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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第六章 薔薇の宮の囚われ姫
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第一話/ 青天の霹靂



 お披露目パーティーでの大騒ぎの後、グレーテは再び実家へ戻った。世間の噂が悉く彼女に好意的ではなく、夫を謀ろうとした悪女として噂になってしまったからだ。それは即ち彼女がこれまでに行ってきた、様々な無礼や横暴のしっぺ返しでもある。


 生まれた赤ん坊は相変わらずセミルの子だと主張しているが、もはや誰もそんな事は信じない。証拠がないから離縁できないとしても、この先グレーテは一生表舞台で大きな顔はできないだろう。そのうち勝手に自滅してくれるのを、カラバフ公爵家は待つことにした。



 しかしこのことで、バクリアニ王国二大勢力と言われている、カラバフ公爵家とロサナリア公爵家が対立してしまったことは、国にとっても頭の痛いことであった。両家は先代から親しく交誼を結んでいただけに、今後はどちらの勢力に加担するかで貴族院は大きく揺れていた。






 そして、ラウラにとっても人生の岐路となる事件が起こった。ある朝、王室紋章のついた手紙が、バクリアニ王宮からハルシュカ家へ恭しく届けられたのが、事の始まりであった。その手紙には、ラウラとロットレング子爵夫妻へ向け、王宮へ参内するよう書かれてあった。



「どういうことなのだ、私には意味がわからんぞ。いったい、どうしてこんな事に」



 ユーリが狼狽えるのも無理はない。その手紙には、このような文言が書かれていたのだ。



 ――貴殿の嫡女アリエタ・ハルシュカ様におかれましては、バクリアニ王宮に設けられる「薔薇(そうび)宮」にお迎え致したく――



 それは、兼ねてから国を挙げて話題になっていた国王の公妾が、ラウラに決定したということであった。それを知らされた時、ラウラ自身も意味がわからなかった。確かに二人の健康な男児の母ではあるが、自分は既婚者ではなく未亡人である。これから婿を迎えて子爵家を相続せねばならない立場にあるのに、なぜ白羽の矢が立ってしまったのか。その謎は、王宮の応接間で本件の総指揮官である宰相と面会した時に解けた。



「お久しぶりでございます」



 ラウラは義父母とともに、入室してきた宰相に貴族の礼を取った。宰相閣下とは、彼の母親であるリヴォフ夫人の葬儀で会って以来だ。まさか、こんな状況で再会するとは思わなかったが、それは先方も同じだったようである。



「わざわざお運びいただき恐縮です。さぞ、驚かれただろうと思います」


「宰相閣下、いったいなぜ未亡人である娘が、公妾に選ばれることになったのでしょうか。子爵家には他に嫡子がおりませんゆえ、相続が叶わなくなってしまいます」


「実は、国王陛下の強いご要望があったのです」



 宰相によれば、デビュタントの折に儀礼として謁見したラウラを国王が見初めたそうだ。その当時は公妾制度がなかったので、記憶にとどめるだけに終わったが、いざ公妾の候補者を選出する段になって、王室の方から何度か勅書が下された。


 そうなると貴族院でもこれを無視するわけにはいかない。他にも何人か候補者はいたが、国王の子を授かるのが目的であるだけに、ここは本人の要望を重視した方が成功率が高いという流れになり、正式に法案として可決されたということだった。



「相続の件に関しても、陛下のお取り計らいがございます」



 ラウラが国王の公妾である以上、貴族間で婚姻を交わすことは、相手の世間体を考えれば事実上不可能である。そこで、長男のスウェンを現子爵の後継者として立て、成人までは国王が後見にあたる。これは破格の待遇であり、しかも譲位時には子爵から伯爵に陞爵されるというから、子爵は飛び上がらんばかりに喜んだ。



「なんという誉でございましょう、ありがたき幸せ! 我が娘、ならびにロットレング子爵家一同、国王陛下に身命を捧げて尽くすことをお約束いたします」



 ラウラはこの間、ひとことも喋らず茫然としていた。ようやく落ち着いて暮らせると思った矢先に、またもや運命の激流に飲み込まれてしまった。公妾になれば、気軽に子どもたちに会うことも、温泉や菓子の仕事に携わることもできなくなる。自由を奪われることが、ラウラはいちばん恐ろしかった。



 しかし、国王の要望で貴族院が可決した法案に、一介の子爵令嬢が異議を唱えることは許されない。唇をぎゅっと引き結び、ラウラは宰相に恭しく頭を下げた。



「謹んで、お受け致します」






 その日から遡ること約1週間。セミル・ブライガは絶望のどん底にいた。先ほど、顧問会から発表があった内容に打ちのめされていたのだ。顧問会とは貴族院の上院の中でも、高位貴族で占められる審議会で、国の重要案件や王室に関する法案決定を行う、バクリアニ王国の最高審議機関である。



 その顧問会が数カ月に渡り、国王の公妾を選出していることは知っていた。しかし、さきほど耳にした決定内容を聞いたときは、揶揄われているのではないかと思った。



「国王陛下の公妾が決定した。ロットレング子爵家嫡女、アリエタ・ハルシュカ様である」



 アリエタはラウラの貴族名である。まさか他にもアリエタ・ハルシュカがいるのではないかと一瞬思ったが、はっきりとロットレング子爵家と聞こえた。間違いなくラウラのことである。自分が長年に渡って想いを寄せ、近い将来には求婚しようと考えている女性が、国王に捧げられてしまうなど、そんな展開をセミルは予想だにしなかった。



 しかも残酷なことに、薔薇宮の管理と護衛の監督官を、宰相から任命されてしまったのだ。国内で初の制度だけに、頭の古い年寄り連中には手が負えないからである。こうしてセミルは、新たに宰相の直属として役職を得た。政治家の立場からはまぎれもない栄典である。しかしセミルの心は晴れなかった。王の所有物となったラウラを、間近で見なくてはいけない。






 しかしそんなセミルの嘆きを余所に、ラウラは実に逞しかった。公妾制度の詳細な条項については、諸外国の側室制度を参考にしながら、運用の中で独自の規則を固めていくことで議会承認が下りていたのだが、事前に条件のすり合わせを行いたいと、ラウラの方から宰相に申し入れがあった。


 なんとラウラは公妾になるにあたり、絶対に譲れない条件を列記し、議会承認を通してほしいと陳情してきたのである。宰相はリヴォフ夫人からラウラの人物像を聞いていたし、セミルも普段から付き合いがあるので驚きはしなかったが、子爵令嬢が国の最高機関を相手に渡り合うなど、普通に考えれば尋常ではない。



「私は、国王陛下のお子を授かるために召し上げられますので、そのことに関しましては、誠心誠意お仕えしたいと思っております。ただ、それ以外に関しては、なるべく普通の生活を続けとうございます」



 薔薇宮へ移住しても、自分の子どもや家族に会えること、侍女たちを連れていくこと、その他も行動の自由は保障して欲しいという願いであった。これに対して宰相は、なるべく寛大に対処することを約束した。しかし、当然であるが全く今まで通りというわけにはいかない。



「もちろん、貴女は子爵令嬢としての権利を有します。ただし、薔薇宮は王宮内にあり、国王陛下がお渡りになるため厳重な警備が必要です。そのため、侍女も王宮の管理下に入ってもらいます。要するに、王宮内の行動規則に従っていただきたいのです」



 王宮の外へ出る時は承認が必要であり、行先も面会人も報告義務がある。また、その際は侍女だけでなく宮内の担当官と護衛も同行をする。これは、他国との間諜や謀反の企てを防ぐ策であり、王宮内に住まう王族から使用人まで、程度の差こそあれ必ず義務付けられているそうだ。



「そうであれば、私だけ勝手をするわけに参りませんね」


「ご理解いただき、ありがとうございます。あと、貴女の場合は常に国王の御子をご懐妊されているかもしれないという前提で、いくつか禁止事項がございます」



 他の男性と通じることは言うまでもなく、飲酒、喫煙、激しい運動もご法度。薬を服用する際は、御殿医が内容を確認する。その他、食事の毒見や定期的な診察があり、外泊および旅行も控えることなど、要するに基本的には大人しく王宮内で過ごして欲しいが、ある程度の自由行動は監視付きで認められている、という内容であった。




「窮屈で死んでしまいそうだわ」



 王宮から帰る馬車の中、ラウラはリーザとドロテに不平を漏らした。恐らく王室は自分を籠の鳥にしてしまうつもりだろう。しかし、彼らが捕らえたのは小鳥の姿をした鷹である。せいぜい目玉をくりぬかれないよう、気を付けておくことだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] またセミル君の脳が破壊されてる…。NTR属性に目覚めれば楽になれるよホラ ラウラは籠の中でも平穏じゃないでしょうね。出る杭は打たれるもの、例え杭の方に出る気が無くても。だがその杭には反応…
[良い点] おっかしいなー……ラウラが王様になる未来しか見えないぞ?
[一言] いつも素晴らしい更新をありがとうございます! 毎回ワクワクしながら拝読しております。 今回はグレーテのザマァと、 最後の一文の、 『彼らが捕らえたのは小鳥の姿をした鷹である。せいぜい目玉をく…
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