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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第六章 薔薇の宮の囚われ姫
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第二話/ 国王ローレスカヤ



 ラウラが王宮敷地内に設けられた「薔薇(そうび)宮」へ入ったのは、アレンの喪が明けた翌月。新年間もない良く晴れた冬の日であった。ラウラは数えで23歳になった。


 まだ十分に若いとは言え、三児の母にして未亡人、そして今度は妾である。もう本当にいい加減落ち着きたかったので、ご要望通り男児を産んだら、さっさとお褥すべりをさせてもらいたいと考えている。




「お待ちしておりました」



 ラウラのために用意された小型馬車が、薔薇宮の車回しへ到着すると、使用人一同がずらりと並んで出迎えた。20人ほどいるだろうか。多すぎると思ったが、王室のお作法には逆らわないことにした。ラウラはにっこり微笑むと、瀟洒なドアから宮へと足を踏み入れた。



 薔薇宮はこぢんまりとした造りだが、さすがに国王が渡るとあって設えには贅を尽くしてある。吹き抜けの玄関ホールには、白地に金の縁取りのある応接家具が備えられ、事務的な来客などはこちらで応対する。深い煉瓦色の絨毯を敷き詰めた短い廊下を進めば、右手が居間で左手が食堂である。厨房や使用人の住居は、渡り廊下で繋がれた別棟に造られている。


 居間の一角にある重厚な鉄製のドアを開けると、2階のホールへ続く階段が現れる。上がって正面の主寝室には浴室と女中の控え部屋、さらにドアと寝室の間に護衛の控間が設けられている。全体的に白を基調とした内装で、あちこちに防犯設備が仕掛けられている以外は、非常に落ち着いた雰囲気だ。



「お気に召しましたか?」



 薔薇宮の管理責任者である、セミルがラウラに問う。宮内の設備や家具は、彼がラウラの好みに合わせて設えたものだ。今日は道中の護衛として、ラウラの馬車を騎馬で先導した。国王と護衛以外の男性は2階に上がれないため、今後セミルとはさっきの玄関ホールで、事務的なやり取りをすることになる。



「ええ、とても。これから何かとお世話になることになりますが、よろしくお願い致します。貴方がいてくださると、心強いですわ」



 セミルは嬉しいような、切ないような、複雑な心境だった。今日からは、彼女の日々の様子を部下からの報告で知ることになるが、国王の渡りがあった日は冷静でいられる自信がない。しかし、何とか持てる気力を総動員して笑顔を作った。



「貴女が健やかに、お幸せに、お暮しになるために尽力いたします」






 その翌日、ラウラは国王ローレスカヤを薔薇宮に迎えた。こちらからご挨拶に伺うべきなのではと思ったが、公妾は非公式な立場にあるため、王宮への立ち入りは控えて欲しいと言われた。王妃の心情を慮っての配慮だろうが、こちらも参内する手間が省けて大助かりだ。


 ラウラは事前に国王から贈られていたドレスに袖を通した。品質は最上級だが、ごてごてと派手でラウラの好みではなかった。真っ赤な絹に金の糸で刺繍が施され、腰から下にたっぷりとギャザーが入っている。そのぶん襟は大きく開いており、痩せ型のラウラが着ると、まるで赤い釣鐘のように見えた。



「なんだか、いつものラウラ様と違う感じですね」


「こういうのが陛下の好みなんでしょうね。私は髪が赤いから、真っ赤は却って似合わないのよ。特にこの間までずっと喪服だったんだもの、調子が狂うわよね」



 それでも何とか装いを整え、宮の玄関ホールでその時を待った。やがて大勢の護衛や侍従に付き従われ、国王ローレスカヤ・バクリアニが姿を現した。



「よいよい、面をあげよ」



 淑女の礼を取り低頭するラウラに、国王は顔を上げるように言いつけた。ラウラが顔を上げると破顔し、なんといきなり抱き着いてきたのには、後に控えた護衛や執事らも仰天したようだ。慌てて二人を引きはがそうと間に入る。




「陛下、こちらではお控えくださいませ。居間に酒席を用意してございますので、まずはゆるりとお話でも――」


「馬鹿を言え、この日を余がどれほど待っていたか。もうこの者は余の手にあるのであろう? ではどう扱おうと余の勝手ではないか」



 ラウラは面食らっていた。これが我が国の国王なのか? デビュタントの謁見の際には、遠くからちらりと壇上の姿を見ただけであったが、もっと堂々として威厳のある人物に見えた。目の前で自分に抱き着いて駄々をこねている男性は、年齢こそ中年の坂を超えているが、まるで小さな子どものようである。



「さあさあ、仲よくしようではないか。さて、寝室はどこであろう」



 国王はラウラの手を取り、ぐいぐいと引っ張って奥へと進む。じっとりと、濡れたような手のひらが生理的に気持ち悪かった。女性の中でも小柄なラウラと変わらない矮躯、色白ででっぷりと肥えた腹が、歩くたびに揺れて弾む。この男と今から体を重ねるのかと思うと、ラウラは吐き気がしそうだった。




 その夜のことは記憶から抹消したいほどの、さながら悪夢であった。誰からも支配されたことのない、特権階級特有の傲慢さと、子どものような好奇心。国王ローレスカヤは、ラウラをまるで新しく手に入れた玩具のごとく扱った。それは女性にとって屈辱的なものであり、ラウラは心を閉ざしてただじっと耐えた。



「お前の死んだ夫は、年寄りだったのであろう? ならば、余とも馴染みがよいはずだ。お前が手に入れば、どうしてやろうかと、ずっと考えておったのだ」



 与えられる言葉にも虫唾が走ったが、ドア一枚向こうの護衛控えの間で、誰かにその声を聞かれていることが屈辱をさらに深めた。もっと言えば、見えていないだけでテラスと屋根裏にも護衛がいるし、侍女や侍従などを含めれば、国王が渡る夜には総勢30人ほどの人員が周囲を囲んでいるのである。



 そしてそれから数日が過ぎた頃。ふとローレスカヤが漏らした言葉が、ラウラに衝撃を与えた。ようやく長々しい伽が終わり、間もなく解放されるという時宜であった。



「全く、こんな良い妾を与えてもらえて、余は果報者であるな。ロサナリア公爵の推挙に従って正解であった」


「……ロサナリア公爵、でございますか?」



 ラウラは頭にカッと血が上るのを感じた。グレーテの父親が、ラウラの公妾任命を後押ししたというのか。



「最初は既婚の者から選ぶはずであったが、ロサナリア公爵が未亡人でもよいではないかと、議会に勅書を下達するよう勧めてくれたのだ。お陰でお前が手に入った。褒美を取らせてやらねばならぬな」


「さようでございますか」



 ラウラは声が震えないようにするだけで精いっぱいだった。怒りで指先が冷たくなる。セミルからラウラを引き離すために、国王の発言力を使って候補の再考を議会にねじこんだのだ。そしてその裏では、間違いなくグレーテが手を引いている。



「うむ、お前の息子を後見する案も、ロサナリア公爵が知恵を出したのだぞ。うんと年上の男が好きだというのも、公爵から聞いた話だ、ははは」



 国王が、白髪交じりの薄い頭髪を撫でつけながら、ごてごてと模様の入ったガウンを羽織る。やがて枕もとのベルを鳴らすと、護衛や侍従たちが入室してきた。王宮へ帰還する合図である。警備の都合上、彼がここで朝まで過ごさない事にラウラは心底感謝した。今夜は平常心でいられる自信がない。



 グレーテがラウラを敵対視する理由は、良くわかっている。セミルを誑かした毒婦だと思っているからだ。しかし誓って彼とは男女の情を交わしていないし、仕事の面では躍進の支えになっている。毒殺されそうになったり、望まぬ男の妾にされたり、そんな仕打ちを受ける理由などないのである。




 ラウラは怒りに震えながら、ある決心を固めた。セミルの妻だからこそ、カラバフ公爵家に悪影響が出ないようにと耐えてきたが、もはや限界である。前回のお灸は効き目が弱かったようなので、今度はもっと、金輪際こちらに関われないような罰を与えてやらねばなるまい。


 そのためには、ロサナリア公爵を抑え込むほどの力が必要だ。ラウラは国王ローレスカヤ・バクリアニを篭絡することにした。彼らが使った権力で、今度は自分たちが血を流す番である。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高に面白いです! ラウラ〜がんばれ〜!! [一言] 世界観が緻密で夢中になって読みました。
[一言] ラウラ、頑張って・゜・(つД`)・゜・!!
[一言] 色に狂って数日公務放ったらかしとか現状は愚王としか思えない。 今のところはラウラが1敗だけど、国王が今後公私共に玩具にされると思うと憐れみを誘う。 その内ラウラも「私の時代が来た」とか言うの…
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