、正式に書面が交わされたわけではない。
実の子とはいえ、・・・・いや、実の子だからこそ理由もなく王の側妃を降嫁させるわけにはいかない。
手柄を立てた褒美として・・・・という形式を整える必要があり、そのための出陣でもあった。
ゆえに、白い結婚であるのは明白とはいえ、それでも今はレイラは王の側妃のままなのである。
先にその関係性を解消する案もあったけれど、それを解消した時点で、レイラは後宮から出なければならない。
頼れる先もないまま王宮を出すのは、マリオンが反対した。
「何かあったらどうするのだ」と真剣な顔で説得されてしまうと、レイラには抵抗することはできなかった。
実家は頼れない。
実はこの国に嫁ぐにあたり、「今後、レイラの身に何があろうと関与しない」と実質縁切りのような書面にサインをしている。ご丁寧にその写しの一通を国にも提出済みである。
表向きにはそれほどの覚悟を胸にこの国へと来たのだと辻褄合わせしているが、単に面倒ごとが起きた時のための布石であり、それほどにレイラの存在が疎ましかったのだろう。
「最初で最後の孝行と思え」とのありがたいお言葉つきだった。
まあ、継承権を放棄したとはいえ王族と新たな縁を結ぼうとしている今、余計な横槍が入れられないというのは、むしろありがたかった。
結局、当初の予定通り、王妃が後見人を務めることとなり、現状、今までと変わらず後宮の端っこで暮らしているのだ。
長々と何が言いたいかと言えば、マリオンとレイラの関係は精々婚約者候補であり、対外的には何の権利も義務もない他人である、ということだ。
ゆえに、マリオン行方不明の報も、伝えるか秘匿するかかなりもめた。
最終的には二人の後見人でもある王妃の決断で、この場が設けられたのだった。
「捜索をあきらめる事は無いと誓います。ですが、何事も絶対はありません。無事を祈りながら、覚悟を決めなさい。無様をさらすことは許されません」
無の表情で言い切る王妃の顔を、レイラはただ見つめた。
そして、その瞳の奥に苦悩の色を見て取ると、黙って頭を下げて退室した。
血のつながりはないとはいえ、幼いころより見守ってきたわが子の一人である。
辛くないわけがない。
しかし、母である前に彼女は王妃なのだ。
私事に走り、国を乱すわけにはいかない。
その覚悟を、レイラはしっかりと見て取った。
そして、自分にも同じ覚悟を求められているのだということまで・・・。
だけど・・・・・・。
「最悪を想定して覚悟を決めるのも確かに大切だわ。だけど、部屋に座り込んでただ無事を祈っているだけなんてまっぴらよ。
私は大人しいお姫様なんかじゃないもの」
自室の道をたどりながら、レイラは自身に言い聞かせるように呟いた。
「どんなに苦しい状況だって、私は自分で道を見つけてきたわ。
周りから見たら愚かな選択だったかもしれないけれど、後で悔いるくらいなら今の苦労をとる。・・・・・そうやって、ここまで来たんだもの」
まっすぐに背を伸ばし前に進む背中を追いかけながら、ユリアは小さくため息を吐いた。
王妃の部屋から出てきたレイラの顔は、何かを決めた時のものだった。
あの顔をしているとき、けしてレイラはあきらめない。
初めてレイラに仕えた頃、虐待かとも思えるような無茶な教育の詰め込みに眉を顰めるユリアに「大丈夫」と笑って見せた時。
無茶を押し付けた挙句、実質の縁切り状へサインをさせられた時。
知り合いの一人もいない国で、荒れた部屋に追いやられた時。
短くない時間をユリアは、年下の小さな主人と共に過ごした。
そばかすの目立つやせっぽっちの少女が、まるで蛹が蝶に羽化するかのように美しく成長しても、主人の本質はちっとも変わらない。
それが、嬉しいような困るような・・・・。
複雑な思いを抱えながら、今度はどんな無茶を始めるのかと思案しつつ、その背中を追いかけるユリアの口元が小さくほころんでいたことを、ユリア自身すら気づいてはいなかった。
お読みくださり、ありがとうございました。




