とある王様の始まり
0:目の前の広場には大勢の人がいて、これから話すことは拡声器を通してもっと多くの人に届く。その事実に歩みが止まった。
0:けれど、一秒、一秒だけ目を瞑り、想いをはせた。たったそれだけで、彼は再び歩き始め
0:そして、拡声器を手に取り、彼は――アルトは話し始めた。
アルト:「あー、その、こんな風に大勢の前で、改まって話すことなんて今までの人生でなくでさ、めっちゃ緊張してる。
アルト:手汗やべぇし、声が裏返らないように必死で、もう膝とかガックガク。
アルト:で、こんなみっともない状態になってまで話したいことっていうのは、申し訳ないけど、きっと、皆が思っているような大したことじゃなくて。」
0:そこまで言って、アルトは少しだけ息を吐き、大切な宝物を教えてくれる子供のように優しく楽しそうに喋りだした。
アルト:「・・・・・・俺さ、好きな人がいるんだ。
アルト:その人、変わっててさぁ。
アルト:いつもニコニコ笑っているし、分かりやすいバレバレの嘘つくし、奇跡的なドジだし、素直なのに変なところで意地っ張りだし、危なっかしくて、見ててハラハラドキドキが止まんなくて、全然飽きなくて
アルト:そんで・・・・・
アルト:そんで、優しくしても、その優しさが返ってくるわけじゃないって知っていて、それでも、誰かに優しくできる。
アルト:そんな呆れるほどのお人好しで。
アルト:・・・・・だから、俺はその人が好きになったんだ。」
0:それは、まるで愛の告白ような、否、それはまぎれもない告白であった。
0:その告白には、喜びがあって、怒りがあって、悲しみがあって、楽しさがあって、それで、それは、きっと、全部が愛でつながっていた。
0:アルトは空気を切り替えるように少しだけ間を置き、殊更明るくしゃべり始めた。
アルト:「んで、自覚してからずっと猛アピールしてるんだけど、それがまー、全然手ごたえ無くて、脈無しっぽくて心がめっきめきに折れそうなんだけど、
アルト:それはそれとして、やっぱり、好きな人には幸せでいてほしいと思うわけですよ。
アルト:だけどさ、厄介なことにそれは、その人を幸せにするだけじゃ足りなくて・・
アルト:んじゃあもう、俺の出来る限りたくさんの人を幸せにしてやろうって思ったわけで。
アルト:それが、今ここに俺が立ってる理由。
アルト:要は、好きな人のためにかっこつけたいっていう、よくあるしょうもない理由。」
0:そこで、アルトは広場にいる人々の目を見る。疑念、嫌悪、困惑、つかみ切れない多くの感情を宿す瞳を見て、その中に少しだけ期待の感情が見えて
0:好きな人と約束したことを想い出して
0:たったそれだけで、何度振り払われても何度でも手を差し伸べる気がした。
アルト:「知るかって思う。俺だってそう思う。
アルト:でも、一個だけ信じてほしい。
アルト:俺は本気だ。
アルト:本気でみんなを幸せにしようと思ってる。
アルト:だから、俺にみんなを幸せにするために努力する資格をください
アルト:・・・・・・えっと、俺からは以上です」
0:拡声器を置き、広場から去ろうとするアルトだが、ふとその足を止めた。
アルト:「あ、すいません。最後に一ついいですか?
アルト:え、だめ?いや、ほんと一言でいいんで
アルト:時間押してる?演説長すぎ?
アルト:ごめんって!なんか、こう、気持ちが盛り上がっちゃって!
アルト:一言、一言でいいから」
0:駄々をこねるアルトの周りを衛兵が取り囲む
アルト:「ちょ!分かった!分かったから、マッチョ衛兵で囲まないで!威圧感ヤバい!
アルト:はぁー、しょうがない・・・・なんて諦めると思うなぁ!」
0:機敏な動きで衛兵を振り切り、拡声器をつかみ、アルトはその日一番の笑顔で思いの丈を叫んだ。
アルト:「みんなー!!ソフィー!!
アルト:愛してるぜー!!
アルト:あー、すっきり。
アルト:ん?あ、ちょ、マッチョ衛兵が迫ってくる!やばい、筋肉に溺れそ・・・・うぼぁ」