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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第八章 散りてなお美しき
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第三話/ 議会は紛糾する



 翌日、宰相セレフツィ公爵はまんじりともせず夜明けを迎えた。為政者とすれば、心を鬼にしてラウラの提案を受け入れるのが正解なのだろう。しかし、今まで彼女には何度も国の窮地を救ってもらってきた。そんなかけがえのない人材を、例え国家の存亡がかかっているとは言え、使い捨てになどできようはずがない。



 何度も考えたが出口が見つからず、宰相は議会で皆に判断を求めた。ラウラの案を述べた時は、誰もが質の悪い冗談であろうと思ったが、話が進むにつれ次第に野次を飛ばさなくなった。何故ならそれは非の打ちどころがなく、あまりにも悲惨な計画であったからだ。






 ラウラの計画は、シュクリ砦に全兵力を派遣し、アレステア国の侵攻を徹底的に食い止めるという所から始まる。そうなれば宰相がラウラに説明した通り、王都をはじめ国内の治安に割く兵力が少なくなるが、暴動を抑え込む手段として、ラウラは二つの策を練っていた。そのひとつが国債の発行である。



「民の不満の根底にあるものは、重税と王家の散財だ。とは言え、王室の金庫から金をかき集めて国民に還付したとて、一人頭で銀貨一枚にもならぬ。それでは焼け石に水なのだ」


「なるほど、それより自分たちが働いて景気が上がれば、そのぶん利息が増える債券をもらう方が国民にも国家にも利益がありますな」


「百姓なら土地をもらうっていう手もあるんだろ? そんな紙切れより、畑を広げた方が儲けになる奴らも多いはずだ」


「もちろんだ。貴族の領地を再分割する際、農地の配布という選択肢も用意されている。要するに、自分たちが働けば正当に金が儲かる仕組みを作るということだ」



 すでに新政府への移行は決定事項だったので、会議は民主派の代表と共に進められている。キリールたちの代表団からは、農業をはじめとする生産業、商工業視点の意見が述べられた。貴族院側は、院内投票で選抜された新政府閣僚候補が出席していたが、この数日間の合同会議の中で、いかに自分たちの考えが支配階級の偏見に満ちていたかを痛感させられていた。




「もうひとつの策だが、……こちらがより深刻な問題だ」



 その場が急速に冷え込んだ。国王逝去の報せを出すにあたり、国民の反発をいかに抑えられるかという問題である。民主化に当たってはそもそも、王室の廃止および新政府の樹立、王族や貴族の処分という流れで、粛々と進行するはずだった。


 国王に関しても、なるべく穏便な処罰で済ませようとしていたのだが、当の本人が怯えて自決してしまった。病死と偽って発表する手もあるが、どちらにしても国民を苦しませた張本人が、責任も取らずに死んでしまった事実は変わらない。人々の激しい怒りは免れないであろうし、過激派が黙っているはずもない。



「しかし、それだからと言って、ハルシュカ子爵令嬢の処刑を行うというのは、おかしな話ではありませんかな。彼女が一体、どんな悪事を働いたというのです。王族でさえないのですぞ」



 静かだが、激高を内に秘めた声で、カラバフ公爵が発言した。しかし、それを受けて民主派の一人が声を荒げた。



「ハッ、子どもを吊るし首にしたじゃないか! 国王を誑かして、悪趣味な馬車や宝石を買わせたんだろう? 悪人も悪人、火あぶりが相応しい魔女だろうが!」



 その言葉尻に、氷のような声が重なった。先ほどから沈黙を貫いていたセミル・ブライガである。



「貴君がいま言ったことは、全く事実と異なる」



 短い発言ではあったが、その場にいた人間の背筋がひやりとするほどの怒気に満ちていた。普段穏やかなセミルが、これほどの怒りを表すところを、父親であるカラバフ公爵でさえも目にするのは初めてであった。



「私からも、ハルシュカ子爵令嬢の名誉のために、事実ではないと申し上げる。しかし、国民の多くが彼のような間違った情報を鵜呑みにして、彼女を憎んでいるのも否めない現状である」



 宰相の声は苦しげであった。要するに、その流言飛語を「逆手に取る」というのがラウラの案である。嫌われ者の公妾が、国民からの恨みを一身に受けて処刑されれば、不満は新政権への信頼へ転じるだろう。その隙に敵を駆逐し、政治の基盤を固めてしまおうというものだ。


 さらには、最も警戒せねばならない過激派から、暴動を起こす理由を奪える。民主各派閥が協力して市中の警備をすれば、略奪目的の暴徒を鎮圧することもできるだろう。聞けば聞くほど妙案である。ただひとつ、ラウラに罪がない事を除いては。



「いや……、利があることは理解できるのですが、ご自身が処刑されるのですぞ? ハルシュカ子爵令嬢は、気が確かでいらっしゃるのですか」



 議員のひとりが、信じられないという面持ちで宰相に問う。そう思うのが当然である。同じ事を、宰相もキリールもラウラに尋ねた。すると赤い髪の麗人は、微笑んでこう答えたのだ。



「無血で解決することが、理想ではあります。しかし、もはやその段ではございません。シュクリ砦を落とされれば、千万の民が飢えましょう。王都の暴動が続けば、弱き者たちが命を奪われましょう。そして再び平穏を取り戻す日が来るとは限らないのです」


「しかし、なぜ貴女が! 何の咎もないのに!」


「戦地へ赴く兵たちも、そうでございましょう。彼らの死は栄誉と称えられます。それと同じではありませんか? この国難を乗り切るために、私一人の命で済むなら、安いものではございませんか」



 その衝撃は、いまだにキリールの心に重く沈殿している。宰相も然りであった。



「ラウラ様は、大局を見ておられるのだ。我々が及びもつかないほど、愛国心をお持ちなのだよ。本来であれば、国王がその責を負うべきであった。……そして、国王の暴挙を看過していた我々為政者もだ!」



 宰相の声が議会に響き、もう誰も何が正しくて狂っているのかわからなかった。ただ一つ言えることは、こうしている間にも敵の軍靴は忍び寄り、罪のない市民が次々と襲撃されているということだ。議員と民主派代表は、再び黙り込んでしまったが、もはや打つ手はひとつと腹を括る顔になっていた。



 ただひとり、セミル・ブライガは蒼白な面持ちで、射貫くように宰相を見据えていた。ラウラが自ら考えた計画だとしても、それを口に出させたことが許せなかった。それはすなわち、自分の罪である。


 セミルはラウラを崇拝し、彼女の目指す理想ともに歩んできた。いつか身分差を乗り越え、共に年月を重ねていくことを夢見ていた。国王の無体な要求にラウラを差し出す屈辱も味わったが、公爵家に生まれ、国に尽くすことこそ使命であると教育されたが故に耐えたのだ。


 しかし王政が崩壊した今、我が身を呪縛する枷はない。もちろん国の豊かな未来を願う心には一点の曇りもないが、その未来にラウラがいなければ、セミルにとっては生きていないのと同じ事である。それに気づいた瞬間、セミルは次に自分が何をせねばならないかを悟った。




 会議は重苦しい空気のままに解散した。明日また話し合いが持たれるが、そこで新しい案が出ないようであれば、ラウラの提案が採決される。みんな八方塞がりなのはわかっていた。おそらく、一人が賛成すれば全員がそれに倣うだろう。どの案を採択しても人は死ぬ。そうであれば、せめて明日につながる死に縋りたいのが人情であった。






 最も精神的に苦痛の大きな役目を担ったのは、キリールだった。採決を前に、過激派の代表と話し合いを持ち、処刑を行った場合には協力体制を約束できるか。それを打診するようラウラに頼まれたのだ。



「彼らに何を言われても、どうぞ私をかばい立てなさらないでください。敵を欺くためには、私を憎いと思わせたままの方が、都合が良いのです」



 キリールは、何とも返事のしようがなかった。目の前の女性は死ぬことが恐ろしくはないのだろうか。それとも宰相が言ったように、大局を見据えた人間は視野が凡人とは異なるのだろうか。民主化が叶って嬉しいはずなのに、キリールは何とも形容しがたい違和感が胸の内で膨らんでいくのを感じていた。






「ほう、あの薄汚い公妾を処刑するのか。いいだろう、派手に血祭りにしてやろうぜ」



 過激派の頭領であるジャンゴは、乱杭歯をむき出して下卑た笑いを浮かべた。キリールはこの男が苦手だった。もとは同じ派閥の仲間だったが、「やり方が甘い」と袂を別ち、正義の名のもとに王宮に火を放ったり、時には貴族の屋敷から女中を攫って狼藉を働いたりしている。


 今思えば、教会が後ろ盾についているという驕りもあったのだろう。自分たちが行う無法は天誅であるという、歪んだ大義名分がキリールには相容れなかった。放っておくと何をするかわからないので、一応釘をさしておく。



「まだ決定したわけじゃねえ。あくまでも打診だってことを忘れんな」


「もう、他に打つ手はないんだろ? 祝杯を用意して待ってるぜ。せいぜいあの女の首がすっぱり斬れるように、刃物を研いでおくんだな」



 そう言ってジャンゴはにやりと笑ったが、その言葉にキリールは背筋がぞくりとした。キリールを部屋の戸口で見送ったラウラから、偶然にも同じことを言われていたのだ。



「キリール様は鍛冶屋でいらっしゃいましたわね。せめて一思いに逝けるよう、剣の刃を研いでおいてくださいませ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ますます目が離せない。更新通知を見た瞬間に読んでます。 [一言] ラウラの生き方に胸がいっぱいになります。どんな結末でもついていますよ!
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