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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第六章 薔薇の宮の囚われ姫
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第七話/ 四百四病の外



 ラウラは身分で言えば王宮の使用人に当たるとはいえ、常に国王の御子を身籠っている可能性のある体である。もしもの場合を考慮して、王都内にあるサロンへ移動する場合も護衛がつく。


 ほとんどの場合は、護衛の頭であるサルー・バルトシークと若手が二人。ラウラと侍女が乗った馬車の両隣と後方を騎馬で同行する。この馬車というのが、ラウラにとっては有難迷惑な乗り物であった。



「お前の髪の色に合わせて、特注したのだ。この設えは、王都に一台だけであるぞ」



 国王ローレスカヤが、男児を生んだ祝いに造らせた公妾専用馬車は、なんと赤い車体に金色の薔薇が描かれている。隣町からでも見分けがつくのではないかというほど、派手で悪趣味な装飾が施されていた。言うまでもない、国王の好みである。



「これはまた」



 最初にその馬車を見たとき、サルーは嘲るような苦笑いをした。ただでさえ乗るのが恥ずかしいのに、護衛にまで馬鹿にされては居たたまれない。



「陛下からの賜り物よ。言いたいことはわかるけど、不敬にならないように気をつけることね」



 ラウラは馬車の窓からきつくサルーを睨んだが、それに怯むような男ではなかった。ラウラの警告をさらりと無視して馬に跨ると、はらわたが煮えくり返るような皮肉を投げてよこした。



「お似合いですよ。世間は貴女のことを、こういう印象で見ているでしょう」



 ラウラの頭にカッと血が上った瞬間、馬車が動き出した。憎らしい、憎らしい。自分だって、世間からどう思われているかくらいは知っている。国王を誑かして、贅沢三昧している毒婦だと思われているに違いない。世間などそういうものである。しかし、傍にいる者たちにそう思われるのは心外であった。




 サルーは無口で表情に乏しいが、いざ口を開けば癇に障る部分を的確に突いてくる。控えめなようでいて尊大であり、子爵令嬢かつ公妾という立場のラウラに対して、ぎりぎり礼儀をはみ出さない狡賢さがあった。だから余計に腹が立つのである。



「まあでも、腕は立つみたいですよ。お飾り騎士もいるけど、バルトシーク様はシュクリ砦でも活躍されたそうですし」



 情報通のドロテが、どこからかサルーの噂を仕入れてきた。この国の騎士爵は一代限りなので、平民から騎士団に入るには厳しい試験を潜り抜け、3年間の訓練期間を経て本採用となる。セミルや義兄も騎士学校には入学したものの、剣技は良家の子息の手習いに過ぎず、実戦ではまるで役に立たない。


 その点、サルーたち叩き上げの騎士たちは、腕に覚えがある者ばかりだ。その中でもサルーは最前線のシュクリ砦で武勲を上げ、精鋭ぞろいの王宮騎士団に配属された。本人は出世に興味がないようではあるが、上層部からの信頼は厚いと聞く。



「ちょっと凄みのある雰囲気なので近寄りがたいですけど、意外と女性には人気があるんですよ。もっとも、既にご結婚されていますけどね」



 リーザまで噂話に割り込んで来た。王宮で働く女たちの間では、サルーはちょっとした有名人なのだそうだ。確かに目立つ容姿をしている。しかしあの不愛想と意地の悪さを知っているだけに、いったい家ではどんな態度で奥方に接しているのだろうと、ラウラは素朴な疑問を抱かざるを得なかった。






 そんなある日、ラウラは思いがけない場所でサルーを見かけた。王宮の敷地内にある、騎士団訓練場横の井戸端である。彼は上半身の衣服を脱ぎ捨て、汗を布で拭いていた。



 薔薇宮の護衛は交代制で、当番がない騎士たちは訓練場へ赴く。今日はサルーが訓練の日だったようだ。いつもラウラはその近辺へは寄り付かないのだが、たまたま図書室へ寄った帰りに、ライラックの花の盛りを見て帰ろうと、いつもと違う道へ回ったのだ。




 初めて見るサルーの裸体に、ラウラはくらりとするような衝撃を受けた。広い肩幅と厚い胸板、そこから繋がる腹には無駄な脂肪がなく、汗で艶めく浅黒い肌は、さながら鋼の彫刻のようであった。


 いつもは撫でつけている黒い髪が、乱れて顔にかかっているのも、野性的な色香を醸している。汗を拭くためにサルーが腰のベルトを解き、臍の周囲が露になった瞬間、ラウラの喉がごくりと鳴った。男の体を知らないわけではないが、ラウラはこれほど煽情的な裸体を見たことはなかった。



「ラウラ様、どうかされましたか?」



 お供のリーザが声をかけなければ、ずっと凝視していただろう。はっと我に返ったラウラは、咄嗟に適当な言い訳を見繕った。



「ああ、こんな所に訓練所があるのねと思って」


「そうですね。薔薇宮からは少し遠いですから、ラウラ様は来られたことがないでしょう」


「ええ、そうね。さあ、ライラックを見に行きましょう」




 しかしせっかくの花見も、何を見たか思い出せないほどに、さきほどの光景が目に焼き付いていた。アレンやローレスカヤとは全く違う、剥き出しの雄の匂いのする肢体だった。触ったらどんな感触なのだろう、そしてあの男はどんな風に女を抱くのだろうと、ラウラは陽の高いうちから淫らな妄想が止まらなかった。



 しかし、そんな日に限って国王の渡りがあり、ラウラは嘘笑いを顔に張り付けて出迎えに立った。褥の中で、でっぷりと脂肪で段重ねになった醜い腹を目にして、ラウラは昼間見たサルーの体を再び思い出した。


 いったい自分はどうしてしまったのか。リヴォフ夫人が生きていれば、淑女としてあるまじき、はしたない妄想であると窘められたであろう。黒蝶館のマダムなら、お前もようやく女の仲間入りだと揶揄したかもしれない。



 知らぬが仏とはよく言うが、その意味が深く心に染み入る気がした。猪のように荒い息を吐きながら、自分に覆いかぶさる目の前の国王の姿を、今なら頭の中でサルーに置き換えられる気がした。初めて経験する性的な興奮を持て余しながら、ラウラはぎゅっと目を閉じた。






 それから10日ほど経ったある日、ラウラは貴族院が主催するバザーに出席した。これは毎年恒例の催し物で、爵位を持つ者たちがそれぞれ手持ちの品を出品し、それを教会への喜捨に宛てる慰問の会である。


 王宮内の噴水広場に設えられた会場では、貴族たちが優雅に葡萄酒や茶を楽しみながら、各家から出された品物を見物している。欲しいものがあれば購入できるし、売れなかったものは教会に喜捨する。ラウラも今年は、ドレスや装飾品をいくつか提供していた。本当はあの忌々しい馬車を出品したいのだが、さすがに国王から下賜された品を放出するわけにはいかない。



 関係者に取りあえずの挨拶が終わった後、ラウラは侍女を従えて、広場のあちこちを巡ってみた。その一角に騎士団の募金会場があり、サルーが珍しく私服で参加しているのが見えた。ラウラはその姿を間近で見てみたくなり、募金を言い訳に騎士たちの方へ歩み寄った。



「貴方が制服を着ていないのは珍しいわね」


「非番ですので」



 気前よく金貨一枚を募金したラウラが、受付近くにいたサルーに話しかけた。いつも通り最低限の返事しか返ってこないが、服装のせいかいつもより雰囲気がやわらかく感じる。その時、奥からひとりの女性がカップを二つ持って歩いてきた。



「サルー、サイダーをいただいてきたわ」



 年のころはラウラと同年代。亜麻色の髪を上品に結い上げ、活動的な麻のドレスに身を包んでいる。すらりとした姿勢の良さと濃い眉、口角のすっきりと上がった口元が理知的な印象だ。その女性はサルーが誰かと話し中だったことに気づき、はっと目を見開いた。



「失礼いたしました、お話し中でしたのね」


「いいんですのよ、ちょっとご挨拶していただけです」



 ラウラは直感的に、その女性がサルーの妻であると確信した。サルーはぴくりとも表情を変えず、例のごとく最短の言葉で二人を紹介した。



「妻のゾーイです。こちらはハルシュカ子爵令嬢」



 その瞬間、ラウラの全身を嫌な感覚が駆け抜けた。誰にも攻撃されていないのに、まるで被害者になったような、体中の血が濁って滾る、過去に経験のない感覚である。その場では笑顔で取り繕ったものの、ラウラは内心とても穏やかではいられなかった。




※見出しの「四百四病しひゃくしびょうの外」とは、人が罹る全ての病を意味する仏教用語「四百四病」のうちに恋は入っていないものの、まるで病のように辛いという例えです。

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[良い点] 【朗報】ラウラ、初恋 【悲報】ラウラ、失恋 【大悲報】セミル君、報われない NTR仲間が増えたよやったねセミル君。寝てから言え?そうねえ…。 ああ…嵐が…大嵐が来る予感…
[気になる点] どうなるんだ〜〜〜〜〜〜〜〜。 [一言] これは荒れる! 面白いです。
[良い点] なんと! まさか!? 初めての恋!? 初恋!? いかん! そっちに行ってはいかーーん! (行け行けゴーゴー)
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