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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第七章 断末魔の叫び
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第五話/ 転ばぬ先の杖



 ラウラは数日遅れの新聞をたたむと、ため息をついた。薔薇宮が放火で焼け落ちて以来、ラウラは安全のため本宮の一角にある部屋に住まわされている。


 ここの暮らしは、住空間が手狭になっただけでなく、精神的にも非常に窮屈だった。反乱分子を警戒して、外出や外部との接触は禁止。家族の面会にも許可証がいる有様だ。



 しかし、何が起こっているか知らずに済ませられるラウラではなかった。シャオ家やロットレング領など、彼女が守らねばならない人間たちがいる。そのためリーザとドロテに頼んで、王宮内で読み捨てられる新聞の類を、片っぱしから集めてもらっていた。



「みんな口をそろえてご心配なく、って言うけど、新聞の論調はそうではないわね」


「貴族の女性は、世情には無関心だと思われているのでしょうね。でも、街の雰囲気はざわついていますよ。下町にまた辻説法の坊さんが立ち始めましたし、あちこちで集会も開かれているみたいです」



 たまにラウラの使いで街へ出るリーザたちの表情は暗い。教会が火付け役になった王室排斥の流れは、もはやバクリアニ王国全土に広まっている。先日も国内一の商業都市、モナンにある王家の離宮が襲撃された。モナンには国内最大の港があり、王家の御座船も停泊している。あの地を制圧されてしまえば、王立軍は身動きがしづらくなるだろう。




 このような昨今の世情を鑑み、ラウラが出した答えは「最悪の事態を想定するべし」であった。もしも民主化が成るとすれば、貴族への弾圧や領地の剥奪が予測される。そうなれば最初の10年ほどは、息を潜めて生きるのが賢い。ラウラは生き残りの道を模索した。






 ラウラが真っ先に着手したのは、大切な人々の保護である。中でも、最も難しいのがシャオ家の扱いだ。今後どのように政治が動いても、秘密を知られることなく彼らを守る手を打たねばならない。


 次に、ロットレング領の事業である。領地ごと事業を国に吸収されては、子どもたちに遺すものがなくなってしまう。ラウラは彼らに母親らしいことをしてやれなかった分、せめて資産を残してやりたいと考えていた。


 しかし、いくら優秀な家令がついているとしても、家長として国と対峙するのは義父のハルシュカ子爵である。彼がうまくやれるとは思えなかったため、ラウラは持てる知恵を総動員して最善策を講じた。






「アーチ、ラウラ様から手紙が届いたそうだが、きっとその顔だと、また驚くようなことが書いてあったのだろうね」



 ロトス銀行頭取のマク・ロトスは、彼の片腕とも言えるアーチと執務室で向かい合っていた。アーチは「ご明察です」と言いながら手紙を机越しによこした。


 王宮では手紙や荷物の検閲が厳しくなっているため、ラウラの侍女がペチコートに隠して運んできたものだ。優雅な花の透かしが入った便箋に流麗な女文字で、突拍子もない提案が綴られている。こんな手紙を書く貴族令嬢はラウラくらいしかいない。




 ――薔薇宮が焼かれたのは、ご存じだと思います。これは機密事項ですが、もう王宮内、すなわち政治の内側にも反乱分子が潜んでいるのは明らかです。貴族院が民主化を採択した場合、おそらく貴族の領地は国の管理下に置かれるでしょう。それに備えて、シャオ家を含むロットレング領の資産を、従来とは異なる形で運用したいと考えております。つきましてはロトス様のお力添えを賜りたく――



「……これは、なんという」



 一代にして大銀行の頭取へと上りつめた、マク・ロトスさえも唸らせる内容が、その手紙にはしたためられていた。なんとラウラは合弁会社を立ち上げる計画を企てていたのだ。


 現在、ロトス銀行から融資を受けている金額を何口かの投資家で分割し、資産を担保にした上で、事業収益から割当てを支払うというものである。その管理をロトス銀行にお願いしたい、とラウラは懇願していた。



 合弁の顔ぶれは、シャオ大老の葬儀の際「いかなる援助も惜しまぬ」と約束してくれた面々で、いずれも各業界では一方ならぬ功績を治めた傑物ばかりである。


 ロットレング領は今や国内随一の保養地であり、甘藷や薬草など単価の高い農作物の生産でも評価されている。投資としては悪い話ではないし、ましてやシャオ大老の娘ラウラの願いである。誰も否とは言わないだろう。



「いよいよ事態が切迫したら、わざと返済を焦げ付かせる、という仕掛けだな」


「そうなれば、ロトス銀行は資産を差し押さえざるを得ませんので、ハルシュカ家の財産は当行の管理下となりますね」


「それを競売にかけたふりをして、分割してしまえば、たとえ新政府が樹立されたとて、既に民間の手に渡ったものまでは取り上げることはできまいよ」



 この数十年後、株の概念が社会に浸透するまでは、このようなやり方は一般的ではなかった。しかしラウラは窮余の一策で、最も安全な金の隠し場所をひねり出してしまった。しかも、ロトス銀行から外部の投資家に引き渡してしまうことで、銀行とハルシュカ家の癒着を勘ぐられることもない。



 もちろん、ラウラのことだ。ここまで育てた事業を、みすみす手放すことはしない。取締役にハルシュカ子爵を据え、現在と同様の管理体制を維持する。そして、ほとぼりが冷めれば再び融資を受け、事業を買い戻すことを条件に加えていた。



「あくまでも、暫定的な資産の移動というわけですか」


「そのようだな、うち以外の銀行なら、絶対に実現しない計画だろう」


「どうなさいますか、頭取」



 マク・ロトスはしばし熟考した。ひとりの銀行家としてなら、差し押さえたが最後、収益が見込めるうちは事業を囲い込むだろう。しかし、相手はラウラである。シャオ大老が没した際、ロトス銀行は生前の恩返しとして、ロットレング領に破格の条件で融資を申し出たものの、結局は大きな儲けが出ている。


 アーチを5年間派遣したことに関しても、結果的に彼に一流の経営感覚を養わせた。要するに、恩を返そうとしたものの、土産を付けて返されたような状態である。そこへ、今回のこの申し出だ。



「ああ、全く。国王の玩具にしておくのは、勿体ない御仁よ」



 普通の人間が想像も及ばない規模のそろばんを、ラウラは軟禁状態の中で弾き、銀行に突き付けた。さらにシャオ大老の恩という切り札を、ここぞという場面で切ってみせたのだ。



「アーチ、契約書の用意をしてくれ」




 ロトス銀行とロットレング子爵家との間に、密約が交わされたのはその翌週であった。ちなみに、シャオ家はロトス頭取個人が、土地家屋一式を二束三文で買い受けた。今後は大銀行頭取の別宅として、シャオ家の面々が生きている限り、何人とて侵害することは叶わない場所となる。






 こうして、ロットレング領の資産は保護されることになった。数字に知恵の回らない子爵もアーチが頑張って説得し、最後は「ラウラ様の考えに従ってください」で納得したらしい。家令に横領されていた過去があるので、大きなことは言えないのだ。



 困ったのが、リヴォフ夫人から贈与された王都のタウンハウスである。軟禁状態になる前は、サロンを開催して貴族や国外からの賓客をもてなしていたが、もうしばらく訪れていない。


 これに関しては、何とラウラは管理人夫妻に贈与をすることで解決してしまった。ただし彼らが亡くなった後は、リヴォフ夫人の息子である宰相に権利が渡るよう、弁護士に遺言書を作らせてある。これも安全な資産の隠し場所と言えるだろう。




 その間、ラウラはたくさんの手紙や契約書を書き、リーザとドロテは「菓子を買いに」「薬湯が切れた」と理由をでっち上げては外出許可を取り、ペチコートに隠した封筒を王都中の各所に運んで回った。



 そして、一通りの手配が終わると、糸が切れたようにラウラが倒れた。緊張感や使命感で動いてはいたものの、精神的にはぼろぼろの状態であったらしい。


 無理もない。ただでさえ不自由な公妾としての暮らしの中、事故に遭い、赤ん坊を流産し、初めて愛した男を失った上に、家を焼け出されたのだ。きっとこの先も、ここにいる限りはろくなことがないだろう。ラウラは次第に、生きていくのが面倒になりつつあった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ラウラ頑張って(ノω・、) とはいえ頑張りすぎるほど頑張ってるね…
[良い点] ラウラ頭いい〜。 [一言] どんなに地位を登りつめても、幸せはまた別の話ですからね。
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