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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第八章 散りてなお美しき
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第一話/ もはや、これまで



「7人会議」は、三日間を通して早朝から深夜まで、ほぼ不眠不休で行われた。貴族院にも民主派にも知らせぬ極秘裏の会合であるため、彼らには時間と機会が限られていた。


 貴族院側の参加者は、時の宰相であるセレフツィ公爵、民主派との橋渡し役であるセミル・ブライガ、そしてシーレ侯爵である。


 シーレ侯爵は、王都に次ぐ規模を誇る商業都市、モナンを有するシーレ領の主であり、上院の中でも権力を持つ顧問会の一員である。養護院や救済院に理解があり、法律に明るい事から、今回の会談に選抜された。



 民主派からは、キリールを代表とする4人が参加した。いずれも王都で活動する民主化グループの頭領である。字をまともに読める人間がいなかったので、彼らとは直接会って話をするしかない。なるべく短い時間に多くの情報を共有しようと、王都郊外の家を借り切っての会議が決行された。




 話し合いは最初のうちこそ甲論乙駁で収拾がつかなかったが、次第に落としどころがおぼろげに見えてきた。両陣営とも、この国を良くしようという気持ちは同じである。さらには、下院議員のうち何人かが民主派の内通者であったことから、貴族院の中には健全な考えを持つ議員が少なくない事を、予め民主派も理解していた。




「やはり、内通者がおったか」



 宰相が深いため息をついた。薄々はわかっていたことである。血気盛んな若い議員の中には、貴族であっても因循姑息な王室に批判的な者は多い。



「言っておくが、王宮に火を放った連中と我々は無関係だ。あいつらには、俺も頭を痛めている」



 キリールが吐き捨てるように言った。ここに参加している面々は、教養もなく言葉も荒いが、滅私の精神で世に尽くそうという高邁な愛国心が見て取れた。



「民主派が一枚岩ではないのであれば、こうして貴族院と話し合いを持つのは、危険な綱渡りだろう。貴君も身辺に気をつけ給え」


「王都はもう、どこに行って何をしても危険だよ。国王を引きずり出すまでは、収まりがつかないのは、あんた方もわかってるんだろう?」






 秘密の会合は計4回行われ、最終的に王室の廃止はやむなしという結論を得た。既に民主の思想は国の隅々まで浸透し、農民もいざとなれば鍬を手にして立ち上がる覚悟だ。そうなればいかに王軍が出動したところで、数の論理による勝敗は目に見えている。


 国力を落とさず円滑に民主制に移行するために、まずは会議の代表者たちがそれぞれ貴族院と民主派に王政廃止および政権移行の旨を伝達し、新政府発足の詔を国民に発布する。行政の仕組みは数年の猶予を設定して、民主代表と貴族院選抜議員で協同維持するが、その後は投票による議員選出を行い完全な民主国家となる。



 問題は、どう王政を廃するかである。国民は散々好き勝手をしてきたローレスカヤの処刑を望んでいる。しかし貴族側としては、幽閉や流刑で収めたいところであったし、キリールたちの派閥も野蛮な歴史で民主国家の礎を汚したくなかった。


 しかし過激な思想の民主派は、それでは納得しないだろう。王宮に火を放ったのが、それらの派閥である。一般市民も頭に血が上っているため、追従する者が少なくない。その連中に対し、どう落としどころを探るかが、最も難しい交渉だと思われた。



 さらには、王室廃止にともなう貴族籍の廃止および領地の国有化、重税を強いていた貴族への処罰、新しいバクリアニ法の制定など、考えねばならないことは山積みなのだが、事もあろうに国王が大事件を起こしてしまった。何と身を潜めていた隠れ家から、逃亡を図ったのである。


 7人会議で決定した事項を貴族院へ周知するに当たり、形だけでも国王に対する裁判が必要となる。それに向けて王宮へ連れ戻す手配をしていたのだが、どこからか我が身の処遇を嗅ぎつけたと思われる。




「見張りはどうしていたのだ!」



 宰相の叱責が執務室に響いた。国王の側近二人もいなくなっていることから、彼らが手引したことは容易に推測できる。ローレスカヤはとある貴族の別荘に隠れていたが、図書室で調べ物をする振りをして、窓から庭伝いに逃げたという。



「裏木戸にも門番がいたはずだ。なぜ通した!」


「実は、陛下は女性の格好をしておられたそうで……」



 なんと、国王はかつらをかぶりドレスを着て、使用人のふりをして出ていったらしい。背が低くでっぷりと肉がついた姿であるため、髭さえ落とせば中年女性に見えなくもない。宰相は呆気にとられて天を仰いだ。



「しかも、王妃を残して行かれました。それも、発見が遅れた一因です」



 宰相セレフツィ公爵は、机を蹴り飛ばしたい気分であった。小人物だとは常々思っていたが、妻を遺棄して自分だけが助かろうなど、生きる値打ちがあろうはずもない。口には出さぬが、宰相は胸のうちで処刑は妥当であると確信した。この不始末を含め、彼が国と民を踏みつけてきた責任を取ることは、君主として当然至極の事だと言えよう。



 無論、そう考えるのは宰相だけではない。国王が逃亡したことが、もしも世間の知るところとなれば、国民の反感は業火のごとく燃え上がるはずだ。すでに王都は、暴徒が跋扈する無法地帯となりかけている。理性的な民主派グループも、過激派の暴挙に巻き込まれ、もう一刻の猶予もないのだ。



 早急に国王の身柄を確保した上で、新政権の樹立を発表せねばならない。宰相は国境を中心に騎士団や兵士を派遣して、虱潰しに国王の行方を探した。そしてその結果、事態は最悪の筋書きへと転んだ。


 案の定、国境を越えようとしたローレスカヤは、警備をしていた騎士に拘束された。そこで皆がほっと胸をなで下ろしたのも束の間、なんと王都へ護送される馬車の中で、毒を煽って自決してしまったのだ。懐に忍ばせた手巾には「もはや、これまで」と走り書きがしてあったらしい。






「何という事だろう。どうせ死ぬなら、君主としての責任を取る形で死ねば良いものを」



 ブライガ家の書斎で、カラバフ公爵と息子たちは消沈していた。



「そんな意気地があるなら、そもそも逃亡しないでしょう」


「それよりカラバフ領のことを考えねばなりません。国に召し上げられるなら、農園や事業はどうなるのでしょう」



 長男と次男は領地の経営に携わっているため、資産の行方が気になるらしい。そこへ政治家として父の跡を継いだ、四男のセミルが入ってきた。



「急ぎ、貴族院へ」



 カラバフ公爵は弾かれたように立ち上がった。懸念していたことが起こってしまったらしい。夜の王都を全速力で飛ばす馬車の中で、セミルが緊急会議の議題を告げた。



「アレステア国が開戦を布告してきました」



 最悪の上の最悪とは、まさにこの事である。民主化運動で王都の治安が乱れていることは、遅かれ早かれ間諜を通じて敵国に伝わるとは予測していた。そこを狙って攻めて来られないように、早急な新政府の始動を進めていたのだ。それが国王の自害のせいで、水泡に帰した。



「王都がこの状態では、シュクリ砦に派遣する兵の数が整わぬ」


「しかしシュクリ砦を攻め落とされては、我が国の骨幹が揺るぎます」



 なぜアレステア国が執拗にシュクリ砦を攻めるのか。単なる領土拡大が目的ではない。砦の南東にはバクリアニ王国最大の鉄鉱山があり、国の財政を長年にわたって支えている。平地に富むが鉱山に乏しいアレステア国は、喉から手が出るほどにその地域が欲しいのだ。そのため、常に攻防が続く緊迫地帯となっていた。



 派兵、新政府、国王逝去、様々な問題をいかにして同時に解決していくか、議会は朝になっても紛糾し続けた。やがて短い休憩を挟んで議会を再開する間際、宰相であるセレフツィ公爵がセミルに耳打ちした。



「ラウラ様が、こちらへ向かっている」



 政治家としては情けない限りであるが、あまりに大きな問題が一時に押し寄せ、冷静な判断ができるとは思えなかった。考えを整理して来るべき荒波を乗り越えるためにも、女神のご神託に一か八かで縋りたかったのだ。セミルは一瞬だけ目を見開いたものの、深くため息をつき「仕方がありません」とだけ言葉を漏らした。




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― 新着の感想 ―
[一言] 国王の処刑というガス抜きイベントが出来なかったことから民衆の合意を得られず国が荒れる…… なら大切な人達を守るために、悪女を処刑しろ、なんて本人が言い出しませんよね??? それは流石に不憫す…
[一言] なんとかラウラには幸せになって欲しい…!
[一言] 国王まさかのナレ死!(冗談) 目が離せません。 公妾という成り上がり頂点の立場が今や風前の灯火に……。 どうなっちゃうんでしょうか。 気になります。
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