1. 自由と放任は似ているようでちがうよねってお話
新連載はじめました。
よろしくお願いします。
とある国のとある侯爵が、たまたま視察に出た自領の美しい町娘を見初めて愛妾に召し上げた。
プライドの塊のような正妻に疲れ果てていた侯爵は純朴な町娘に癒され溺愛したそうで。
そうなると、当然面白くないのは正妻様。
町娘は伽陀の如く嫌われて、侯爵の見えないところで酷い扱いを受けたそう。
まぁ、よくある話だよね。
それでも、侯爵は真実町娘を愛していたし、正妻の手からも陰に日向に守り抜いたんだって。
けど、元々あまり体の強くなかった町娘は、子供を身篭ったことで体調を崩し、どうにか娘を1人産み落としたものの、引き換えに自身の命を失う事となったんだ。
愛する人を失った侯爵は嘆き悲しみ、自分から愛妾を奪う結果となってしまった娘を受け入れることがどうしてもできなかった。
もちろん、蛇蝎の如く愛妾を嫌っていた正妻が、そんな相手の産み落とした赤子に興味を示すはずもないよね。
結果、生まれたばかりの小さな命は誰からも顧みられることはなく、だけど、ほんの少しのお情けのおかげで付けられた使用人の手で、スクスクと育つこととなる。
もっとも姿も見たくないという侯爵の言葉で領地の隅にある忘れられていた別荘へと追いやられちゃったんだけど。
その別荘の管理人として雇われていた猟師一家のもと、娘は何不自由なくその後も暮らしていた。
森を駆け回り、狩りを教わり、薬草を学ぶ。
「家族」以外の人と会うことは滅多にないけれど、それを不満に思う事もなく、日々の糧を森で得て、森に感謝を捧げる日々に娘は満足していたんだ。
娘自身どころか育てていた猟師一家ですら娘の本来の身分を忘れかけていた、そんな頃。
けれど、転機は訪れた。
娘の暮らす国の同盟国が、隣の大国に戦を仕掛け見事に大敗して、結果、娘の国もとばっちりで属国化。
同時に吸収される国は他に2つ程あったそうで、大国はそれぞれの国に王の側室を複数人出すことを命じてきたそう。
少女の父親の身分は侯爵であり、紆余曲折のもと、忘れられていた娘に白羽の矢が立った。正しく、数合わせ。
もしかしたら、こんな時のために、娘は命を奪われることなく育てられてきたのかもしれない。
かくして、森の別荘から突然連れ戻された娘は付け焼き刃の礼儀作法を叩き込まれ、最低限の花嫁道具を携えて、大国の後宮へと送り込まれることとなったんだ。
「って、他人事のように語ってみたけど、我ながら、凄い波乱万丈っぽいよね〜」
フゥと、ため息をついてレイラはお茶を一口飲んだ。
「しかも3国からほぼ同時に2〜3人ずつ側室が送り込まれれば、そりゃ、数合わせの私なんかが見向きもされないのは当然だって」
「だからって、この扱いはあんまりです!」
無邪気な仕草で肩をすくめるレイラに侍女として共にやって来た少し年かさの少女がワッと泣き伏した。
「確かにお嬢様は森で野生児並みにのびのびと育てられて、淑女のたしなみも礼儀も今ひとつですけど、それでも、身分的に言えば今回嫁いできた方々の中でも上位に当たるんですよ!」
「うん、なんか前半落とされてる気しかしないけど、気のせいかな?ユリア?」
一息に言い切られた言葉の中身にレイラの頬が微かに引きつるが、興奮したユリアと呼ばれた侍女は止まらなかった。
「それがなんでこんな後宮でも端の端。使用人棟どころか業者用の裏門に近いこんな場所にお部屋を賜らなくてはならないんですか!?」
悲鳴のような叫び声に、しかしレイラは冷静に再び肩をすくめて見せた。
「まぁ、それは私がまだ12の小娘で、容姿もスタイルもパッとしない、実家も投げやりでほぼ後ろ盾も無い、とりあえず数合わせの存在だからでしょ。
いっそ、こんな子供はいらんって国に送り返してくれたら良かったんだけど、国同士の事だからそうもいかなかったんだろうね。
私以外の2人は、身分はともかく見た目は極上品だし」
確か、急遽養子にしたんだっけ?っとつぶやきながら、レイラはもう一口お茶を飲んだ。
ちなみに今飲んでる茶葉は国からの支給品である。なかなかに美味しい。
「レイラ様だって、雪の妖精に例えられる程美しいお母様の血を引いてらっしゃるんです!育てば美人になるはずです!………たぶん」
「………最後で弱気にならないでよ。結構傷つくんだからさ」
尻つぼみのユリアの言葉に、それでもレイラは苦笑1つですませた。
レイラの母親は、侯爵に見初められる程であるから、とても美しかったそうだ。
華奢な体に雪のような真っ白な肌。
吸い込まれそうな菫色の瞳に紅を塗ってもいないのに赤い唇。
たおやかな仕草に美しい金の髪はまるで月の光をつむいだかのよう。
舞いの名手で、彼女が踊れば観客は時間を忘れて見惚れたそうだ。
高位貴族で目の肥えているはずの父親の目をも奪ったのだから、相当だったのだろう。
レイラ自身は絵姿でしか見たことは無いけれど、確かにとても美しい人だった。
対して、レイラ。
森を駆け回って育ったため引き締まった肢体に小麦色の肌。
頬にはソバカスが散っている。
瞳は大きいものの顔が小さすぎる為どちらかと言えばギョロリとした印象が強い。
礼儀作法、なにそれ美味しいの?な生活だったため、仕草も声もお貴族様から見たらさぞかし粗野に映ることだろう。
瞳と髪の色だけは辛うじて遺伝したようだが、絵姿ではまっすぐな流れるような母親に対し、レイラの髪はウネウネと波打っている。
量も多い為、雨の日には大爆発で大変面倒くさい。
「………まぁ、良いじゃない。
王様は今年で40になられるそうだし、こんな子供に興味を持ったらそれはそれで怖いでしょ。
側室も今回ので40人超えたっていうし、ここでノンビリさせてもらおう。
なにもしなくても最低限の衣食住は保証されるみたいだし、ありがたい話じゃない」
不満顔のユリアを宥めながら、レイラはお茶を飲み干すと窓の外を眺めた。
実はレイラはこの部屋が一目見たときから気に入っていたのだ。
建物の端っこにあるこの部屋は、小さな森に面していて生まれ育った家を思い出させた。
しかも1階にある為、申し訳のようについたバルコニーから階段で外に出ることが出来る。
辺り一面に雑草が多い茂っているが、よく見ればいくつかハーブも混ざっていた。
鳥が運んできたのか、気まぐれな誰かが、かつて此処で園芸でも楽しんでいたのかもしれない。
「どうせ咎める人も居ないでしょうし、自由にさせてもらいましょ」
一応、後宮に入ったという建前上、外に出ることは出来ないだろうが、幸い窓の外に見える鬱蒼と茂った小さな森は敷地内らしい。
ニッコリと笑顔で窓の外を眺めながら、レイラの小さな頭の中はいろんな計画が渦巻いていた。
ニコニコと楽しげな小さな主人にユリアは大きくため息をつくと肩を落とした。
突然、侯爵家に連れてこられた痩せっぽちの少女は、自分を省みない父親にも腐らず、山のように付けられた教師陣にも負けず、驚くべき早さで知識を吸収し礼儀作法をものにして見せた。
侯爵家に勤めだして1年のユリアは、最初はとんだ貧乏くじを押し付けられたと嘆いていたのだが、逆境にもめげずいつも笑顔で前向きな少女にすぐに絆されていた。
だからこそ、少し迷いはしたものの、自ら志願してここまで付いてきたのだ。
なにより、プライドばかり高い正妻の娘や、すぐにメイドに手を出そうとする息子に仕えるよりはよっぽどマシだとも思えた。
(なのに、こんな目にあう姿を見なくてはならないなんて)
悔しさがフツフツと湧いてくる。
確かに、40近い王の目にとまるにはレイラは幼すぎるけど、年端もいかない少女をこんな人気の少ない寂しい場所に追いやるなんてどうかしている。
実際の所、ユリアもレイラより3つ年上なだけの小娘でしかないのだが、本人はすっかりレイラの保護者の気分だった。
「かくなる上は、少しでもこの場所を居心地よく整えるように努力いたします。早速、草取りですわ!」
勇んで腕まくりとともに外に飛び出していったユリアをレイラはポカンと見送った。
なにがどうして、そんな結論に至ったのかよく分からなかったのだ。
確か、ついさっきまで容姿に関する話をしていた気がするのだが、なぜに草取り?
「………ん?草取り?」
ふと、嫌な予感がしてレイラは慌てて窓辺に駆け寄り、そして、悲鳴を上げた。
バルコニー周辺の雑草が端から抜かれようとしていたのだ。
「待って、待って、ユリア!それ、抜いちゃダメ!それは雑草じゃなくてハーブなのよ!」
窓から叫び制止をかけると、レイラは急いで草取りに参戦すべく駆け出した。
読んでくださり、ありがとうございました。
一度やってみたかった、題名があらすじ並みに長いパターンです。
これって、あらすじまで行かなくても作品傾向がうっすらわかるから、ある意味優秀ですよね。
一応、今回は完結までお話が出来上がっているので、それほど時間がかからずエンドマークまでたどり着くのではないかと思います。
それでは、少しでも楽しんでいただければ幸いです。




