第五話/ 煌びやかな殺意
グレーテ・ブライガからの手紙を受け取り、ラウラはひととき思案した。
「よろしくないお誘いに、決まってるわよね」
「何を企んでいるんでしょうね」
ドロテもラウラに賛同してため息をついた。なんと、グレーテから茶会に招待されてしまったのだ。
茶会の誘いが珍しいわけではない。むしろサロンの人気が出てからは、ラウラは引く手数多である。しかしグレーテに限って言えば、高位の貴族としか付き合わないため、子爵家の未亡人なんぞに用はないはずだ。第一、ラウラのことは嫌いなはずだったのでないか。
今回ばかりは、ラウラも相手の真意を測りかねていた。どうせろくでもない企みをしているので行きたくはないが、公爵家の招待を断るわけにはいかない。
セミルに相談しようかとも思ったが、問題が大きくなりそうなので、黙っておくことにした。ラウラは仕方なく「喜んでお伺いする」旨を返信し、外出の支度をした。
「馬車を呼んで来てちょうだい。宝飾店に行くわ」
その翌週、ラウラはブライガ家の応接間で、錚々たる御婦人方に囲まれていた。いずれも高位貴族、名家の奥様やお嬢様である。ブライガ家のタウンハウスは貴族街の静かな通りにあり、さすがに名門だけあって重厚で品格ある設えだった。その中で煌びやかに飾り立てたグレーテが、一種異様に浮いて見えた。
「ようこそ、おいでくださいました。私、お茶会に子爵家の方をお招きするのは初めてですのよ」
「グレーテ様、そう仰ってはアリエタ様がお気の毒ですわ」
「あら、ごめんなさい。珍しかっただけですの。立場上、あまりお話する機会のない方々ですから」
早速、座るなり真綿に包んだ毒針が飛んできた。しかし予想の範疇だ。こういう程度の低い嫌がらせは、にっこり笑ってやり過ごすに限る。
「お招きありがとうございます。ご立派な皆様の末席に加えて頂き、恐縮しております」
全く動揺しないラウラの様子に、グレーテは内心で苛立った。人の夫を誘惑しておきながら、よくも平気な顔でいられるものだ。その昔、夫が大切に育てていた薔薇と同じ赤銅色の髪を見ると、どす黒い憎しみが胸の奥で渦巻く。その怒りが言葉になってラウラに投げつけられた。
「ハルシュカ卿のことは、改めましてお悔やみ申し上げますわ」
「恐れ入ります」
「お寂しいのではなくて? 次のお相手を物色しておられると、もっぱらの噂ですけれど」
それを聞いて、ラウラは呼ばれた理由がわかった。なるほど、セミルの事を問いただす私的裁判なのか。
あくまでもセミルとは、亡き義兄の友人としての付き合いだし、ラウラの提案を実行して褒章が得られたのだから、礼を言ってもらいたいくらいなのだが、グレーテには何を言っても無駄だろう。ラウラは慎重に言葉を選んだ。
「そんな噂があるのですか? 確かに私はハルシュカ家を相続しますので、いずれは養子を迎える必要がありますが……」
参加者を眺め渡す。意地の悪い微笑みを湛え、ラウラがどう切り返すか見物しているのだろうが、こちらの役者が一枚上手である。
「何ぶん喪中でございますので、領地に引き込んでおりまして、先週こちらへ帰ってきたばかりなのです。そんな噂が立っているなど、存じませんでしたわ」
嘘ではない。セミルと王都で会ったのは先月だが、その後一旦領地に帰って、先週帰ってきたのだ。しかし聞いている者たちは、ずっとラウラがロットレング領にいたと思うはずだ。
「でも、ラウラ様らしき方をお見かけしたと聞いたのですけれど? 喪服をお召しだったとかで」
グレーテがちらりと一人の婦人に視線をやった。なるほど、その女が密告者か。恐らく、セミルとラウラが馬車に相乗りしている所でも目撃したのだろう。日数的にも辻褄が合う。ラウラは下衆な探りに気づかないふりをして、無邪気な笑顔で答えた。
「あらまあ、今の時期の王都は、どこもかしこも喪服の婦人ばかりですものね。あれだけ菊熱で人が亡くなったのですから。誰かと見間違われても仕方がありませんわ」
グレーテは返す言葉がなく、話はそこで立ち消えになった。それ以上追求する証拠を持たないということだ。全くもって甘すぎる。もしも仕掛けてくるのなら、とどめを刺すまでの筋書きが出来ていなければいけない。
やがて最初に出た小さなサンドイッチの皿が下げられ、次の堅焼きビスケットに合わせて、新しいお茶が淹れられた。ラウラがある違和感に気づいたのは、その時である。
先ほどまで執事がお茶を淹れていたが、若い女中に交代した。そして目の前に置かれたティーセットも何だか変だ。よく観察すると違和感の原因がスプーンであることに気づいた。銀ではなくて木のスプーンなのだ。細かな彫刻が施されているにしても、大貴族が使うようなものではない。
――これは、罠である。
直感的にラウラは感じ取り、周囲の変化を見逃さないよう細心の注意を払った。やがてラウラの前のカップに茶が注がれたとき、それは起こった。
「し、失礼いたしました」
女中がソーサーに茶をこぼしてしまったのだ。訓練された人間であれば、そうそう失敗するような作業ではないし、動きが少しおかしかった。まるでわざとやったような、ぎこちない感じがしたのだ。
「すぐお取替えいたします」
そう言って女中はテーブルを片付け、すでに茶の入ったカップとソーサーを持ってきた。なるほど、皆とは違うものを飲ませるための粗相であったか。なんと稚拙な手だろう。ラウラは前髪をそっと触ると、大輪の花のような笑顔を女中に向けた。
「ありがとう」
「いっ、いえ、あの、失礼いたしました」
そこで皆が一斉にカップを手に取り、ラウラもそれに倣った。グレーテが横目で、じっとこちらを凝視している。その次の瞬間、チャリンという金属質な音がテーブルに響いた。
「まあ失礼、ヘアピンが落ちてしまいましたわ」
ラウラの前髪を止めていたピンが、カップの中に落ちた。そして、それは見る見るどす黒く変色し、ラウラの悲鳴が公爵家の応接間に響いた。出席者、使用人の耳目がラウラに集まる。
「どうなさいまして?」
隣にいた婦人が、ラウラの方を覗き込む。ラウラは震えながらカップを指差し、かすれる声を絞り出した。迫真の演技である。
「ピンが……、ピンが黒く……」
両隣の婦人たちがカップを覗き込み、目を見開いて悲鳴を上げた。銀の変色は砒素の混入が疑われる。スプーンが木製だったのは、飲む前に毒が発覚することを防ぐためだ。こういうこともあろうかと、ゆるめたピンを宝飾店に発注しておいてよかった。しかし茶会で毒を盛るとは。あまりの浅はかさにラウラは呆れて頭が痛くなった。
この事件は出席者に箝口令が敷かれたにも関わらず、数日後に一部始終が「ロサナリア公爵家の毒殺事件」として王都を駆け巡ることになった。きっとグレーテはこういう顛末を予想していなかっただろう。お喋りな友人を招いたことをせいぜい後悔することだ。
ラウラは茶会の後、気分が悪くなった振りをして公爵家を辞去したが、翌日カラバフ公爵とセミルが、見事な薔薇の花束を持って謝罪と見舞いに訪れた。やはりラウラの茶に砒素が入っていたらしい。公爵は青ざめているし、セミルは泣きそうだった。当然である、公爵家の「誰か」が客人を毒殺しようとしたのだ。
「どうぞ、顔をお上げになってくださいませ。確かに驚きはしましたが、私は何ともなかったのですから」
「いえ、そういうわけには参りません。ラウラ様は偶然に助かっただけで、ブライガ家の誰かが貴女を亡き者にしようとしたことは事実です」
あの日、貴族院に出仕していた公爵とセミルは、事件を知って自宅に飛び戻り、状況検分や関係者の取り調べをした。茶は処分されカップも捨てられていたが、割れた破片から砒素の反応が出た。状況的に疑われるのは女中だが、公爵もセミルもそこまで馬鹿ではない。怯えて泣きわめく女中には、ラウラを殺す動機がないのだ。誰かに頼まれたと思うほかない。
「誰の差し金だ? 正直に話してみろ」
そう聞いてみたが、首を振るだけで答えない。セミルはほぼ確実にグレーテの仕業だと考えていたが、証拠がなくては追及もできない。それを知ってか、本人もけろりとしたものだ。
「突然アリエタ様が大きなお声をお出しになって。私びっくりしましたわ。きっと、あの女中がやったのです。何か意地の悪いことでも言われて、恨みがあったのでしょう」
恨みがあるのはお前だろう、と思ったが、セミルは深追いしなかった。近日中にカラバフ公爵、セミル、ロサナリア公爵で三者会議を開くことにしている。本当なら貴族に対する殺人未遂なので、貴族院にある治安判事法廷で裁判が行われるが、できれば大ごとにしたくないというのが彼らの考えであった。
すでに穏やかならぬ噂が流れ始めて、名家の威信に傷がつく恐れがある。公爵たちも腹を立てていたが、それ以上にセミルの怒りは頂点を極めていた。崇拝するラウラが殺されかけたのだ。このことに関しては、独自に調査を進めている。謝罪に訪れた際、ラウラの言葉に真犯人を炙りだす示唆を感じ取っていたからだ。




