賢者とハウ王国の王女
ソイルの攻撃により砂埃が舞い、ヘスティアの姿が見えなくなった。ソイルが展開した魔法が解けると、砂埃の奥から人影が見えるとほぼ同時にヘスティアがソイルに対し短剣を振り抜いた。ソイルは防ぐことが出来たが、後方へ飛ばされてしまった。
「なるほどね。防御系じゃなく能力上昇系を発動させたのはあの攻撃を耐えて追撃するためだったんだな。」
「砂利とか小石程度ならそれで十分だしね。」
そういうとヘスティアはソイルに対する攻撃を再開した。先程よりも速く重い短剣はソイルの剣にも負けない程であり、速度で言えばヘスティアが押していた。
「(さっきよりも速いな。能力強化系も禁止しとけばよかったかな...。)」
「(これでもまだ駄目なの...ソイル、貴方は一体......)」
そして剣同士で打ち合っていた2人は、距離を取った後に一気に攻め、互いの首辺りに当たりそうになった。その時、リーフハーバーの方から聞こえた声により2人はそれぞれの剣を瞬時に止めた。
「2人とも何やってるんですか!街の人たちの間で騒ぎになってますよ。」
「ちょっと体を動かしておこうかと思ってな。」
「ごめんなさいね。少し騒ぎ過ぎたみたいね。」
ソイルは自分とヘスティアの持っている木の剣に掛かっている魔法を解くと、剣をヘスティアに渡した。ヘスティアは何かを察したようで、面倒くさそうに木の剣を燃やした。
「少しどころじゃないですよ。街の人の中にはモンスターの襲撃だと思って焦ってた人もいるんですから。」
「「すみません。」」
2人は街の方に戻ると、騒いでいた人たちに対して謝罪した。すでにシエルやゼータも白たちと合流しており、ソイルとヘスティアを待っていたようだった。
「ところで、あのカードはどうなったんだ?」
「...はぁ、まあいいです。そうですね、あのカードをこの街で道具屋を営んでいるイリスさんの弟であるアルコさんに渡して、世界樹に咲いた聖花から抽出された蜜をもらったんです。どうやら死者蘇生とかにも使えるみたいで、今は白さんが持ってますよ。」
「そんなすごいものがあったなんて知らなかったわ。」
「あぁ、俺も知らなかったな。」
アルスは街で確保してある馬車に着くまでに、青いカードや道具屋であった精霊の事などを話した。
「ヘスティアが子供みたいに謝ってるとこなんて珍しかったね。」
「確かに。いつも冷静な感じするしね。」
「...」
白とシエルが"いいものを見れた"といった様子でヘスティアの後ろで話していた。その声は本人にも届いており、ヘスティアは何とも言えない感情になった。やがて賢者たちは馬車のある場所に着くと、用意された馬車乗りハウ王国に向かっていった。
馬車に乗りハウ王国を目指していた賢者たちは、2日目の夜営の時にとある事象に巻き込まれた。賢者達が夜営をしている近くで爆発音が聞こえたのだった。
「私が行ってくる、兄さんたちはここにいて!」
「ケガ人がいるかもしれないので僕も行きます。」
シエルが真っ先に立ち上がり、音のした方へと向かった。アルスも一緒に向かうと言い、シエルについていった。
「アルスまで行っちゃった。私たちも行った方がいいんじゃないの?」
「あいつらなら大丈夫だろ。」
「2人が戻ってくる可能性をステータスと戦闘データ、周辺で出現するモンスターの種類から計算。無事に帰ってくる確率99.998%。ゼータも大丈夫だと思う。」
それを聞いた白は言われた通りに待っていることにした。助けに向かったシエルとアルスは、一台の高価そうな馬車と、それを守るように陣形を組んだ5人ほどの護衛の姿が見えた。
「(まだ無傷な方が5人、軽傷者が5人、重傷者が2人。あの2人は今すぐ治療しなきゃ!)」
「アルス、馬車と皆に防御魔法を!モンスターの方は私に任せて、傷ついた人たちの方はお願い。」
「分かりました。レータ、」
「防御魔法だよね、了解…精霊守護。」
レータは馬車の周りにいる護衛達を含め、防御壁を張った。アルスはその中に入り、重傷者をまずは治癒した。
「回復」
重傷者3人に対してそれぞれ魔法陣を展開し、回復魔法をかけた。レータもその援助に回る形で魔力を譲渡するなどして手伝っていた。
「さて、空間感知…倒されたゴブリンが5体、残りが8体ね。レータが防御壁を張ってくれてるし、ある程度強い魔法でもいいよね。」
そういうと、馬車の上で浮遊していたシエルは杖を取り出して空に掲げた。すると上空に魔法陣が出現し、シエルは杖をゴブリンの群れの方に振り向けて魔法を放った。
「エアレイド」
上空に浮かぶ魔法陣から無数の風の刃がゴブリンたちを襲った。ゴブリンたちは突如現れた防御壁に対して攻撃をしていたため退避することが出来ず、風の刃に切り裂かれていった。降り注いでいた風の刃が収まる頃には、ゴブリンが身に着けていた道具や素材だけが落ちていた。
「こんなところで上級魔法なんて危ないじゃないですか。…もしかして防御壁を張らせたのって……」
「うん、私が魔法で蹴散らしたかったからだよ。」
「シエルさん、なんか最近白さんみたいになってません?」
やり切ったという表情をしているシエルに対してアルスが突っ込みを入れた。レータが防御魔法を解き、アルスがシエルに対して白のような雰囲気を感じていた。
「君たち本当に助かったよ。馬車とこの方が無事で、本当に良かった。」
「そんな大事な方なんですか?」
シエルが護衛の兵士と話していると、馬車の中から1人の少女が出てきた。金髪のツインテールに碧眼、肩出しの青白いドレスを身にまとったその少女はシエルとアルスの元へやってくると、頭を下げてお礼をした。
「助けていただいてありがとうございます。私はハウ王国の王女、リゼ・ジーフォンと言います。お二方が来てくださったこと、感謝いたします。」
「僕はアルス、こちらはシエルさんです。それで、お怪我はありませんか?どこか痛むところとは…」
「特にありません。心配してくださりありがとうございます。」
馬車から降りてきた少女はハウ王国の王女を名乗った。アルスは自分とシエルの紹介をすると、リゼの心配をした。心配されたことが嬉しかったのかリゼは笑顔で返すと、アルスたちはひとまず安心した。
「シエル様でしたよね。先程の魔法、カッコよかったです。私もいずれシエル様のような魔法使いになりたいので、空いている時はご教授していただけませんか?」
「褒めてくださるのは嬉しい…」
「ちょっと待ってください、私と話すときは楽にしていただいて構いませんよ。私の話し方はクセですので、気にしないでもらえれば。」
「分かった。その、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、まだ用事の途中だからそんなにゆっくりしていられないんだよね。」
「そうですか…」
シエルの魔法を馬車の中から見ていたようで、憧れの目でシエルに教えを乞王としていたが、シエルは申し訳なさそうにそれを断った。
「リゼさん、一旦護衛の方々と共に僕たちの仲間が夜営している所で休んでいきませんか?このまま進むのは危険ですし。」
「いいんですか!?じゃあそうさせてもらいましょう。皆さん聞きましたか?今日はこの方たちのもとで休ませていただきましょう。」
アルスはここにいるのは危険だと判断し、白たちの元へ案内することにした。リゼは兵士たちに声を掛けると、兵士たちもそれに同意した。
「リゼ王女、馬車にご乗車ください。」
「嫌です。馬車にいるよりもこの方たちの横の方が安全ですもの。」
「それはそうかもしれませんが…」
リゼは兵士たちに馬車に乗って移動するように言われたがそれを断り、アルスの腕を組んで白たちの元へと歩き始めた。白たちが夜営をしている所に着くと、リゼは再び丁寧にあいさつをした。
「初めまして。先程アルス様とシエル様に助けていただいたリゼ・ジーフォンと言います。」
「凄い丁寧な子だね。それにドレスを着てるってことは、どこかの国の王女様とか?」
リゼの丁寧な所作と綺麗な服装、近くにいる兵士と高価そうな馬車を見て、白はリゼが王女ではないかという予想を話した。
「すごいです!よく分かりましたね。私はハウ王国の王女です。ですが話し方などは変えず、いつも通りにしていてください。」
「本当に王女様だったんだ~。」
白のその発言にリゼは驚いた様子で返すと、当たっていたことに驚きつつもリゼの見た目が自分の好みの範囲内でもあったため、近づきたい気持ちと王女であることからあまり近づくのはよくないかもしれないという気持ちで揺れていた。しかし、それを察したかのようにヘスティアがあいさつをすると、白は他のメンバーのことも紹介し始めた。
「リゼさんね、私はヘスティアよ、よろしく。」
「私は白だよ。それでそこのロリコンがソイルで、その横にいるのがゼータ…」
「ロリコンじゃねーよ、適当な紹介すんな。」
「そんな変わらんでしょ。んでこの子がエリス。…エリス?なんで機嫌悪そうなの?」
「別にどこも悪くないよ。リゼさん、よろしく。」
エリスはアルスと腕を組んでいるリゼの様子が気になるようで、不機嫌そうに挨拶をした。リゼはその様子に気付いており、何か気に障ることをしたのではないかと思ったが、今は何も分からなかった。
「皆さん、よろしくお願いします。ですが、本当によろしかったのですか?」
「全然大丈夫!むしろかわいいお姫様がいるって、色々とやる気が出るからね。」
「黙ってろよ変態リーダー。」
「ソイルにだけは言われたくないな~。」
「…はぁ、もういいや。」
リゼがあいさつをした後、白とソイルが何やら言い合っていたが、誰も気にしなかった。アルスはリゼに座る様に言って座ると、リゼはアルスの横に座った。
「そういえばなんでリゼさんがこんなところにいるんですか?」
「急用でリーフハーバーから急いで戻ってきてたのです。」
「モンスターの出現が多いルートを通ってまでの急ぎのようだったんですね。ここで泊めたのは迷惑でしたよね?」
「いえ、あのままでは無事に帰ることはできなかったでしょうから、それに…多分ですがすぐに何か起こるということはないと思うので。」
アルスとリゼが話していると、向かいに座っていた白はなぜ急がなければいけなかったのか気になり、ダメ元でその用事のことを聞いてみることにした。
「無理だったらいいんだけど、何があったか話してくれる?」
「いえ、助けていただいた方々に尋ねられて、何も話さない訳にはいきませんから。」
そう言ってリゼは白たちに急いでいた理由を話した。