第八話/ 流刑
それから2週間ほど経ち、ラウラの王都滞在も残りわずかになった。リヴォフ夫人がどんなお礼状を書いたのかは知らないが、セミルからの接触はぴたりと止まっている。お陰でラウラは自由に王都を見て回り、きれいなブローチを買ったり、流行の形の帽子を注文したり、街の暮らしを満喫した。
気の進まないお茶会にも、何度か出席した。既にエミナとのことは王都中の貴族令嬢に広まっていたが、そこは上流階級の嗜みである。皆、表面上は何事もなかったように過ごしていた。
そんなある日、ラウラ宛の招待状がリヴォフ夫人宅に届いた。差出人はセーダという伯爵令嬢で、茶会で何度か見かけたことがある。エミナの取り巻きの一人だが、ラウラとはほとんど話をしたことがない。
「お茶会だそうです。でも、この方あまり存じ上げませんわ。なんで私をお招きになるのかしら」
自宅で行う茶会は、ごく近しい者同士で行われることが多い。なぜ新参者のラウラを誘うのだろうか。
「それだけ、貴女に興味を持つ人が増えたのかもしれませんね。ああ、この伯爵家なら知っています。真面目だけが取り柄の男が当主ですよ」
リヴォフ夫人の貴族評価はろくなものではない。しかし、娘も確かに真面目そうな印象だった。特にこの日は予定もないし、他の貴族の家を覗いてみるのも良かろう。そう思ってラウラは、お招きに応じる旨の手紙をリーザに託けた。
「ごめんなさい、お報せが間に合わなくて。急なことで、慌てていたのですわ」
玄関口に自ら出てきたセーダは、女中をどこかへ押しやって、後ろ手でドアを閉めた。招いた客に対して、非常に無礼な態度であるが、それ以上に様子がおかしい。
「お医者さまは、ゆっくり休めば大丈夫とは言って下さったのですが」
「そういうことでしたら、仕方がありませんわ。どうぞお気になさらないでくださいませ。お母さまにもお見舞いを申し上げます」
「ごめんなさいね、本当に」
この日、ラウラが伯爵家を訪ねると「母親の具合が悪く、今日の茶会は中止にしたい」ということだった。それ自体はおかしなことではないが、通常は王都にいる貴族であれば、使用人を使って手紙を届けるため、1時間もあれば連絡が取れる。セーダはそれをしなかったし、ラウラたちを玄関ホールにさえ案内しなかった。そしてあの真っ青な顔色と震える声。
「胡散臭いこと、この上なしね」
ラウラがそう言うと、リーザとドロテも頷いた。そんな猿芝居に騙される彼女たちではない。想定される様々な罠を思いめぐらし、ラウラはてきぱきと指示を出した。
数分後、ラウラたちを乗せてきたリヴォフ家の馬車は、数人の破落戸に取り囲まれていた。御者は慌てて進行方向を変えようとしたが、男たちは力づくで扉を開け、中に乗っている令嬢を引きずり出そうとした。しかし、中はもぬけの殻であった。
「どうなってんだ! 中に女がいるはずだろう!」
男たちは怒り狂って御者を問い詰めた。彼らは伯爵邸からリヴォフ家のタウンハウスまでの道のりで、最も寂れた場所を選んで馬車を襲撃した。それを予測したラウラたちは、最初から乗っていなかったのだ。
「くそっ、やられた!」
その頃ラウラたちは、リーザが大通りでつかまえて来た辻馬車に乗っていた。もし襲われるとしたら、住宅街ではなく人目につかない場所だ。セーダのあの様子であれば、恐らく帰り道の途中で待ち伏せされているだろう。そこで、ラウラはリヴォフ家の馬車を空のまま帰宅させ、自分たちは遠回りをして辻馬車で帰ることにしたのだ。
帰宅後、御者から話を聞くと、思った通り襲撃されていた。ラウラを辱めて、二度と社交の場に出られなくするつもりだったと思われる。誰がやったかは、見当がつく。ラウラは御者に銀貨を何枚かやって口止めをし、自室に戻った。
今回のことは、リヴォフ夫人には言わない。公爵未亡人の馬車が襲われたのだ。もし公になれば、セレフツィ公爵家が出張る大ごとに発展してしまう。それはラウラの本意ではなかった。
しかし、馬鹿なことをした本人には、しっかり罰を受けてもらおう。嫌味を言われるくらいなら受け流しておけば良いが、ちょっとこれは洒落にならない。しかも、自分の取り巻きを利用したことがラウラは気に食わなかった。自分についてくれる人間なら、身を挺して守るのが上に立つ者の務めであろう。
「悪い芽は、摘んでおかないといけないわね」
ラウラは冷たく笑った。彼女が腹の底から怒っているときの、非常によろしくない危険信号である。
それから数日後、ある劇場で人気の芝居が行われた。社交シーズンの劇場は、文化的な素養のある貴族のたまり場である。芝居好きなエミナも、ここぞとばかりにお洒落をして出かけていたが、特に自慢はハンドバッグであった。高名な作家が作った一点物で「非常に高価で稀少な品である」と、折に触れては吹聴していた。
そのハンドバッグを、スリの少年が奪って走って行った。劇場から出て、馬車回しへ向かうまでの一瞬である。浮かれてぼんやりしている貴族は、彼らにとって格好の獲物なのだ。
「あっ、私のバッグが!」
侍女が追いかけたが、追い付くわけもない。エミナは泣きながら帰宅し、翌日以降もハンドバッグを盗まれた悲劇を、多くの仲間に語って聞かせた。父である辺境伯も盗難を自警団や教会に届けたので、高価なバッグが盗まれた情報は、王都の貴族の共有するところとなった。
しかし数日後、そのバッグが街の有名なカフェのテーブルに置かれていたのである。日中、富裕層の女性で満杯の店内である。当然のように誰かがバッグを見て、それがエミナのものではないかと騒ぎ出した。
「ねえ、これは辺境伯のご令嬢の盗まれたバッグではなくて?」
「似ているものかもしれないわ、中身を確かめてみては?」
二人の娘がさっさとバッグを調べ始めた。周囲を客が取り囲み、それを興味深げに見守る。バッグの中からは、口紅や鏡など、女性の持ち物があれこれと出てきた。
「まあ、これは何かしら」
娘の一人が、紙に包まれた何かをしげしげと見ている。すると、店の奥にいた中年の女性がそれを止めた。
「若いお嬢さまが、そんなものを触ってはいけません!」
「まあ、これは何ですの?」
「キリスの葉です。赤ん坊ができないように飲んだり、堕胎に使うものですよ」
店中が、悲鳴に包まれた。その後、貴族社会はもちろん町の一般市民にまで、辺境伯令嬢のバッグから堕胎薬が出てきたという醜聞が、瞬く間に広がった。
バクリアニ王国では、未婚女性の姦通は許されていない。ましてや間もなく王宮でデビューを飾る予定の伯爵令嬢となれば、家名を揺るがす大事件である。慣例により、貴族の裁きに関しては内密理にバクリアニ教会の枢機卿が行う。辺境伯夫妻とエミナも、大聖堂の特別室に呼ばれて聞き取りをされた。
「このハンドバッグは、エミナ嬢のものだということは、間違いないですね」
「わかりません、もしかしたら他に持っている人がいるかもしれませんわ」
「作った職人は、この世にひとつしかないと言っています」
枢機卿の声は穏やかだが、まるで死刑宣告のように思えて、エミナはめそめそと泣きだした。辺境伯がたまらず助け舟を出す。
「盗んだ者が、中身を入れたということも考えられます」
「しかし、宝石のついた鏡や銀細工の扇子などが盗られていません。逃走の際に落としたと考えるのが自然でしょう。そうなると、最初から堕胎薬が入っていたということになります」
「私は! 私はそんなの持ってません!」
とうとうエミナは半狂乱になった。こんな醜聞が広まってしまえば、もう王都にはいられない。
「今回は、貴女のものであるという証明も、そうでないという証明もできません。疑わしきは罰せずと言いますので、しばらく領地で静かにお過ごしなさい」
事実上の謹慎処分である。あと数日に迫った王宮舞踏会はもちろん、噂が鎮まるまではどんな社交の場にも出られないことは確実だ。エミナはがっくりと項垂れた。
しかし、エミナに下った罰はそれだけではなかった。父親の辺境伯は、貴族院での発言権を守るため、エミナを隣国の貴族と縁組させてしまった。もうバクリアニ王国には帰って来るなと言うことだ。彼もまた、典型的な貴族思想の持主であった。
ちなみに、菓子店でバッグを開けた娘二人はリーザとドロテで、店の奥から出てきた女性は黒蝶館のアリーである。スリの少年は、金貨1枚で街一番の腕利きを雇った。
エミナが見に行った舞台よりよほど達者な芝居で、彼らはラウラの敵を討ったのだ。脚本はもちろん、ロットレング子爵令嬢ラウラ本人であることは言うまでもない。
第三章 完




