第六話/ サロン復活
翌年の3月に王妃、4月にラウラが出産し、王室は華々しい祝賀ムードに包まれた。なんと、どちらも男の子であったことから、国王はじめ貴族たちの喜びようは尋常ではなかった。
何しろ正妻の王妃に待望の王子が生まれ、公妾も男児を生んだ。丈夫に育つかどうかの心配はあるが、王系が途絶える危機をひとまずは回避できたと考えていいだろう。しかしその安堵から、王族や貴族は少しばかり調子に乗りすぎてしまった。
記念祝事が催されるのは、王族の誕生であるから当然である。しかし今回ばかりは規模が異常であった。連夜のごとく催される王宮での舞踏会や晩餐会、その開始に合わせて花火が上がる。しかも、一発で庶民が一カ月は楽に暮らせる値段の大玉が、一晩に何十発も費やされるのだ。
そうなると、最初のうちは喜んで見物していた街の人々も、次第に不満が鬱積してくる。菊熱で人口が激減し、産業がようやく立て直しを図ろうかという時期において、王子の誕生は喜ばしい事ではあるが「そんな金があれば他に使い道があるだろう」というのが市井の感覚である。ラウラは何度かそのことについて、セミルに懸念を伝えていた。
「貴族の方々は、菊熱が収束して平常に戻ったと思われているのでしょうが、民はこれからが大変なのです。贅を尽くす王族を見れば、良い気持ちにはならないと思いますわ」
「それは貴族院でも提言したのですが、こんな時こそ景気よく、という考えの方が多いのです。自分たちが楽しみたいのもあるのでしょうが」
貴族の中でも良識を弁えた者たちは、この乱痴気騒ぎに眉を顰めていたが、すでに王宮敷地内では王子のための宮殿が着工に入り、街の一等地にも記念広場を建設中である。さらには、王子の名を掲げた船まで建造しているとあっては、国民の不満は膨らむばかりだ。
「昔から、陛下はお祭り好きなのよ」
すっかり薔薇宮の常連となった王妃が、甘藷のクッキーをつまみながら、深くため息を吐く。王妃とラウラはほぼ同時期に妊婦生活を送ったこともあり、今では王宮内での茶飲み友達になっていた。
普通なら本妻と妾が懇意にするなど考えられない話だろうが、この二人はどちらも国王に愛情はない。さらに、王妃はもとから大公令嬢なので地位への執着がなく、ラウラもさっさと王宮を辞して普段の生活に戻りたかった。
何よりも王妃がラウラを心の拠り所としており、まるで犬の子のように懐いているため、王室の面々も肩をすくめて放置しているというのが実情である。
「お祝いをたくさん頂きましたけど、実感がありませんわ。自分で産んだのに、赤ん坊の顔さえ見ていないのですから」
ラウラの赤ん坊は出産するやいなや、どこかへ連れて行かれてしまった。実母であることには違いないが、名前も知らされず成長の過程には一切関わらせてもらえない。わかっていたことではあるが、寂しい限りだ。
「私も似たようなものよ。貴女、そういえば、申し出は叶えられなかったそうね」
ラウラは男児を産む役目を果たしたとして、「お褥すべり」を申し出ていた。公妾の任を解いてもらい、元の生活に戻るためである。しかし、それは貴族院の審議で却下された。
「ぜひ、あと一人産んでほしいのだ。女児でもよい。子は多いほうが望ましいゆえ」
どうやら国王が愛妾を手放したくなかったらしい。些か飼い慣らしすぎたことをラウラは後悔した。しかし、はいそうですかとタダで引き下がる女ではない。交換条件として、サロンの再開を約束させたのである。場所は、リヴォフ夫人から譲り受けた貴族街のタウンハウスである。最初は渋々承諾をした貴族院であったが、やがてそのサロンは王都に名を轟かせる重要な文化施設になった。
「ハルシュカ子爵令嬢、またまたお手柄ですな。ヴェーリア皇国との通商条約が正式に締結されました」
宰相が恵比須顔で薔薇宮を訪れ、ラウラを労った。先月サロンに招待したヴェーリア皇国の通商大臣が、南部モナンの名産である魚介加工品をいたく気に入り、大規模な商談がまとまったのだ。バクリアニ王国はこれまで輸出が少ない国であったため、これを機に取引の幅を広げていきたいと大臣たちが息巻いている。
「お役に立てて光栄です。きっと王宮から派遣していただいた料理人の腕が良かったのですわ」
「ご謙遜を。昔ながらの干し魚を、ヴェーリア料理に仕立てるなど、頭の固い宮廷料理人が思いつくはずがございません。ラウラ様の工夫だったと聞き及んでおります」
モナン近辺は漁業の盛んな地域で、昔から日干しの魚介が名産である。バクリアニ王国では焼いたりスープにして食べるが、ラウラはそれらをヴェーリア皇国でよく食べられている、スパイスの効いたシチューに仕立てて供した。それが大臣及び通商団に絶賛されたのだ。同時に彼らの頭の中で「これは商売として成立する」という算盤が弾かれたわけである。
「国王の愛妾のサロンに招待され、絶世の美女からもてなしを受けたのですが、実際には商談の場でした。取引高に応じた仕入れ値や納期まで、ハルシュカ子爵令嬢は完璧に準備しておられました。我が国の通商団に引き抜きたいくらいです」
ヴェーリア皇国の大臣は、調印の際にそう語ったそうだ。さもありなん、その絶世の美女はロットレング領を国内一の保養地に仕立て上げた、陰の仕掛人である。ふんわり優雅に微笑んではいるが、下手な商売人が相手なら、足元から掬われてしまうほど抜け目がないのである。
こうしてラウラのサロンは、月二回ほどの開催ではあったが、国内の貴族だけではなく、文化人や外国からの賓客も入り乱れて、文化と情報の発信地となった。時には国にとって有益な情報を得ることもあり、それらはすぐさまセミルや宰相に共有された。国が表立ってできない異種交流を、公妾のラウラが仕切っている格好である。
国王と王妃も、ラウラが話して聞かせるサロンの話題に興味津々だった。本当は自分たちも参加してみたいのだが、護衛の問題などもあり現実的ではない。残念そうにする二人に、ラウラはいつも土産を持ち帰った。国王には玩具、王妃には恋愛小説である。
どれも貴人に献上するようなものではないが、これが強烈に国王夫妻の関心を惹きつけた。国王は幼少期に遊んだことのない、庶民の塗り絵や知恵の輪に夢中になり、王妃は美しい騎士が登場する恋愛本に涙を流した。そのため、彼らはラウラがサロンを開く日を、今か今かと楽しみにしていた。
「養護院への喜捨も、以前とは桁違いの額になっていますよ。国王に直結するお立場のラウラ様が開催されるサロンだけに、心証を良くしたい人が多いのでしょうね」
現在は貴族院上院の仕事で、なかなかサロンに参加できないセミルがため息を吐く。慈善事業がうまくいくのは喜ばしい事だが、彼にとってはラウラのお褥すべりが延期になったことが、精神的に激しい打撃であった。グレーテと離縁できたことで、本気でラウラとの結婚を待ち望んでいるのである。
「私は、何年でも待ちます。一度目の結婚で身に沁みました。生涯を共にするなら、本当に望んだ相手でないといけません。私にとってはそれが貴女なのです」
「もったいないお言葉ですわ。私など何人も子を生んだ未亡人で、そのうえ今は妾ですわ。家柄も経歴も申し分ないセミル様でしたら、いくらでも素晴らしいご縁を望めるでしょうに」
「私は、貴女が、いいのです!」
四男とはいえ、セミル・ブライガは国を代表するカラバフ公爵家の息子であり、貴族院上院で活躍する若手の有望株でもある。グレーテが外国に出奔して独身になったため、当然のように数々の有力貴族から縁談が舞い込んでいる。しかし、それを全て断ってセミルはラウラを待っていた。
ひとりの男性として、どんなにか辛いことであろう。それだけに彼の愛情の深さを思い知るラウラであったが、いかんせん国王ローレスカヤが彼女に執着しているうちは、王宮から出られることはないだろう。この生活が一体いつまで続くのか。ラウラは遠い空を眺めて、やるせない気持ちになった。




