第九話/ 国家転覆の足音
「その新聞売りの少年が見た教会の方は、きっとフォリア伯爵の息子さんだと思いますの」
宰相とカラバフ公爵親子が、ぽかんとした顔でラウラを眺めた。辣腕の政治家が頭を寄せ合って悩んでいた問題に、彼女はあっさりと解決の糸口を見出してしまった。なぜ世間から隔絶された環境にいながら、そんな事がわかってしまうのか。
「実は、以前に礼拝に行っておりました教会の大司教が、フォリア様というお名前でしたの」
大嘘である。確かにフォリア大司教はフォリア議員の三男坊であるが、ラウラはその教会に行ったことなどない。ハルシュカ子爵令嬢になってすぐ、ラウラという少女が孤児院にいたかどうかを手紙で問い合わせ、「そんな娘は存在しない」と書いて寄越した聖職者の名前を憶えていただけだ。
「なるほど、そうなるとフォリア伯爵は教会とロサナリア公爵とのつなぎ役、という構図でしょうかな」
宰相が素早く頭の中で関係を整理した。大司教が個人の利益で議員と関わるとは考えにくいので、バクリアニ聖教そのものが動いていると考えた方がいい。貴族の行動範囲から外れたホテルで会合していることから考えても、人目を忍ぶ内容であることは疑う余地がない。
「しかし、どう駒を進めましょう。教会が相手だとすると、正面からぶつかるのはまずい」
迂闊に手を出して嗅ぎつけられては、せっかくの獲物を逃すばかりか、こちらも無傷では済まなくなる。再び頭をひねる議員たちに、ラウラがある案を呈した。
「取りあえず、ミサに行ってみてはいかがでしょうか」
思いもよらぬ内容に、宰相が首を傾げる。
「はて、ミサには毎週行っておりますが?」
しかし、ラウラが勧めたのは庶民向けのミサであった。週末はどの教会でもミサが行われるが、貴族向けと庶民向けは、開催される聖堂も説法の内容も大きく異なるのだ。
「このところ、辻説法が多くなっているのをご存じでいらっしゃいます? 談義僧が面白おかしく声を上げているのを、サロンの道中に見かけることが多くなりました」
そのような説法は、治安の悪い下町で低所得者層に向けて行われることが多いが、最近は繁華街の近辺でも目立って増えてきた。そこで、ラウラは近くに馬車を止めて窓越しに聞いてみることにしたのだ。
もちろんサルーには嫌な顔をされたが、どうしても気になって仕方がなかった。そしてそれは予想通り由々しき内容であった。説法とは名ばかりの、辛辣な王室批判だったのである。
「王室批判? 天下の往来で聖職者がですか?」
「ええ、うまく神の教えに包み隠されていましたけれど、王室や貴族階級による搾取が、民の困窮を招いているという筋書きになっていました。あれをくり返し刷り込まれれば、庶民は王室や貴族に対して恨みが生まれましょう」
宰相もカラバフ公爵もセミルも、苦い顔になった。上流階級の人間たちは、政治の頂上から下界を見下ろすだけで、全体像は把握できても裾野で起こっている些事には頓着しない。しかし、現況は足元から煙が上がっている状態である。この煙の火元を突き止めるため、3人の政治家は秘密裏に調査を始めた。
まずは、ラウラに勧められたミサへの潜入である。これに関しては、三手に別れてその週末のミサから調べを始めた。当初、侍従たちを派遣しようかと思ったが、
「一度は自分たちの目で現実を見ておかねばなるまい」
という宰相の意見で、使用人から借りた庶民の着古し衣装に身を包み、下町のミサに参列した。彼らの身分を知っている人間が見れば驚愕するだろうが、その甲斐はあり過ぎるほどにあった。辻説法と同じように、教会が行う正式なミサでも、巧みに国民感情を王室批判に誘導する内容が組み込まれていたのである。
「私たちは、何も見えていなかったという事でしょうか」
庶民のかぶるキャスケット帽を脱ぎ捨て、セミルが大きくため息を吐く。場所は、ラウラがサロンに使用しているタウンハウスである。自由に使用する許可を得て、三人はここで庶民の衣装に着替えてミサへ出たのだ。
家族にも内緒の行動なので、この場があることは大いに助かった。きっとロサナリア公爵たちが場末のホテルで会談しているのも、同じような理由だろう。他の教会から戻って来たカラバフ公爵や宰相も、沈痛な面持ちである。
「やはり、バクリアニ聖教そのものが動いているということですね」
「もしも教会が政治家と結託して何かを仕掛けるとすれば、国の八割以上を占める庶民層の信者を扇動しようと考えるのは、当たり前のことだな」
「しかし、どうしてロサナリア公爵が加担しているのでしょう。王室だけでなく貴族にも批判の声が上がっているのに」
「彼に利益が出る、何らかの仕組みがあるのだろう。そこをどうやって炙りだすかだな」
差し当たっては、これ以上国民の批判が大きくなるとまずいため、議会で貴族たちに贅沢を慎む呼びかけをしているのだが、今のところ全く相手にされない。陰で動いている三人にとっては頭の痛いところである。しかし、またしてもラウラがとっておきの情報を入手してきた。
情報の出どころは、ロットレング・カフェである。ロサナリア公爵家から菓子を買いに来る女中をつかまえて、おまけのパイやクッキーを持たせてやったところ、ぺらぺらと「絶対の秘密」を開陳してくれた。どうやらロサナリア公爵には「お手付き」の女中がいるらしい。
「その子が言ってたの、旦那様はそのうち宰相におなりになるって。教会の偉い人が約束してくれたんだって。そしたらその子は妾として囲ってもらえるらしいから、きっとここのお菓子、いっぱい買ってくれるわよ」
愛人にそのような機密を漏らしてしまう愚かさに呆れてしまうが、お陰でこちらは手間が省けた。この情報から想像するに、ロサナリア公爵は宰相の座を得るために、教会と手を組んだという筋書きが浮かび上がる。ラウラが侍女を介して宰相に届けた手紙には、以下のような推測が記されていた。
――教会は、菊熱後の経済危機を利用して、ミサや辻説法で国民に王室への反感を植え付けております。ロサナリア公爵は、その世論の勢いに乗って貴族院で王室廃止派を増やすつもりでしょう。
手始めとして、次男以下に聖職者を多く擁する下院の低位貴族から勧誘し、次第に上院へと勢力を伸ばしていくものと思われます。やがて王室が廃止となった暁には、新体制の立役者としてロサナリア公爵が宰相に収まる計画なのではないでしょうか。
「国家転覆とは、なんと大それた企てを!」
宰相の執務室に、怒声が響き渡った。内密に招集されたカラバフ親子も、ラウラの手紙を読んで真っ青になっている。もしもこの推測が本当であれば、彼らが予想したよりもはるかに恐ろしい計画である。
「ハルシュカ子爵令嬢は、あくまでも推測と書いておられますが、こう考えると全ての辻褄が合います。下院議員のフォリア伯爵と接点があったのも納得できる」
カラバフ公爵が額に汗をにじませ、手紙をセミルに渡した。彼もまた、激しい憤怒で頬が紅潮している。王室と国を守るべき貴族院が、謀反の巣窟になろうとしているのだ。
「フォリア伯爵も何らかの利益を約束されているでしょうし、教会側も孤児院の予算を取り戻し、大きな権力を握るというわけですね」
「……急がねばなるまいな」
宰相が噛みしめるように吐き出した。ラウラからの手紙の二枚目には、まず打ち崩すべき最初の標的が示唆されている。
――ところで、フォリア伯爵は王都の北側にご邸宅がございますが、最近とても豪勢に改築をなさったそうです。私の亡夫も官職でしたが、薄給を嘆いておりました。文官は報酬が高いのでしょうか。羨ましゅうございます。
宰相たちは、文官も薄給であることを知っている。年齢的に引退間近のフォリア伯爵が大金を得た、その理由は聞かずとも明白だ。
三人は帽子とステッキを引っ掴むと、馬車回しに駆けだした。愛する祖国のために、彼らが身命を捧げてきた貴族院を、内部から腐らせるわけにはいかない。
第六章 完




