クローバーとハートのお手伝いロボ
太平洋戦争での旧日本海軍の戦艦の中に、唯一の外国製戦艦がありました。
古い船体ながら最速の航行能力を誇り、厳しい訓練によって主砲の命中率も高かったのです。
……という戦艦のプラモデルを、あたし達が作ろうとした時のことでした。
ひだまりのねこ様主催『つれないメイド企画』参加作品です。
「……逝ってしまうか、金剛に乗るか~どうせ行く先おなじとこ~」
それは、あたしとヒロシが戦艦のプラモデルを組もうとしている時であった。
ちなみに旧日本海軍の戦艦で、三百五十分の一モデルだ。
ピンポーン。
玄関の方からチャイムの音が聞こえたんだ。
「あれ? 誰だろう? 榊原、ちょっと待ってて」
そう言って、ヒロシは立ち上がって玄関に向かった。
あたしはプラモデルの説明書に目を落とす。
かなり細部まで再現されているので、組むのに時間がかかりそうだ。
しかもデカい。
「え? そうでしたっけ? 聞いてませんでしたけど。ええ? そうなんですか?」
玄関でヒロシが驚いたような声を出している。
あたしも玄関の方に行ってみた。
すると、メイド服を来た女性が玄関に立っていた。旅行用キャリーカートを持っている。
変な勧誘じゃないでしょうね?
「わたくし、メイド型ロボット試作型616号ですの。まほろばコーポーレーションから参りましたの。佐田浩史様は、申し込まれていた『メイド型ロボット体験モニター』の抽選に当選なさいましたの」
そう言って女性は1枚のハガキを出した。
クローバーとハートのマークがついている。
なんか見覚えがあるような……。あ、もしかして。
「なぁ、榊原。これって俺の懸賞ハガキで榊原が書いたやつだよな」
「あ、やっぱり? 三等賞の和牛セットが欲しかったんだけど、まさか一等が当たるとは思わなかったよ」
まほろばコーポレーシュンは家電製品から自動車まで、いろいろな商品を販売している。
クローバーとハートは、まほろばコーポレーシュンの企業ロゴのマークだ。
女性のキャリーカートにも同じマークがついている。
ヒロシが色々なものを買ってポイントが貯まっていて、懸賞の応募ハガキをもらえたのだ。
ヒロシ自身は興味がなさそうだったけど、景品の中においしそうな和牛があった。
で、あたしがハガキを書いてヒロシの名で応募したのだ。
この女性は人間じゃなくて、ロボットらしい。
すごいね。言われなければ人間と見分けがつかないよ。
「ご希望がありましたら、一週間、わたくしは佐田様のお宅で家事手伝いをさせていただくことができますの。もちろん、ご不要でしたらキャンセルもできますの」
「家事手伝いといってもなぁ……、今は特に困ってないんだけど」
そりゃ、あたしがいつも掃除や料理を手伝ってるからねっ。
「ヒロシ。せっかくだから頼んでみたら? 本当に不要だったら、一週間たたなくても途中でキャンセルもできるんでしょ?」
「もちろんでございますの」
「そっか、立ち話もなんだし、上がってくれ」
「おじゃまいたしますの」
部屋に入って、彼女の機能やサービス内容の説明を受けた。
「それじゃあ、あらためてよろしく。知っているだろうけど、俺は佐田浩史」
「あたしは友達の榊原茉莉だよ。よろしくね」
でも、このメイドさんは名前がまだないらしい。
「個体名は購入されたご主人様につけていただくことができますの。お決まりでない場合は、当面は616号とお呼びくださればいいですの」
「それじゃあ、あんたのことは『ライム』って呼ぶわ」
「おいおい、榊原。616でライム? 強引っていうか安直っていうか……」
「違うわよ。この子の取扱説明書に『Robotic-AI-Maid-Servant』って書いているの。だからライム」
「そうか、なるほど。じゃあライムにしよう」
「了解しましたの。今後はライムとお呼びください。お掃除にお料理、お留守番にお買い物、なんでもお申し付けてほしいですの」
「さっき榊原が掃除したばかりだしなぁ……。今は頼むことがないかもなぁ」
ヒロシが言うと、ライムちゃんは無表情で「チッ……」と舌打ちした? 気のせいだよね。
(作画・ひだまりのねこ様)
ライムちゃんは室内を見回し、エアコンを示した。
「浩史様、あちらのエアコンを見させていただいてよろしいでしょうか」
「いいよ。最近は使ってないけどね」
ライムちゃんは自前のキャリーカートから、折り畳み式の踏み台とハンディ掃除機を取り出した。
エアコンの下で踏み台を展開して、掃除機のノズルをブラシに交換した。
そして踏み台に乗って、エアコンのフタを外して、中の掃除を始めた。
なるほどねぇ……さすがにあたしもエアコンの掃除はしてなかったよ。
一通り掃除を終えて、ライムちゃんは踏み台から降りた。
「浩史様、外枠とフィルターを掃除しましたの。見たところ、エアコンの内部にもまだ汚れがたまっていますの。わたくしでは対応できないので、エアコンを使う季節の前に業者に依頼することをお奨めしますの」
「ああ、わかったよ。助かったよ、ライム」
「恐れ入りますですの」
ライムは無表情のまま頭を下げる。
その時、ライムは本棚に目をやった。浩史が使う大学の教科書が並んでいる。
あたしにはよくわかんないけど『電子機械工学』とか『材料力学』とか書いてある。
「浩史様。もしかして、浩史様はロボット工学を学ばれていますの? すごいですの」
「いや? 俺はロボットの講義はとってないよ。自動車の開発に進むつもりだから」
「そうでしたか。残念ですの。……チッ」
今、また舌打ちが聞こえたような……。気のせいだよね。
あ、そうだ。今夜は晩御飯も作ってあげよう。
「ヒロシ。それじゃあ、あたしとライムちゃんで買い物に行ってくるよ。晩御飯はライムちゃんと作るから」
「そう? じゃあ、頼むよ。榊原。お代はこれを使ってくれ」
サイフごとを渡された。信用してくれるのはいいけど、不用心だなあ。
まあ、いいか。
そこでヒロシが少し首をかしげて、ライムちゃんを見た。
「ところでライム。今夜は何時ごろまでいられるんだ? 夕食の用意まですれば遅くなるだろう」
「差し支えなければ、住み込みでお願いしますの。わたくしは電源コンセントだけお借りできれば、食事も水も必要ないですの」
「……え? それはちょっとマズくない?」
ヒロシはアタフタしだした。
まぁロボットと言っても、若い娘がいきなり泊まるのは抵抗があるみたいだね。
あたしも泊まらせてもらおうかな……。あ、今夜は用事があるからダメだったんだ。
「話し相手にもなるし、いいんじゃない。ヒロシ。ライムちゃんのお家がどこかは知らないけど、通勤する時間がもったいないよ」
「そうかな? じゃあ、俺は奥の部屋を少し片付けておくよ。さすがに同じ部屋で寝るのは心臓に悪い」
「浩史様。片付けならわたくしも手伝いますの」
「いいのいいの。二人が買い物している間はヒマになるからね。二人で行ってきな」
「うん。それじゃあ、行こうか。ライムちゃん」
「かしこまりましたの。茉莉様。それでは浩史様、いってまいりますの」
「いってらっしゃーい」
* * * * * *
「買ってくるぞと……」
あたしは事前に用意したメモを見ながら商店街に向かう。
「野菜と玉子は八百屋さん、鶏肉はお肉屋さんで、足りない調味料は雑貨屋さん。商店街でこの時間に安く買える店を周っていこう」
「茉莉様。少し先のスーパーまで行けば、同じ価格帯で1つのお店ですべて揃うのでは?」
「それもそうなんだけどね。町で暮らすには人付き合いってものもあるのよ。ライムちゃんも覚えときなさい」
「かしこまりました」
「あと、ライムちゃん。お店の人にライムちゃんのことをきかれたら、人間の友達みたいに紹介するから。合わせてね」
「ロボットと名乗った方が、わたくしたちメイド型ロボットの宣伝になりますの」
「だめだめ。ぜったい、ややこしくなるから。ずっとヒロシのところにいるなら別だけど、ここは人間のフリをしてて」
「かしこまりました。……チッ」
なんか舌打ちみたいな音がしたような気が……。
商店街につくと、馴染みの店員さんに声をかけられる。
ライムちゃんのことも聞かれたけど、友達ということにしておいた。
買い物を済ませて、ヒロシのうちに戻る。
「ただいまー。いろいろ買ってきたよー」
「おかえりー。二人とも、買い物おつかれさん」
「お邪魔しますの」
ライムちゃんはペコリと頭を下げて靴を脱ごうとした。
「ちょっと待って、ライムちゃん。一週間ここに住むんだから、ここがライムちゃんの家なの。『ただいま』って言おうよ」
「そうだな。ライム。期間中はここを自分の家と思っていいからね」
「……ただいま戻りましたの。浩史様」
「ん、おかえりなさい」
ライムちゃんは買い物袋を2つ持って、台所に向かう。あたしも袋を1つ持って続く。
と、ライムちゃんは足をとめた。
台所の入り口にダンボール箱が置いてある。ヒロシが奥の部屋から出したのかな。
これでは台所に入れない。
「すみませんの。浩史様。こちらをおどかし頂けませんか?」
「え? まぁ、いいけどね」
なぜかヒロシはそーっとライムちゃんの後ろにまわり、いきなり「わっ!」と言って両手でその背中を押した。
「きゃっ」
ライムは少し飛び上がり、買い物袋を取り落とした。
「ヒロシ! 女の子になんてことすんのよっ」
「え? 今、おどかせって」
「驚かせるんじゃなくて、その箱をどかせって言ったの!」
「だ、だいじょうぶですの。すこしびっくりしただけですの」
「ごめんごめん」
あわてて箱を持っていくヒロシを見て、あたしはため息をついた。
タマゴの袋はあたしが持っててよかったよ。
その後、ライムちゃんと二人で晩御飯を作った。
ライムちゃんはタマゴを割るのも上手だった。
オムライスを作ったんだけど、ふわふわ玉子も上手に作って、チキンライスをうまく巻いていた。
「わぁ……すごいね。ライムちゃん。榊原も料理が得意だけど、同じぐらいのことができるのかな」
「たぶん、あたしより料理がうまそうだよ。レパートリーもたくさんあるみたいだし」
「恐れ入りますですの」
ライムちゃんは食事はとらなかったけど、会話に参加して楽しい食事となった。
その後は三人で協力してプラモデルを組み立てた。
ライムちゃんはプラモデルを触るのは初めてだそうで「とても楽しいですのー」と言ってた。
あいかわらず無表情だったけどね。ロボットだからしかたないか。
懸賞ハガキに載ってたロボットの写真では、もうちょっと表情があった気もするけど実際はこんなものかな。
戦艦のプラモデルが半分くらいできたところで、あたしはいったん帰ることにした。
続きはみんなでやると約束しておいた。勝手に完成させないでね。
あたしは遅くならないうちに、ふたりに別れをつげて自宅に戻った。
* * * * * *
「お正月の朝早く~……。三艘の艦がやってきた~」
そして次の日、あたしはまたヒロシの部屋に遊びにきた。
ヒロシがライムちゃんに変なことはしていないだろう。それは安心できる。
そんな甲斐性があるなら、あたしとの仲ももう少し進展してるはずだ。
「え? ライムちゃん、いないの?」
「そうなんだよ。朝、電話がかかってきて、近所のまほろばコーポーレーションの事務所に出かけてるんだ」
ライムちゃんは会社から呼び出しをうけたらしい。
今回の試用のメイド型ロボットの一部で不具合が見つかったようだ。
表情を動かすプログラムに問題があり、ただしく顔を動かせずに無表情に近くなるらしい。
その影響で、時々舌打ちのような音がでるとか。
「それって……ほんとうに大丈夫なの? ヒロシ。ライムちゃん、修理できなくてスクラップにされたりしないよね」
「ないない。まぁ俺も心配になったから、そのへんも聞いてみたんだよ。この近くの事務所ですぐに対応できるって」
本当に戻ってくるのかなぁ……。いや、本体は無事だとしても、データが初期化されて昨日の記憶が無くなってたらやだよ。
その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。
あたしとヒロシが玄関に行くと、ライムちゃんが戻ってきていた。
「ライムちゃん、大丈夫だった? ちゃんと戻ってこられるのか心配したよー」
「問題ありませんの。プロラムの修正はすぐにすみましたの。それでは、またお邪魔いたしますの」
「ちがうよ。ライムちゃん、教えたでしょ。家に帰ってきたときの挨拶」
「……ただいま戻りましたの。浩史様。茉莉様」
「「おかえりっ!」」
あたし達の前で、ライムちゃんは初めて見せる表情になった。
(作画・ひだまりのねこ様)
メイド型ロボットの登場するフィクション作品はいろいろありますが、私には古典ギャルゲー『To Heart』のメイドロボが印象深いです。
登場人物名は『To Heart』を参考にしています。
佐田 浩史→藤田浩之&佐藤雅史
榊原 茉莉→神岸あかり&マルチ
『To Heart』の提供元がリーフなので、タイトルは「葉っぱとハート」という感じです。
ライムは、かつて私のWebサイトに置いていたチャットルームのマスコットキャラがモデルです。
こちらは『React AI Mascot』の略という設定でした。
『ゆいぼっと』という『人工無能』に対応したCGIチャットシステムを使っていました。
『人工無能』とは、登録したキーワードに言葉を返して簡単な受け答えをする、人工知能モドキのものです。