第八話/ ロサナリア公爵家の奸計
王都に華々しく開店した、菓子と喫茶の「ロットレング・カフェ」は、連日長蛇の列であった。基本的に貴族の家からは、事前に予約を受けて使用人が受け取りに来るのだが、甘藷の菓子は値段がさほど高くないため、庶民も気軽に買いに来る。その列が引も切らないのだ。
「あまりに売れ行きがいいと、すぐに飽きられてしまうのではないかと、恐ろしくなります」
弱気な発言をするのは、責任者のニールである。彼は薬湯店でよい働きをしていた若手で、今回は新店舗の店主として大抜擢した。経験は何より成長の糧となる。ニールは少し慎重すぎるが数字に抜群に強いので、きっとこの人気店を几帳面に切り盛りしてくれるはずだ。
「あら、ちゃんと先のことも考えてるわよ。定番のパイやガレットは贈答品になるし、季節に応じて限定品も出すわ。女って、今だけ特別って言葉に弱いのよ」
カフェでは日替わりの生菓子も提供する。甘藷のプディングやスフレ、揚げたて熱々の飴がけ甘藷などは、カフェでないと食べられないため、それを目当てに貴婦人たちが殺到している。
ティティの医学校は、既に50名ほどの医療者を世に出した。全て孤児だった者たちである。薬学に優れた者は、ロットレング薬湯店の調剤師に。医学を極めた者は、救済院の医師に。病人の世話が得意な者は看護師に。それぞれが得意分野で活躍している。
そしてロットレング領の広大な薬草園でも、医学校出身の農業研究者たちが、生薬素材や新種の野菜を作ってくれている。今後そのような孤児たちの力は、さらにバクリアニ王国全土に広がり、民の健康を支えてくれるだろう。
ラウラがロットレング領に来た頃は、帳簿の読み方さえ知らなかった義父も、10年の経験で経営の基礎がわかってきたようだ。ありがたいことに二人の家令が優秀なので、少しくらいの横波では領地経営が傾くことはないはずである。
子どもたちもすくすくと育っている。やはりエイデンは思ったとおり、ラウラにそっくりの顔立ちをしていて、女の子と間違われることが多い。長女のターニャは頭脳明晰、長男のスウェンはアレンに似てやや見えっ張りなのが心配だが、心優しい良い子である。
未亡人となって生活が一変したラウラであったが、王都にいたころよりも心穏やかな日々を過ごしていた。唯一、先日のセミルの告白には驚かされたものの、現実を鑑みれば夢物語に近いものである。
そのうち義父が見繕った再婚相手と、この田舎で静かに生きていくことになるに違いない。まさに幼いころ、自分が望んだ生活である。温泉と薬草園を切り盛りしながら、たまにシャオ家の皆と会い、淡々と年を取るのも悪くない。ラウラの心は満ち足りていた。
一方、王都にほど近いカラバフ領では、密やかな嵐が近づいていた。ロサナリア公爵家に蟄居しているはずのグレーテが、第二子を身ごもったのである。
「セミルよ、本当に覚えがないのだな?」
「神に誓って、ございません。別々に暮らしているのですよ。空から降って来たとでも言うのでしょうか」
ラウラに対する毒殺疑惑で、グレーテは実家であるロサナリア公爵領で謹慎していた。その彼女が妊娠したというのだ。確かにセミルは月に一度程度は、妻と子の顔を見に儀礼的な訪問はしていたが、夕食を共にする程度で同衾は避けていた。
カラバフ公爵家の妻に相応しい教育を施す、という名目で実家に帰した意味は、改心しないなら離縁するぞということである。様子見の時期なのに、迂闊に子作りなどするわけがない。セミルはできれば離縁を望んでいるのだ。
「婚姻中に生まれた子は、例え不義の子であっても続柄は夫の嫡子となる。そして妻が身ごもっている間、および子を産んで2年間は離縁できない」
セミルの父、カラバフ公爵がバクリアニ法を諳んじる。この法律を盾にとって、グレーテは離縁を回避しようとしているらしい。公爵家の書斎で人払いをし、数日前に届いた手紙を睨みつけながら、二人は対応策を練っていた。しかし、こんな無茶なやり口に、良策など出ようはずがない。
「ロサナリア公爵も、グレーテも、確信犯なのでしょうね」
「ああ、恐らくは狂言だろう。子ができたと言えば、丸く収まると思っておるのだ。放っておけば、そのうち泣いて謝ってくる」
「そうですね。もし本当に身ごもっているとすれば、夫以外の男との姦通ですから、離縁どころか貴族院の法廷で裁かれます。いくらグレーテでも、そこまで馬鹿ではないでしょう」
しかし彼らの予想に反し、グレーテは本当に身ごもっていた。すぐさま両家で話し合いが持たれたが、グレーテはセミルの子だと言い張って譲らなかった。
「ひどいですわ、セミル様。私が貴方を裏切ったと仰りたいのですね。愛する貴方のために、お腹を痛めて産むつもりですのに」
「セミル、娘を貶めるのもいい加減にしてくれ。君の子に決まっているだろう!」
ロサナリア公爵が、顔を真っ赤にして怒声をあげた。謀りの主犯でありながら、悪びれた様子もないところは、娘のグレーテそっくりだ。さもありなん、彼こそがグレーテを甘やかし、増長させた張本人である。
彼らはカラバフ公爵家の言い分を一蹴すると、親族や高位貴族に懐妊の報せを出した。困ったことに、国を代表する二大公爵家の慶福ということで、もし生まれた子が嫡男なら国王から短剣が下賜されるそうだ。計画的に外堀を固められてしまい、カラバフ公爵家はもはや引っ込みがつかなくなった。
その数日後、セミルはロットレング領を訪れていた。親友の墓参りにかこつけて、彼の女神であるラウラの啓示を賜るためにである。セミルはラウラに伴われて墓地へ向かいながら、グレーテの懐妊騒ぎについて嘆いた。今度ばかりは、さすがに参っているようである。公爵家の嫡子が姦通の子では、相続させるわけにはいかない。さりとて自分の子でない証拠もない。しかしラウラは、あっさりと解決法を見出してしまった。
「では、本当の父親に出てきてもらいましょう」
「それは無理でしょう。恐らく私に姿が似た男を雇って、子を孕んだのだと思います。そんな雇われ男が、のこのこと出てくるわけがない」
「あら、別に本物でなくても構いませんのよ。私、良い手を思いつきましたわ」
セミルは半信半疑のまま、ラウラの策を持ち帰った。そして、グレーテが子を産んで約1カ月後、カラバフ公爵の王都の屋敷で行われたお披露目パーティーで、それは実行された。
「グレーテ様! 嗚呼、私の愛しい人! 貴女と私の愛の結晶を、この手に抱くために参ったのです!」
大広間に乱入し、大仰な仕草でグレーテに愛を叫ぶ男の姿を見て、招待客は仰天した。さきほど皆の前でお披露目された赤ん坊が、その男と瓜二つだったからである。騒然となる招待客の目前で、男は侍従たちに捕らえられ、大声でわめきながら退場させられた。
「グレーテ様! 身分が私たちを引き離しても愛しています! その子を見るたび、どうぞ私のことを思い出してください!」
グレーテは無実を叫んで泣きわめき、ロサナリア公爵は憤怒で我を忘れ、カラバフ公爵は招待客の騒ぎを鎮火するために奔走する。そしてセミルはがっくりと項垂れ、裏切られた夫の悲哀を演じた。カラバフ公爵とセミルは芝居であるが、ここまでやれば、噂は枯草に燃え移った火の粉のように広まるはずだ。
種を明かせば、乱入した男はオヴェーリスである。ラウラから突然呼び出された彼は、何か罰を受けるのだろうかと怯えていたが、いざ貴族の前で大芝居を打つという筋書きを知らされた途端、大乗り気になった。人を実際に欺く芝居ができるなど、役者冥利に尽きるではないか。
オヴェーリスは、赤ん坊の髪色そっくりの巻き毛のカツラを着け、顔立ちを似せた化粧をした。その仕上がりは、さすが国立劇場の舞台に立つ役者である。誰が見てもセミルより彼が本当の父親に見えた。
なお、オヴェーリスを退場させた侍従たちや、「奥さまおかわいそうに」と目尻に涙をためて、人妻の許されぬ恋を「うっかり」招待客の近くで嘆いて回った侍女たちも、芝居の一部である。
つまりはカラバフ公爵家一同で、ロサナリア公爵家を罠にかけた恰好になる。使用人たちに協力を呼びかけた時、誰もが快く受けてくれたことにセミルは驚いた。しかし侍従長の声が全てを表していた。
「失礼を承知で申し上げます、セミル様。この屋敷の使用人は、皆グレーテ様に仕返しがしたい者ばかりでございます」
それは、この筋書きを描いたラウラも計算の上だった。何より自分自身が、グレーテには命を狙われた恨みがある。悋気を拗らせた可愛い悪戯ならば看過するが、あの女は貴族社会から抹殺せねば気が済まない。そう思っていたのは、きっとラウラだけではないはずである。
第五章 完




