第8話『ラムズインワンダーランド──Ⅱ──』
「痛ててて……」
もみじみたいに頬が真っ赤に腫れつつも元の軍服に戻った洋介に美咲が問いかける。
「ところでこの後の予定なんだけど……」
「ああ、シャーク海賊団御一行の日本滞在は二泊三日の予定だが、二泊とも護衛艦やまと艦内に泊まっていただく。関西人には申し訳ないが日本を代表する遊園地だし一日じゃもったいないからな」
これは愛殺世界御一行を二度も戦闘に巻き込んだ反省からである。
「洋介はんなかなか面白いこと言うとりはりますなあ?」
美咲は関西出身である。
「げっ地雷踏んだ!」
何がとは言わないが東西どちらも有名なので甲乙つけがたいものだ。
「お父さん、夜ご飯は?」
遥はお腹が空いたらしい。
「やまとに食堂があるぜ」
「なら、ヤマトに行くとするか」
「歩いて近いですよ」
「港のあの灰色の戦艦か?」
「そう、それです」
「士官食堂と科員食堂どちらで食べます?」
「将校と水兵のことか……食堂で皆と食べたい」
ロミューは年長者らしく答えた。
「ロミューさん……」
……歩くこと数分で護衛艦やまとに到着。
一行を迎えたのは64000トンのべらぼうにでかい鋼の船体だった。
赤、緑の航法灯がきらめき、船体からオレンジの明かりが漏れる。波濤でほんのかすかに船体が揺れているのがわかる。星々に負けないかがやきを港に放っている。
桟橋には護衛艦ちょうかい、まや、くあま、たかなみも並んでいる。
そして桟橋を挟んでガーネット号が係留されている。
将校にあたる幹部自衛官が整列、敬礼で洋介らを迎える。
ともすれば忘れがちだが洋介は艦隊司令であり階級は海将補、つまり少将にあたる。
「お待ちしておりました。東城群司令」
「ご苦労」
洋介も見事な答礼を返す。
「えーと、誰だっけ」
「ああ、妹の彼氏」
「やまと艦長の太田拓海一等海佐です」
くあま艦長の東城麗雪は洋介の妹であり、太田の恋人である。
太田艦長を先頭に搭乗橋を渡りやまとの船倉から入っていく東城家とラムズたち。
船に入ったとたん、食堂の匂いと機械油の混じった匂いが鼻をくすぐる。海上自衛官にはお馴染みの艦艇の匂いだ。
ロミューの背丈がぎりぎり収まるくらいの低い甲板と甲板の構造にさらにダクトやケーブルが張り巡らされ、消火設備や材木が置いてある。結構通りにくい。
「なぜ鋼の軍艦なのに材木が?」
ジウが聞いてみるが、代わりに答えたのはロミューだった。
「船を直す方法はどこの世界も変わらんということか」
「そういうことです。こちらが科員食堂です」
下士官兵にあたる海曹、海士隊員が立ち上がり拍手で迎える。やまとには555名乗っていて三交代制だからこの科員食堂にいるだけでも相当な数だ。
メアリが少し照れ、ラムズは余裕そう。
見れば、皆が列に並び金属のプレートに料理を盛り付けていく。
色とりどりのサラダバーに始まり、カレー、エビフライに唐揚げにスクランブルエッグ、焼きそばにスパゲッティ、スープ類もコンソメスープに味噌汁、コーンスープなど。果てはホットサンドメーカーまである……豊富なメニューだ。
「セルフになってますので自由に取ってください」
「やったー!」
やんちゃ盛りのジウが早速列に並ぶ。
「航海が長いと野菜が食えないからな」
意外にも屈強なロミューが野菜を取っていく。
「壊血病みたいなやつかな?」
「ああ、地球ではそう言うのか」
ロミューが病名を教えてくれたが横文字で洋介はすぐ忘れてしまった。
彼は続ける……
「出港して数日はいい。新鮮な野菜や果物が食える。で、そのうち塩漬けの肉とか豆になる。末期は悲惨だ。歯が欠けそうな堅焼きのビスケットしか残らない」
「ビスケット! おいしそう」
「いや遥、たぶんイメージと違うぞ」
「カッチカチやぞ!」
「なっつ! 古いネタだなあ」
「最終日野菜差し入れしますよ」
「ありがたい」
ラムズは腹は減らないが一応付き合いということでコーヒーメーカーからエスプレッソを淹れている。
メアリが白身魚のフライを取り、ジウが舌なめずりしながら唐揚げをトングで取っていく。
「ヨウスケ、よそり方が……」
米飯でプレートにぐるり土手を作り、カレーをこれでもかと流し込む。
「これぞ洋介スペシャル、護衛艦盛り」
「いやえぐいてえ」
一同着席し喫飯。
ここのテーブルには東城家に護衛艦やまとの艦長と先任伍長が座る。
カウンターパートとしてラムズ船長、ジウ、ロミューが対面でつく。
艦長は太田、副長は宮津と名乗った。で、最後に、
「先任伍長の増野です」
「せんにんごちょうって?」
ジウがもぐもぐと頬張りながらたずねる。
「現場隊員のまとめ役だな」
「甲板長みたいだな」
ロミューが烏龍茶をすすりながら近い立場の自衛官を見つけ得心する。
「「今日の~ヴァニちゃん~いい波乗ってんね~!」」
「なんだなんだ」
女性隊員が手拍子と両手を左右交互に繰り出すジェスチャーを繰り返しながら酒瓶を煽るヴァニラを囃し立てる。成人式と場所を間違えていやしないか。
「おいやってんな~」
「司令、向こうでは腕相撲が始まってますよ」
赤髪赤目が屈強な海上自衛官を打ち負かしていき、悲鳴が響く。
「冗談じゃない、怪我じゃすまないぞ」
苦笑するロミュー。
海上自衛隊では禁酒だが目をつぶることにした洋介。
「ともあれ仲が深まっていいことだ。明日はドリームリゾート二日目なのでよろしく」
夜は更けていった……
◆◆◆
メアリ・シレーンが目を覚ましたのは滞在二日目の未明だった。
「ん……」
視界の霞が取れ、ここがヤマトの士官居住区であることに気がつく。
自衛隊では将校、士官を幹部自衛官、下士官を曹、兵を士と呼ぶとの洋介の話を思い出しながらあくびをひとつ。
二段ベッドと机、椅子、ロッカー、洗面台がある幹部居室。
半分眠りながら身体をくねらせ、毛布がめくれ、ミルクのようになめらかな細い足があらわになる。ベッドから身を起こすと、傍らの椅子でラムズが手元の本に視線を落としていた。
濃紺の表紙には宝石に囲まれたラムズ自身がチェスの駒を片手に持ち高級感あふれる玉座に細い腰を沈ませ、ブーツヒールの足を組んでいる。
黒の裏表紙には紋章が刻まれ愛殺世界の言語が綴られている。
いずれも地球の絵師が真心をこめて描いた大切な作品だ。
海賊の王子様は綺麗な細くて長い指でぱらり、ぱらりとページをめくり、白銀の睫毛を伏せ、その青い瞳は物語の世界観に吸い込まれている。白皙の顔はどこか優しそう……そんな感じ。
宝石のように煌めく高級感あふれる本だからラムズは機嫌が良いのだろう。
穏やかで暖かい波の音が船体に打ち寄せ、引き、鈍いリズムで揺籃歌を紡ぐ。
メアリの視線に気づいたラムズがそっと本を閉じ、円いテーブルの上に置く。
「おはようラムズ」
「人魚姫はお目覚めか?」
「もう少し部屋にいたいわ」
「さっきヨウスケと甲板で会ったが、同感だな」
ラムズは椅子から腰を浮かし、二段ベッドの柵の隙間に細い腰を沈ませる。金のベルトと腰回りの宝飾品が小気味良い金属音を奏でる。
二段ベッドの下段、その狭いスペースにラムズとメアリの身体が近づく。
「ヨウスケはなんて?」
「未明に起きた時の朝食までの時間、星空を眺めながら爽やかな夜風を浴びて冴えた頭で過ごすのが一日で一番好きな時間帯だ、と」
「へえ……ラムズもそうなの?」
ラムズは振り返り、まだむにゃむにゃとしているメアリの赤い髪を撫でる。
彼女もラムズにとっては大切な宝物に違いない。
◆◆◆
『総員起こ~し!』
航海科隊員のけたたましいラッパの音が護衛艦やまと艦内に響き渡り、海曹士隊員が下着から青の作業服を着込み、甲板に整列。海上自衛隊体操を始める。
「朝から元気出まくりなの」
甲板で壁に持たれていたヴァニラが感心し空の酒瓶をしまい込む
何やら船首ではロープがほどけて隊員が手間取っている様子。
そこへロミューが進んでいって、作業を手伝っている。
どうやらほどけない結び方をレクチャーしたようだ。
川戸怜宛は転生前の世界の船乗りと転生後の世界の船乗りが絆を深めている光景を感慨深そうに眺めていた。
「さすがですね、この宇宙戦艦ヤm──モゴモゴ」
東城洋介が慌ててレオンの口を塞ぐ。
「レオン君、版権的にあれだから勘弁してくれ」
「あの星から見れば"宇宙"から来た"戦艦"で"ヤマト"なんだけどなあ」
愛殺世界で言語を通じさせたあの要領で品詞分解をしたに過ぎないと抗弁する。
「護衛艦やまとの建造には俺たちの物語の訳者の悪趣味、いや、高尚な~るご趣味が働いておられるからな」
その後甲板清掃、ようやく朝食だ。
昨日の晩より簡素なメニューが配膳台に並び、これまた金属のプレートに取っていく。相変わらずラムズは飲み物だけ。
「「いただきます!」」
「……いただきます」
ラムズが見よう見まねで手を合わせてみたり。
「東城司令、今日はシャーク海賊団とTDLと東京ドリームリゾートですよね」
「ああそうだ。すまんが留守を頼むぞ太田艦長」
「いつものことですから。麗雪さんと後日遊びますよ」
洋介はラムズに向き直る。
「ラムズ船長、実は滞在二日目にあたり宿題を出したいんですがね」
「宿題だと?」
◆◆◆
「宝石を見つけてこい、それが宿題か」
一行はドリームリゾート二日目を満喫していた。
海底云々万マイルで洋介が職業病を発揮して専門用語をぶつくさ言っていたり、ラムズが外の様子を頬杖ついて見てみたり。
キャラクターの顔をかたどったアイスキャンディを洋介と美咲と遥が並んで舐めたりと。
「重い、持って」
「しゃーねーなー」
甘えた口調で洋介に渡す。
ラムズは意外と体力がないようで、お土産を次々に洋介に持たせる。
洋介も頼られて嬉しそう。
シンデレラ城のベンチで腰を下ろすラムズ。
「あ、じゃあ一旦荷物バスに置いてきますんで! 遥を頼みます」
「はいよ」
夜空に色とりどりの花火が打ち上げられ、ラムズと遥のシルエットを印象的に照らしあげる。
「(お父さんとお母さん気を利かせてくれたのかな)」
子供ながらに遥は思ったり。
で、ラムズは眉目秀麗だからタピオカ片手の女子高校生が逆ナンしてくるわけだ。
「ねえお兄さんひとり? 私たちと遊びませんか?」
「残念ながら今姫君の護衛を仰せつかっている」
「おにロリじゃん! やば!」
「遥ちゃんじゃん!」
「美咲姉貴の娘さんか!」
男子高校生は美咲をそう呼ぶらしい。
「写真撮りませんか?」
「一枚5000円」
「チェキ高!」
ラムズは椅子から腰を浮かせた。
「人混みができる前に移動するか」
「移動して大丈夫かな」
「大丈夫、ライン打っとくから」
ラムズは遥の頭をよしよしし、白くて綺麗な細長い指でスマートフォンをいじる。
土産屋に入るラムズと遥。
愛殺世界の魔物のグッズが売られているようだ。
遥の視線は高い棚に置かれたケットシーのぬいぐるみに注がれている。
値段を見る遥。
残念そうにうつむく遥の肩をラムズがぽんぽんと優しく叩き、すらりと長い下半身をかがめ、膝をつき、視線を合わせる。
「小さなお姫様は何をお望み?」
「私、もう9歳だよ」
もう9歳とはいかに。女子の方が早く成長するのでそろそろ大人扱いされたいお年頃だ。
「お姫様扱いは嫌?」
「もー、いじわる」
ラムズに頭を撫でられる遥の視線は可愛いケットシーのぬいぐるみに注がれていた。大きいサイズで洋介の月収と同じくらいの限定品。
棚の高さがそのまま購入のハードルを表しているように思えた。
まだ幼い遥も、ラムズが宝石をくれない女の子には冷たいことなんか、わかってて。
「でも私、ラムズ様にあげられる宝石なんか、持ってない」
と、ラムズの視線が遥のリュック、そのストラップに注がれる。
「それは……?」
「あーー、見ないで、」
「なんで?」
どんどん甘い口調になる海賊の王子様。
「ラムズ様のつもりで作ったの……」
霧吹きでカラフルなビーズをくっつけて遊ぶ女児向けのおもちゃで作ったラムズの顔。手のひらに収まるほどの小さなものだが、白い肌に青い瞳、黒と金の帽子が表現されてる。
「可愛いじゃんか、くれる?」
お菓子でもねだるようにラムズは言ってのける。
「いいの? こんなので」
幼い片手で差し出す遥のストラップを、ラムズは白い両手で丁寧に受けとり、懐に納める。
立ち上がったラムズは棚からぬいぐるみを手に取り、そのままつかつかとレジに進み、ぬいぐるみとブラックカードを店員に差し出す。
「え……え……なんで……」
遥は信じられない面持ちで顔を赤らめ、両手で顔を隠し、琥珀色の瞳が甘美な夢に酔いしれ蕩けていく。
「宝石ならもうもらったから」
小学生のビーズアートと限定生産のぬいぐるみでは釣り合わないはずだ。
9歳の幼い身体と頭でそのロマンティシズムの奔流を抱き止め、遥の脳が甘い電流で痺れる。
きらきらと輝く思い出と共にぬいぐるみを受けとり、顔を綻ばせて抱きしめる遥。
そこへ洋介と美咲が合流。
「どうやら遥もラムズ船長も宝物を見つけたみたいだな」
美咲も優しく微笑む。
「遥はいつか大きくなって、どんどん綺麗になって、子供じゃなくて女の子として愛されるようになる」
洋介と美咲の手が重なりあい、指が重なり、恋人繋ぎになる。
宿題は完成した。
参考資料「曹士の能力活用」
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B9%E5%A3%AB%E3%81%AE%E8%83%BD%E5%8A%9B%E6%B4%BB%E7%94%A8