第7話『ラムズインワンダーランド──Ⅰ──』
二次創作第三弾。お楽しみください。
濃紺の星空にたゆたう遠大な天の川銀河が静かに見守り、聖なる鐘の音が鳴る。反復する鐘の音が夜空に染みこんでいく。
舞台は西暦2033年の日本。読者諸氏もお分かりのようにこの遊園地の名前は版権的に機微に触れるので便宜上東京ドリームリゾートとでもしておこうか。
メルヘンチックなその鐘はこれから始まる一大ステージを告げる音だ。
鐘が鳴るたびに、観客は夜空を見上げ、思い思いの願いを託していく。その群衆の中に赤い髪の人魚が人間に紛れていた。
【 ”高飛車な海賊少女” メアリ・シレーン 人魚 】
女の子はいつだって夢見るお姫様でありたいものだ。
鐘の音とシンクロし映像はこのステージを彩る管弦楽団となり、指先がなめらかに動きながら小気味良い動きでバイオリンが鳴り、艶やかな音色が乙女心を優しくくすぐる。
演奏の指揮を振るうのは──
【 内閣府特命担当大臣 東城美咲 衆議院議員(保守党比例代表) 】
映像が切り替わる。
ローマ数字が刻まれたアンティークな時計塔はイギリス国会議事堂を彷彿とさせ、その塔の頂上に海賊の王子様は軽やかな身のこなしで下界の街明かりを見下ろしている。
プロジェクションマッピングで彼の背中に青い火焔のエフェクトが加わり、宝石狂いの船長が人外であることを実感させる。
ドローンが斜め下に旋回しながら絶妙なカメラアングルでこのステージの主役の姿を捉え、それを見た女性客、カップルらが黄色い歓声を上げる。
「「はああイケメン!」」
「「ラムズ様ー!」」
「「こっち向いてー!」」
銀色のなめらかな髪が夜風に撫でられ、漆黒のコートがはためく。
蒼い瞳に映る東京湾の夜景。この世に比類なきイケメンは世俗の物事には興味なさそうに海賊帽を押さえる。
東京湾の夜景をラムズは塔の上から独り占めにしている。よく見ればラムズは口元に小型マイクを着けていて、その口元が一瞬だけズームする。
『うぜえ』
静まる群衆。
『俺の宝物は──だけだ』
ラムズは時計塔から飛び降り、彼の周囲に魔法円が光を放つ。
幾万の人並みの中だって宝石狂いの船長は人魚姫の姿を見つけられる。見つけてあげる。
『見ーつけた』
背後から人魚姫の目を隠す海賊の王子様は小悪魔の顔で口角を上げる。怖いが少しだけ優しそう。そんな人外の微笑み。
ダメ押しに背中にはホログラフでヴァンパイアの翼が生える。
メアリの手を取り、エスコートの仕草をみせるラムズ。
【 ”海賊の王子様” ラムズ・ジルヴェリア・シャーク 】
群衆に紛れていたジウ、ロミュー、レオン、ヴァニラ、リーチェ、ルド、エディス、アン、ディーリオ、グレンと主だったシャーク海賊団船員がフードを捨て去り、その異世界情緒あふれる衣装をあらわにする。
『メアリ、俺たちの船に乗らないか?』
群衆が自然と道を明け、彼らが花道からステージに駆けていく。
『そこまでだ、シャーク海賊団!』
それを銃口で制するは、職業も性格も髪の色も瞳の色も正反対の男。
【 海上自衛隊 第一護衛隊群群司令 東城洋介 海将補 】
洋介は海上自衛隊幹部自衛官の軍服に身を固めている。各部に金色の飾りが施された漆黒の軍服が細く筋肉質な体をストイックに引き締めているのがわかる。白い軍帽の奥に灯るのはカミソリのように鋭い瞳。
神々しくかがやく月を背景に海上自衛隊と海賊が対決する絵面は中々にドラマチックな演出だ。
月が海面に反射し、その光を轟音を立て、ヘリコプターがかすめる。
今度は男性客中心に盛り上がる。
今、アトラクションの火山が噴火した。
いい感じの雰囲気になったところで口元に小型マイクを着けた我らがヴァニちゃんが酒瓶を片手に観客に呼びかける。
「みんなー! シャーク海賊団を応援してほしいの!」
「方法は簡単! スマホでQRコードをスキャンして、特設サイトからアクセスしてね!」
同じように洋介と美咲の愛娘である東城遥が補足し、説明に合わせ会場各所の立看板にサーチライトが指向されQRコードが浮かぶ。
早速スキャンできた端末ではラムズたちが青、洋介たちが赤と色分けされ人気投票の要領で推しを応援できるようになっている。
で、特設サイトには合言葉が記され、皆で唱和してほしいとある。
左手にラムズ、右手に洋介がつき、同時に囁く。
──さあ、海賊と海上自衛隊、どちらを選ぶ?
ラムズがメアリを後ろから抱きかかえ、頬を綺麗な指で包み肩回りをホールド。
メアリはきゅっ、と目をつむり、自分の手をラムズの手に添える。
かぷ、と首筋を甘噛みした!
「っ……!」
メアリが頬を赤らめ、身をむずらせる。
悪魔の翼が口元を隠す淫靡な情景だ。
その動作とシンクロし、静かだった曲の調子が明転し、一気に旋律が弾ける!
「みんなー! スキャンできたかな?」
「合言葉は──せーの!」
《 愛した人を殺しますか? ──はい/いいえ 二次創作 愛殺新訳外伝 第三弾 ラムズインワンダーランド 》
……で、二次創作第二弾から恒例となっている演出でラムズインワンダーランドなる物語が開幕。
東京ドリームリゾートのランドマークというべきシンデレラ城に紫やオレンジの花火が百花繚乱狂い咲く。やはり花火の色もハロウィンを意識している。
日本のハロウィンの雰囲気と愛殺世界々々観の親和性により、二泊三日で彼らを招いた次第。ドリームリゾートの魅力を味わい日本に滞在するには一日では足らないからだ。
と、まあ、そんな二次訳者の解説はさておき……
ちょっとした珍事件が起こったのはステージ終了後のことである。
「おい!洋介さんとラムズ様の楽屋逆だぞ!」
「えっ!」
各々にあてがわれ(るはずだっ)た楽屋に入る洋介とラムズ。
ライブ衣装を脱ぎ捨てた洋介の目に飛び込んできたのは宝石のきらびやかなフロックコートで、ラムズのそれは前述の通りの漆黒の軍服。
洋介とラムズが入室してからアシスタントディレクターが貼り紙を治しにいったがもう手遅れだ。
「洋介~このあとの予定なんだけど」
楽屋を訪れた美咲はぶったまげた。海賊の王子様が海上自衛隊の軍服に身を固めしかも不敵な笑みを浮かべていたからである。
ご丁寧にワイシャツも第一ボタンまで締めてネクタイも正しい付け方だ。
軍服は堅苦しいくらいで丁度良い。凛々しく見える。
「え!? ラムズ船長なんで洋介の軍服着てるの!?」
「いや、実は──」
ラムズが口を開けたところで今度は洋介が現れた。
ワイシャツを胸元まで開き、なんだか目がらんらんと光っている。
だが悲しいかな、洋介はラムズほど腰回りが細くないので微妙に不恰好だ。胴長短足の日本人体型だ。全く映えない。ぴえん。
ラムズが小さく舌打ち。
「入れかわっちまった。てへぺろ」
「待て待て待て情報量が多すぎる」
美咲の言葉は読書諸氏の感想を代弁するものであった。
「俺はそんな話し方しないぞ、あ、じゃなかった、今の俺はヨウスケだ」
「ややこしいわ!」
美咲がツッコミを入れる。
「ヤマトかっけえ、ふはは」
ラムズが意地悪な笑みで洋介の物真似をしてみたり。
「おい俺そんなにヤマトヤマト言ってねえよ」
洋介が顔を真っ赤にして汗を滲ませ、焦りからかタメ口になる。
「申し訳ございませんヤマト」
「語尾にヤマトをつけるな。俺のことを馬鹿にしても護衛艦やまとは馬鹿にするな」
「これが洋ラムかな」
「なんつうCPだ。リバやめーや」
「じゃあラム洋?」
「なんか羊みたいだな?」
「子羊ちゃんだと? 魔物だとシープルが一番近いか」
ラムズが意地悪な聞き間違え。
「言ってない言ってない」
洋介が手をぶんぶんさせる。
「とりあえず俺の外套を脱げ。宝石が穢れるだろうが」
「いやんエッチ!」
運悪くメアリが歩いてきたが、その光景に目をぱちくりさせたかと思えば通路をUターン。
「ごゆっくり?」
「待ってくれ! 違う」
「ラムズ様……優しくしてね?」
頬を赤らめた洋介が内股でもじもじする。
「あ?」
乾いた音が響いた。