表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

【ファンタジー】異世界学校

「……オレはおかしくない……。世の中がおかしいんだ……」


 風置遊多は一枚のコピー用紙を握り潰した。

 テストの答えを盗みに、深夜の校舎に侵入。

 お目当ての品は手に入れたものの、生憎の嵐の訪れによって、中学校に留まることを余儀なくされた。

 そして、目が覚めたら、これである。


「どこなんだ……」


 眼前に広がるのは、見慣れたグラウンド。

 その先には、見覚えのないジャングル。


 学校ごと異世界に転移してしまったのだ。


     *     *     *


 手始めに、校舎の中を歩き回った。

 誰もいない。

 次に、ジャングルに少しだけ足を踏み入れた。

 誰もいない。


 仲間によるドッキリ?

 盗みを働いたことに対する教師からの罰?

 困惑に悶える頭脳でさえ、それらの可能性がありえないことの判断はついた。

 間違いなく、そこは異世界。


「頭を冷やすか」


 蛇口をひねると、水が出た。


「ついでに……」


 用を足してみて、異世界なのに、上下水道が機能していることを確認。

 仕組みはわからなかった。


「わかんねぇ……。なんにもわかんねぇ……」


 遊多は冷えた頭を抱えた。


     *     *     *


 校則を守るいい子ばかりの学校なので、お菓子の類はどこにもなかった。

 職員室には、少々の飴。


 誰もいない異世界が怖い。

 保健室の毛布にくるまり、じっとして一日を過ごした。

 それでも、腹は減る。


「行くしか……ないのか?」


 異世界生活2日目の朝。

 遊多は冒険に出た。


     *     *     *


 元いた世界ではお目にかかったことのない植物。

 正体不明の鳴き声。

 鬱蒼と生い茂る草をかきわけ、遊多はジャングルを進んだ。


「あっ! ……あぁ……。あっ! ……あぁ……」


 動物を見つけた!

 ……と思ったら、そいつはすでに遠くへ跳んでしまっている。

 それを何度か繰り返した。

 虫に手を伸ばしかけたが、


「さすがに無理」


 ようやく見つけた果実。


「毒がないことを祈るしかないな。……おっ」


 意外と美味かった。


 調子に乗って、もうひとつ、もうひとつ……と食べ続けていると、ふと、どこかから視線。

 もしかして人!?

 期待に浮かれて、振り返ると……


 化け物。


「……!!!」


 遊多は駆け出した。

 恐怖のあまり、声も出ない。


 教師やクラスメイトから不良として疎まれてはいるが、実のところ、ケンカさえしたことがなかった。

 宿題をせず、授業中に寝る、不真面目な生徒。

 それが遊多の実像である。

 未知の化け物と戦う胆力などない。


「ひとつくらいフルーツ持って逃げりゃよかった」


 息を荒げながら、ちゃっかり食事の心配をした。


     *     *     *


 異世界の化け物は不思議な生態をしていた。


「なんで入って来ないんだろう?」


 やつは学校の敷地内には決して侵入しなかった。

 この世界の生物にとっては、この学校は異物。

 それ故の警戒かとも考えたが、


「多分、それは違う。虫一匹だって入って来ないんだから」


 最低限の安全は保障されている。

 お腹は満たされた。


 窓を開けて、景色を眺める。

 気持ちのいい風が吹き込む。


     *     *     *


 遊多は再びジャングルに繰り出す決意をした。

 丹念な観察の結果である。


 どうやら、例の魔物はおとなしいようだった。

 鳥が頭の上に乗ってさえずっていても、気にしない。

 猿のような動物におちょくられて、右往左往。

 のんびりジャングルを徘徊する日常。


「あいつ、もしかしたらオレと遊びたかったんじゃないかな」


 楽観的な予想を胸に、遊多は校門を出た。


「まあ、一応バットは持ってくけどね」


     *     *     *


 化け物とは簡単に仲良くなれた。

 挨拶をして、食べ物を分ける。

 ただそれだけだが、


「人間ってそんなもんだよな。……こいつが人間かはわかんないけど」


 言葉が通じないとはいえ、友人ができたことは嬉しかった。

 孤独が癒されるからだ。


「どうした?」


 化け物の頭の上には触手めいた物がある。

 それをくねらせて、遊多にやたらと見せつけてくる。


 やがて、痺れを切らしたかのように、どこかへと移動を始めた。


「門限か?」


 置いて行かれるのは寂しかったので、遊多はついて行った。

 やがて現れたのは、


「畑!?」


 様々な植物が規則正しい列をなして生えている。

 自然なものとは思われなかった。


 化け物は触手をふりふり。


「もしかして、オレに分けてくれるのか? なるほど。借りは返すのが筋だもんな。ダチなら、尚更」


 遊多の微笑みに、化け物は触手の動きで返した。


「ありがとう。きみの気持ち、伝わってるよ」


     *     *     *


「だんだんわかってきた……気がする」


 化け物の言語は、どうやら触手を用いたジェスチャーらしかった。

 友達とはお互いをわかり合いたいものだ。

 遊多は毎日、ノートとシャーペンを持って、化け物の言語を研究した。

 勉強らしい勉強など、久々であった。

 自分から進んでとなると、生まれて初めてかもしれない。


 時間も手間もかかる作業。

 決してつらくはなかった。

 友達といるのは楽しい。

 話すことはいくらでもあった。

 時間もたっぷり。

 宿題も娯楽もないのだから。

 楽しく遊んでいるうちに、自然と言語を獲得できた。


《行ってはいけない》


 ただし、発言の直訳を理解することと、その真意を理解することは別である。


「行ってはいけない……って、どこに? どうして?」

《怖い。あの辺。行ってはいけない》


 化け物は怯えていた。


 しかし、不良は周囲の忠告など聞き入れない。

 その上、この世界は退屈で仕方ない。


「わかった。行かないよ」


 絶対に行こうと考えながら、遊多はにっこり微笑んだ。


     *     *     *


 遊多が禁断の領域へ向かったのは、その翌日のことだった。

 念のため、バットを持って。


 きっと、今ごろ、化け物は遊多を待っているだろう。

 この日も会おうと約束していたのだから。

 だが、遊多はそんなこと気にしない。


「何があるんだろう? 異世界らしい冒険が待ち受けてるのかな?」


 もしかしたら、美味しい果実が生っているかも、などと都合のいい妄想を膨らませ。


 ところが、幸先の悪いことに、雨。


「バットよりも傘を持ってくりゃよかったんだな」


 雨宿りのため、洞穴の中へ。

 外を眺めながら、ぼんやり。

 びしゅうぅぅぅ、びひゅぅぅぅう。

 雨や風の音とは違う何かが、洞穴の中から聞こえてきた。


 ポッケから懐中電灯を取り出し、遊多は闇を照らした。


 ぶひゅるるるう、ずぶひゅうぅぅぅ。


 不吉な音を奏でているのは、


「雨雲? いや、波? ……来るな!」


 異世界特有の自然現象かと思ったのも束の間。

 それは動き始めた。


 洞穴の出口を求めて?

 だが、外に出てでも、なお動き続ける。

 遊多を追いかけるように進み続けるのは偶然か?


 それは意思を持っていた。

 生き物だった。

 持てる力が並大抵ではないことは、見ればわかった。

 そいつの通った後には、草一本残らない。


「魔物!!!」


 自然災害レベルの脅威を前にして、遊多に取れる選択はひとつしかなかった。

 逃げ惑うこと。


《行ってはいけない》


 遊多の心に、化け物の声が響く。

 どうして友の忠告を素直に聞き入れられなかったのか。

 後悔しても遅い。


 運動不足の不良。

 魔物に追い付かれ殺されるのは時間の問題だった。


「死にたくない……っ!!」


 仲間、教師、クラスメイト、両親、親戚、学校生活、怠惰な日々。

 脳内を流れる走馬灯。

 遊多を助けたのは、その中にいない存在だった。


「化け物!!!」


 どこからともなく現れた友人。


《生きろ》


 触手で最期の言葉を伝え、化け物は魔物に立ち向かった。


     *     *     *


 結論を言えば、遊多は助かった。

 学校に帰り、濡れた服を脱いで着替え、保健室で毛布にくるまった。


 逃げ切れたことに対する喜びはない。


「また独りだ……」


 窓の向こうには荒れる空模様。

 嵐は数日続いた。


 晴れ間が覗いた日、遊多は決意した。


「敵は討つぜ……」


     *     *     *


 とは言え、ケンカ未経験、復讐初心者。

 何をすればいいかわからず。

 それどころか、


「オレはまだこの世界のことを何も知らない」


 知識がなければ対策の立てようもない。

 遊多の戦いが始まった。


 まずは地理の理解。

 敵の根城はおそらく洞穴。

 ただし、先日と同じところにいるとは限らない。

 また、退路を確保する必要がある。

 なるべく完全な地図作りを目指した。


 並行して、体力作り。

 ここは学校。

 走り回るグラウンドも、懸垂に使える鉄棒もある。


 最大の課題は武器作りだった。

 どう考えても、素手ゴロで敵う相手ではない。

 有り合わせの材料を使ってできる最も強力な武器は何か?

 足りない頭で必死に考え出したのは……。


 遊多は学校の屋上に高い高い棒を立てた。


     *     *     *


 決戦当日。

 なるべく身軽な服装で、遊多は出陣した。


 そして、片っ端から洞穴を探った。


「当たりだ!」


 ひゅるるるぅぅぅぅ、びゅふうぅぅぅう。

 遊多を認識すると同時に、魔物は大きな風の音を発し始めた。

 そして、空を雨雲が覆った。


「来いよ!」


 遊多は石を投げて、魔物を挑発。

 踵を返して、全力疾走した。

 狙い通り、魔物は遊多の後を追いかけてきた。

 ジョギングで鍛えた脚力が、魔物との距離を縮めさせない。


 無事、校門をくぐることのできた遊多。

 問題はここから。

 この世界の生き物は、なぜか学校の敷地内に侵入できない。

 いや、生き物は、と言うより、動物は……。


「もしこの魔物が動物じゃなくって、自然現象もしくは神だとしたら、その法則は通じないんじゃないかな」


 推理は的中。

 魔物はただひたすらに遊多をめがけて突進する。

 その体はまるで水のよう。

 門や格子などの障害物をものともしない。


 一方で、生身の遊多はまさに命懸けだった。

 廊下でこけて、机にぶつかり、数段飛ばしで階段を駆け上がる。


 捕まるすんでのところで、屋上に到達。

 そこには、遊多が用意した高い棒。


「……」


 それとなく、魔物を棒に近づけつつ、遊多は時間を稼いだ。


 襲われそうになれば、バットで弾いた。

 しかし、魔物の体は触れた物を溶かす。

 遊多はあっという間に丸腰になってしまった。


「やるなら、やりやがれ。どうせ死ぬなら、悪あがきせずに死んでやる。できるだけのことはしたんだから、オレには後悔なんてないぜ」


 遊多の言葉が魔物に通じたかはわからない。

 魔物は体を大きく広げて、遊多を飲み込もうとした。

 その時……


 落雷。


 雷は高いところに落ちる。

 遊多が作った棒は、落雷にはうってつけだった。

 そして、そのすぐそばには魔物がいる。


 感電。


 魔物は一瞬で霧消した。


「勝った……のか? オレは……勝った……。勝ったんだ!!!」


 腰が抜けるほどの達成感が体を撃ち抜いた。

 しかし、へたりこんだ遊多。

 今、彼の心の中には空しさが広がっていた。


「何やってんだ、オレは……」


 焦燥感だった。


「オレ以外の人間は今もまっとうな人生を満喫してるはずだ。勉強とか部活とか進路とか、悩んで苦しんで、進んでるんだ。……なのに……オレはいつまでもこんなところにいる」


 頬を伝って流れ落ちた涙が、テストの解答用紙を濡らした。


     *おしまい*

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ