第一話/ 弾劾裁判
「確かに息子は大司教でございますが、ロサナリア公爵とは個人的なお付き合いはございません」
痩せて顔色の悪いフォリア伯爵は、先触れもなく来訪した大臣たちに竦んでいたが、それでも会合に関しては白々しく否定した。しかし、心理戦においては宰相の方が何倍も上手だ。ラウラが言った通り、真新しく改装したばかりの伯爵家の応接間で、ぎらりと眼を光らせて、宰相がさらなる質問を突きつけた。
「ふむ、ホテルの宿帳によると、フォリア卿の名前で部屋が取られていた。そしてそこへ大司教とロサナリア公爵が入室したと、従業員が証言している。しかし、先ほど卿は個人的な付き合いはないと仰った」
「そうなると、公的な業務で会合を持たれた、という事になりますな。どのような議題だったのですか?」
カラバフ公爵が畳みかける。フォリア伯爵の顔色が、ますますどす黒くなった。どう答えようかと考えを巡らせているのだろうが、そこへセミルが追い打ちをかける。
「下院議員、二名に勧誘をなさっていますね。教会側へ寝返ることで、見返りを約束する内容だったと聞いています」
「わ、私は決してそんな」
「もしも裁判になった場合、その二名は証言するつもりがあると言っています」
フォリア伯爵の喉から、空気の抜けるような悲鳴が漏れた。宰相たちはここへ来る前、教会関係者を息子に持つ下院議員を訪問して供述を得ていた。誘われた方も迷惑だったようで、自分たちは議会に忠誠を誓うので、喜んで証言台に立つと言ってくれた。それでこそ、国を預かる為政者である。
「フォリア卿、貴方は国家転覆の片棒を担いだことを自覚しておられますか?」
「こっ、国家……」
「そんな大事になるとは思っていませんでしたか? もし裁判になれば、フォリア伯爵家は廃され、ご親族にもそれなりの沙汰が下りるでしょう」
フォリア伯爵はもはや声も出なかった。きっと今は、金を受け取ってしまったことを、死ぬほど後悔しているはずだ。しかし既に、その金は家の改装で使い果たした。「万事休す」、そう伯爵が思った時、宰相からある取引が持ち掛けられた。
「伯爵家を存続させられる、唯一の方法をお教えしましょう」
宰相たちの提案に、フォリア伯爵はただ黙って頷くしかなかった。知恵も度胸も財産もなく、目先の欲に飛びついた男の晩節は、斯くも惨めなものであった。
その二日後、宰相はバクリアニ聖教大本山の応接室で、特上のクラレットを楽しんでいた。差し向かいに座るのは、枢機卿であるカナーン・レイルズ。宰相であるセレフツィ公爵と枢機卿は、若いころからの宿敵である。
過去、何度も貴族院対教会で、丁々発止とやりあってきた。お互い一筋縄ではいかないことを承知しており、今日の会談もきわどい腹の探り合いになることは必至だ。まずは宰相が斬り込んだ。
「もう、フォリア大司教から話は聞いているんだろう?」
「さて、何のことやら」
枢機卿がとぼけて話を逸らす。フォリア伯爵が陥落したことで、その息子である大司教から教会上層部に、企みが露呈したことは報告されているはずだ。現に、その翌日から下町の辻説法がぴたりと姿を見せなくなった。
教会は狡賢く、逃げ足が速い。ロサナリア公爵の企てに乗る一方で、もしもの場合の撤収も考えていたと思われる。ただし、その点に関しては貴族院が一歩先んじていた。いや、貴族院というよりもラウラの知恵により動かぬ証拠を捕まえていたのだ。
「せっかく衣装まで変えてミサに潜入なさるのなら、ちょっとした金額を喜捨なさいませ。説法の担当者に、顔を覚えさせるのです」
そう言われた時は意味がわからなかったが、今からその種明かしである。応接室のドアがノックされ、宰相が入室を許可すると、平民と思しき男性二人と、司祭の法衣を着た聖職者二人が入って来た。枢機卿が訝しそうに彼らを見やる。
「なんだね、お前たちは」
「まあまあ、私が呼んだのです。司祭のお二人、この者たちを覚えていますか?」
宰相がそう尋ねると、若い司祭二人は頷いた。どちらも下町の教会で、庶民向けのミサを行っている者たちだ。
「はい、この人は先週、私の教会に銀貨一枚を喜捨してくれました。たいへん良い心がけだと思って、覚えております」
「私もこちらの男性を覚えております。私の教会の信者です。彼は銀貨二枚を喜捨してくれました」
それぞれ、高額の喜捨をした信者ということで、印象に残ったようだ。宰相はそれを聞いて実に満足げに頷き、彼らの素性を明かした。
「それは結構。改めて、ご紹介しよう。カラバフ公爵と、その御子息のブライガ卿だ。どちらも上院の議員である」
空気が固まったような緊張が、その瞬間に部屋を満たした。司祭二人は驚いて絶句していたが、枢機卿は罠にかかったのを察知したようで、やがて憮然とした表情になった。
「いやはや、あまりに面白おかしい説法でしたので、喜捨をはずんでしまいました。何なら、もう一度ここで聞かせて頂きたいくらいです」
王室や貴族を糾弾する内容の説法を、高位貴族に聞かれていたと知った司祭たちは、あたふたと言い訳を探し始めた。
「いや、あれは……、しかしどうして公爵が下町の教会へ……、その格好で」
「貴族のミサに平民が参加することはできないが、その逆は自由だ。そして、何を着ようが私の勝手だ」
「辻説法の坊さんたちにも銅貨を投げてやったぞ、もちろん全て名前は控えている」
しばらくの沈黙の後、枢機卿がようやく観念した。
「要求を聞こう」
その後、人払いをして秘密の取引が行われた。教会側も貴族院とまともにぶつかる気はなく、ロサナリア公爵から大司教を通じて持ち込まれた話に乗って、予算が戻って来れば御の字くらいのつもりであった。
今後は、民意を煽る説法は行わない、フォリア大司教は地方の教会に左遷、ロサナリア公爵からは一切手を引く。貴族院側もロサナリア公爵を放逐し「何もなかった」ことにすることで手打ちとなった。ただし、勝敗で言えば貴族院側の圧倒的な勝利である。宰相は大仕事を終えて、ほっと胸を撫でおろした。
その数日後、貴族院の顧問会が開かれた。実質上、ロサナリア公爵の弾劾裁判である。ただ一人、議題を知らされていなかった公爵は、議場に入り自分以外全員が既に揃っているのを見て、何やら違和感を覚えた。その瞬間、彼の背後でドアに鍵がかけられた。
「何やら物々しいですな。どういう了見ですかな」
いつものように尊大な態度で、ロサナリア公爵は周囲を睨め付けた。しかし誰もが怯まずその目を見返している。いつもと様子が違う。やがて宰相が淡々とした口調で言い放った。
「枢機卿と話をしたよ。フォリア大司教は地方の教会へ左遷される。理由は言わなくてもわかるはずだ。顧問会は、ロサナリア公爵に引退を勧告しようと考えている」
ロサナリア公爵は一瞬、身を堅くしたものの、そこは百戦錬磨の古狸である。さっと表情を真顔に戻し、何のことやらという芝居を始めた。
「仰る意味がわかりませんな。フォリア大司教とはどなたです? どうして私が引退勧告をされないといかんのでしょう」
しかし、宰相はそんな小芝居には耳も貸さず、動かぬ証拠を突きつけた。既にここまでの調査でうんざりしているのだ。さっさと終わらせてしまいたい。
「フォリア大司教が貴君から送られた文書を提出してくれた。知らない人物にどうやって手紙を送るのだね。何ならホテルの領収証もあるし、従業員の証言もある。ご丁寧に、横板に修理跡のある馬車を使ってくれたお陰で、すぐに君だと特定できた。グレーテに感謝しないといけないな」
ロサナリア公爵の顔色が赤黒く変わる。どこまで証拠を握っているのかと、相手の出方を探っているようだが、傍から見ると滑稽であった。セミルはこんな人物が義父だったと思うと、吐き気がした。グレーテの罪の大半は、彼の傲慢さによるところであろう。
「ちなみに、フォリア伯爵は司法取引に応じて、全てを告白したよ。今後は文官を引退して爵位を長男に譲るそうだ。貴君から借用した金は、返済して欲しいかね? もしそうであれば、借用書を作ってもらう必要がある」
借用という言葉を選んだが、早い話が賄賂である。借用書など作ってしまえば、その用途まで明るみに出てしまう。フォリア伯爵は家を守るため、ロサナリア公爵を裏切って逃げたのだ。ここでようやく、自分が全ての味方を失ったことを、ロサナリア公爵は理解した。
「これ以上、貴君が知らぬというのなら、国王の承認のもとで裁判を開くことになる。そうなれば、全ての謀が白日の下に晒されることになるが如何」
ロサナリア公爵は、天を仰いだ。これが宰相、および顧問会の温情であることは十分に分かっている。裁判になれば、公爵家は間違いなく取り潰しになるだろう。武勲のロサナリアと言われた祖父、貴族院で名声を治めた父に比べ、才覚に劣る自分が何とか栄光を掴まんがために、愚かな夢を見てしまったのだ。
「我々も、開国以来バクリアニ王国に忠誠を誓ったロサナリア公爵家を、失いたくないのだ。頼む、引退してくれ」
宰相の懇願に、ロサナリア公爵はがっくりと項垂れた。こうして国家転覆の謀りは、何もなかったこととして処理された。しかし鎮火しきれなかった火種は、彼らの預かり知らぬところで、新たな焔を生み出していたのである。




