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公妾/maîtresse royales  作者: 水上栞
◆ 第三章 子爵令嬢、アリエタ・ハルシュカ
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第二話/ 暴かれた領地の闇



 ラウラがロットレング子爵令嬢になって半年ほど経ったころ、シャオ大老は彼岸へ旅立った。


 静かな夕暮れ時。沈む太陽に導かれるかのごとき、穏やかな最期であった。ここまで体が保ったのが奇跡というほど、病気は深く進行していたが、苦しまずに逝かせてやれたのが、残された者たちにとって、せめてもの救いだった。



「スーが、迎えに来た」



 それが、大老の最後の言葉である。スーとは大老の亡き奥方で、故郷の村の幼馴染であった。天秤棒を担いで、共に苦労をした糟糠の妻である。息子たちのことは、あの世に行っても気がかりだろうが、やっとまた夫婦で寄り添える。



「さようなら、お義父さま」



 ユマ国随一の商会を興し、近隣国でも成功を収めた稀代の商人は、こうして小さな薬草園の墓に葬られた。彼の死は公表せず、密やかに身内だけで弔われたが、それでも恩義を受けた人々が何人もやって来た。



 リヴォフ夫人はもとより、黒蝶館からマダムとアリー、そして商売仲間や銀行家、暖簾分けした番頭さん、中には裏稼業らしき者もいたが、皆が口を揃えてラウラに「大老から受けた恩があるので、何かあれば頼ってくれ」と言って帰って行った。


 きっとその言葉は、社交辞令ではなく本心である。ラウラは、彼の養女になって本当に幸せであった。たとえハルシュカ家の娘となっても、父と慕うのは生涯シャオ大老ひとりであろう。






 大老が亡くなったので、いよいよラウラは子爵領に移り住むことになった。そこで問題になるのが、ラウラが伴う侍女である。


 ハルシュカ家にも使用人はいるが、貴族の令嬢であれば専属の侍女が必要となる。本当ならリーザとドロテを伴うのが安心なのだが、彼女たちの身元を探られるとまずいことになる。


 それを解決したのが、リヴォフ夫人である。彼女は一旦、リーザとドロテをリヴォフ家に雇い入れ、そこから派遣する形でラウラの侍女にしてしまった。



「うちの使用人で、私が身元保証人であれば、文句はないでしょう」



 有無を言わせぬ、大貴族の力技である。ラウラをハルシュカ家に入れる計画をしている段階で、着々と準備をしていたのだろう。実に頼もしい後見人である。こうしてラウラは、ロットレング領の子爵家に住まいを移した。






 ハルシュカ夫妻は、息子が亡くなってからは二人ともふさぎ込んでいたので、ラウラが来てからしばらくは、珍しがってあれこれ構ってきたが、数カ月も経つ頃にはすっかり飽きたようで、せいぜい夕食を共にするくらいの付き合いになった。



 もとより、格好だけの親子関係である。他人の前で芝居をするのは疲れるし、話も合わない。取りあえず、2歳から療養所に行っていたことになっているため、全く家の内外を知らなくても、使用人から変に思われないのは助かった。これを利用して、ラウラは屋敷の中を探検した。


 元は分家の叔父が住んでいた家屋を受け継いだので、古くてあちこちガタがきている。それを誤魔化そうと、値打ちも定かでない骨董を置いたり、華美な額装の絵を飾ったりしているのが、いかにも田舎の貴族的であった。なお、その中にさりげなく紛れ込ませた赤毛の女性の絵は、リヴォフ夫人が知り合いの絵師に手配したものだ。



「遠縁の先祖に、貴女と同じ髪色の者がいた。そういうことにしておけば、子爵夫妻に似ていなくても血統の証明になります」



 バクリアニ王国は、血統にひどくこだわる。ハルシュカ家が養子を取らなかったのも、そのためだ。近隣国では、貴族間での養子縁組は当たり前のように行われている。しかしこの国では、血統至上主義である。特に王家は血の濃さにこだわり近親婚を繰り返しているため、成人までまともに育つ子が少ない。


 ハルシュカ家も4人の子が生まれたが、そのうち2人が乳幼児期に病死。長男は事故死で末娘は療養所だ。替え玉で家名を継ぐほど切羽詰まっていても、表向きは血縁を証明したいというのが、ラウラには理解しがたい貴族の思考であった。




「視察? お前がそうしたいのなら好きにすれば良いが、ロットレング領には森と麦畑くらいしかない。見て回っても面白いものなどないと思うがね」



 義父となったハルシュカ卿に、領地の視察をしたいと願い出ると、呆れたような返事が返ってきた。本来であれば、領主である彼が農村を視察したり、代官に目を光らせないといけないのだが、そう言うことは全て家令に任せてあるらしい。



「わからないことは、ダルーシャに聞きなさい。先代からうちに仕えている、優秀な男だ」



 それを聞いて、ラウラの中に何か嫌な感覚が生じた。まだそれを裏付ける証拠はないが、ラウラの直感が危険信号を発している。ラウラは一旦それを懐にしまい込み、少女らしい無邪気な笑みを浮かべた。こうして微笑むと、たいていの大人は騙されてくれる。



「まあ、お義父さま、お勉強ですわ。そのうち、誰かに領地について聞かれたとき、なるべく良い印象を持っていただきたいのです。だから、自分の目で確かめて、良いところをいっぱい見つけたくて」


「そうか、そうか。そういうことなら、大いに結構。お前も退屈だろうし、良い暇つぶしになるだろう。馬車を使いなさい」



 ラウラは心の中で舌を出した。この男は、悪人ではないが賢くない。悪いことを考える連中なら、きっと付け入るのも簡単だと思われる。おかしな虫に寄生されていなければいいが。


 実はラウラは、あることを不思議に思っていた。ロットレング領の収益は、主に小麦と林業に頼っている。麦の取引価格は毎年、出来高に合わせて国が決めているため、特に不作の年でもないのに赤字が出るはずがないのだ。


 しかし、ハルシュカ家の財政は下降線を辿っている。これが改善できない限り、また借金を抱えてしまうことになる。義父や義母の散財かと疑ってもみたが、その様子は見当たらない。何か別の原因があるはずだ。ラウラは定期的に領地を周りながら、自分なりの観察をしてみようと思った。






「ラウラ様、大当たりです」



 ドロテが息を弾ませて、ラウラの部屋へ入って来た。彼女は水車小屋の小僧から、決定的な証拠をつかんで来たのだ。この数カ月ラウラは、「療養先から戻り、見るもの聞くもの全てが物珍しい」という無邪気な子爵令嬢を演じ、領地について調べていた。すると、麦の集積所が怪しいことに気づいたのだ。




 農民が収穫した小麦は、国から決められた税率で代官が徴収を行う。それを各村の集積所で管理し、売却した金額がハルシュカ家の収益となる仕組みである。


 その集積所から、夜間に小麦を積んだ荷馬車が出ている。それは偶然、近所の分家で行われた食事会の帰り道に目にしたのだが、ラウラの直感が「あれを見逃すな」と呼び掛けた。そこで、すぐさまシャオ家に手紙を書いて調査を依頼した。



 ――ロットレング領から、小麦が他の領に売られています。卸元はシャラマン商会。小麦だけでなく、芋や木材なども同様に取引されています。念のため、ここ2年分の取引明細をお送りします。




 ヤンの調査は相変わらず見事であった。それだけに、ラウラは頭を抱えた。領主の資産である集積所の作物を、誰かが闇で売りさばいていたのだ。これは明らかな横領である。額にすれば、本来あるべき税収の約2割。赤字が出るのは当然だ。しかし、シャラマン商会とは一体何者なのか。



 それを教えてくれたのが、水車小屋の少年である。小麦を挽く仕事をしているため、集積所のことを良く知っている。ドロテはお菓子で手なづけて、少年の口を割らせた。



「シャラマン商会? 知ってるよ、おいらの兄貴が働いてるんだ。これは秘密なんだけどさ、あんたに特別に教えてやるよ。実は、親方のシャラマンさまは、領主さまの家令でいらっしゃる、ダルーシャさまの弟だよ」






 その翌日、ラウラは義父に遠乗りへ連れていけとねだった。退屈を持て余した娘が、領地のあちこちを見て回りたいのだろうと、周囲は微笑ましく思ったが、誰にも聞かれない場所で密談を行う必要がある、というのが本当の理由だ。


 そして、呑気に「ピクニックでもするか」と考えていたユーリ・ハルシュカは、その馬上でラウラから、絶望しそうな領地の腐敗を知らされることになった。




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[良い点] 早速の活躍ですね! この手の問題は根が深いってのが定番ですが! さあ家令はどうする! 楽しみです!
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