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愛殺新訳外伝  作者: 松コンテンツ製作委員会
第二章「リジェガル王子の花嫁」
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第6話『リジェガル王子の花嫁・急』

 ……混戦の中、メアリは大聖堂の十字架に囚われていた。

 垂れた赤い髪から塩辛い雫がしたたる。  


「私、私は──」


 青い海を白い波で泡立たせ、護衛艦やまとは大聖堂へと進撃する。

 シャーク海賊団と東城家がやまとに同乗している。

 その中にあって自責の念にさいなまれているのは洋介(ようすけ)だ。

「俺のミスで、メアリちゃんが人質に囚われた、」

 猛省しているのは美咲も同じだった。

「私が異世界の食文化を知らないから、メアリちゃんを、傷つけた、」

「「せめて、私たちとヤマトの命と引き換えに、戻ってきて──」」


「──洋介、美咲ちゃん!」


「!」

「死んで取れる責任などないぞ、若人よ」


 息子夫婦のちょうど倍ぐらい生きてきた東城幸一(とうじょうこういち)は教えさとした。


「生きろ。生きて恥をかけ。どんな失敗に打ちのめされても、どんなにみっともなくても、生き抜くんだ!」


 美咲が顔を跳ね上げる。


「容姿、言語、世界の違いから生まれる違和感(いわかん)憎悪(ぞうお)差別(さべつ)暴力(ぼうりょく)戦争(せんそう)、地球の人間(にんげん)が語る友情(ゆうじょう)愛情(あいじょう)など信用に値しない!」


 今も総統はメアリの洗脳を試みている。

 嫁入り道具のあのラピスフィーネの首飾りは、恋する乙女の涙で呪術が発動する仕掛けだ。

 メアリの瞳に透明な涙がたまっていく。


人間(にんげん)は弱い。間違える。行き違いで他者を傷つける──それがどうした? 俺たちは……人外(じんがい)じゃない!」


 幸一は眉間に皺を寄せる。凄まじい眼力だ。


「さあ、思い出せ! 人間が、人魚であるお前にどんな酷い仕打ちをしたか! その涙に怒りを込めて、首飾りの呪いと為せ!」


 総統はメアリの顔を覗きこみ、トラウマをえぐろうとする。


人外(じんがい)は弱さを知らない。間違えるのも、それを正していけるのも、全部俺たち人間の特権なんだ!」

  

 メアリは逡巡していた。

 ──歌や躍りで歓迎されたのも。

 ──みんなでお泊まりを楽しんだのも。

 ──みんなでお寿司を食べたのも。

 確かに、無礼だったかもしれない。

 確かに、文化の違いもあったのかもしれない。

 だけれど。

 それでも。

 みんなみんな、全てがあたたかい大切な思い出だった。

 そして、その思い出の真ん中には、格好いい海賊の王子様がいてくれて──





「「さあ、未来(みらい)(えら)べ──!」」





 敵味方共にその同じ言葉を発したのはあるいは偶然だったのかも知れない。


『前方より、ミサイル攻撃です!』

 洋介は異世界の彼らにミサイルを何と説明しようか迷ったが、

「ラムズ船長!」

「わかってる! ──ジウ!」

「任せて!」

 

 ジウが肩をすくめ、海自隊員から席を横取りし、勢いつけて舵輪を回しまくる。


 水のシールドに火焔が阻まれ、やまと左舷側から水蒸気煙が立ち昇る。

 灼熱の業火に炙られながら護衛艦やまとはメアリを救う任務を、メアリと生きる未来を諦めない。


『大聖堂にエネルギー反応あり、首飾りの呪術による結界が張られている模様』

「この結界は一体?」

「メアリの閉ざした心だ。メアリは泣いている」

 ひとりごちる洋介に答えたのはラムズだ。

 俯く洋介……


 ──痛みが走る。


 洋介は裏地に赤黒い染みのできた黒革の手袋を歯噛みしてめくり、顔をしかめる。

「ちくしょう、軽く斬られてたみたいだ、戦闘に夢中で気づかなかった」

 洋介の右手からどす黒い血がしたたり落ちる。


 それでも拳を固く固く握りしめる洋介の手に、ラムズの手が重なる。


「!?」

「ヤマトの指揮を俺に任せろ」

「ラムズ船長……」  


「認めよう、俺もまた──人間(にんげん)」 


 洋介が目を見開き、ラムズを改めて見つめる。

 ラムズは白皙の陶器人形にしては柔らかくてあたたかい笑みを浮かべていた。

 宝石狂いの船長は無線機を握る。

    


『ヤマトは俺たちの、人間(にんげん)(ふね)だ。己が人間だと思う者は手を貸してくれ!』



『群司令、センサーに反応あり、やまとの船体になにかが取りついています!』

「なにかとはなんだ!?」

「はっ……生体反応あり! これは……殊人(シューマ)たちです!」

 ルテミスらが中心となり、護衛艦やまとの船体(せんたい)に一人、また一人と取りつき、その手でやまとを、自分たちの未来を切り拓くために支えている!


「「全員で、背負う!」」


 皆が声を揃え、火のように熱い決意を唱和する。

「みんな……」

 洋介の目頭に熱いものがこみ上げる。

『推力上昇! 11600000トン!』

 腹をくくった洋介は軍帽を被り直した。

「ラムズ船長、群司令の席を譲ります」

 海賊の王子様は無言で頷き、海上自衛隊の艦隊司令の席に座った。

「護衛艦やまとの指揮をラムズ船長に譲渡する! 操作系統を群司令席に集中!」


 ラムズが向き合う制御卓から舵輪が出現し、両手で握り黒革が軋む。


「一点突破だ! 舳先が入り込めばそれでいい!」 


 派手な音を立ててやまとの舳先が結界をぶち破る!


「メアリちゃああああああああああああああああん!」


 蜂蜜色の髪をなびかせ甲板を疾走し、舳先から飛び降りる女性の姿。

 内閣府特命担当大臣という身分にも関わらず先陣切ってメアリのもとに駆けつけたのは東城美咲(とうじょうみさき)であった。


「ごめんね、メアリちゃん」

 美咲はメアリを抱きしめてから、まず謝った。

「生まれた世界も違うのに、見た目や言葉も違うのに、文化の違いもわからないのに、私たちの価値観を押し付けて、食べ物を押し付けて、本当にごめんなさい」

「トウジョウ大臣」

 メアリの警戒心はまだ氷解していないようで、肩書きでよそよそしく呼ぶ。 

 美咲は東城大臣(トウジョウだいじん)などという肩書きなどより美咲(ミサキ)という自分をまっすぐに見てほしいから、メアリとまっすぐに向き合う。

「日本の政治家や自衛官が頭をひねって、ニュクス王国を守る方法を探してる。国と国との戦争にはうかつに参戦できないけど、色んな種族が争いなく暮らせる世界を作るために、なるべく犠牲者が出ないように、地球の歴史から応用できるやり方を探してる」

 メアリが顔を上げる。

「……私に、何をしてほしいの」

 一瞬美咲は「あなたはどうしたいの」と喉まででかかったが、この場で選択の主導権を相手に握らせるのは自分がずるく思え、膝をはたき、メアリの前に立ち上がる。

「メアリちゃんにも、歌ってほしいの」

「歌を?」

「私ね、これでも大臣やる前は歌手やってたんだ。メアリちゃんの歌は透明感があって綺麗だなって思ったの。あとねあとね、それから」

 テンパる美咲にメアリはくすりと笑い、彼女も立ち上がり美咲と目の高さを合わせる。

「ねえミサキ」

 名前で呼んでくれた。

「え、その呼び方……」

「私、もう一度だけ人間(にんげん)を信じてみるわ」

「一緒に歌おう、メアリちゃん!」

 美咲が差し出す平手に、メアリの綺麗な手がそっと重なった。


 未来が、重なった──。


     ◆◆◆


 カラフルなスポットライトが護衛艦やまと甲板特設ステージをまばゆく照らしあげ、戦場にふたりの歌姫の旋律が重なる。

 メアリが高音、美咲がメアリの歌を引き立てるために低音に回る。


「メアリとミサキの歌で、我が軍が無力化されています!」

「そんな! あの人魚は人間の敵に回ったのではなかったのか!」

「わかりません! ですが、ミサキが完全に旋律を合わせています! まるで古くから知っているかのように!」


(うた)か……太古より人間の自己の表現だったからな」


 美咲は人魚に寿司を食わせた失敗以来、必死に人魚の文化を勉強していた。

 そしてたどり着いたのが歌だったのだ。


 賊軍と化した総統陣営は既に不利を悟っていた。

 いや、「強硬派」の若手武官に軍事政権の最高司令官に担がれただけ──地球世界での前世と同じように……

 総統は地球世界から持ち込んだ古めかしい無線機を腰から取り出し、スイッチを入れる。

『こちら阿南惟幾(あなみこれちか)。そちらの政府代表とお話したい』

 それが総統の本当の名だった。

「俺が日本国内閣総理大臣、荒垣健(あらがきたける)だ」

「私はプルシオ帝国陸軍大臣、デルラード・アナン・コレティカ。……やっとお会いできましたな」

「それは俺も同じ思いです」

「荒垣総理大臣。100年後の日本の首相にあなたのような男がいることを陸軍大臣として誇りに思う」

阿南(アナン)さん、悪いようにはしない、このまま降伏してはくれないか」

「それはできない」

「貴方も一国の指導者ならわかるはずだ。ここで勝利を譲れば、私の部下たちは無駄死にだったことになる」

 荒垣は眉にぐっと力を入れ、残念そうに歯噛みした。

「君たちニュクス王国と、我がプルシオ帝国に、栄光と祝福あれ!」


 武官らが最期の敬礼を送り、満足そうに陸軍大臣は目を瞑る。

 その表情は達観していて、とても穏やかだった。

 導火線に着けられた火は樽に満載された爆薬に向かっていって──灼熱の業火が全てを焼き尽くし、天まで焦がした……









 《 愛殺新訳外伝 第二章「リジェガル王子の花嫁」 ──完── 》









 ……夕焼けにあざやかなオレンジで照らされる砂浜にはいくつもの宝石が埋まり、それぞれがまばゆい夕陽でカラフルに輝いている。時折透明な波が押し寄せ、塩辛く洗い上げる……


 ヤマトは地球へ帰っていった。今度は地球に住む異世界語の翻訳者としっかり話し合い、愛殺世界との外交方針を決めるのだという。

 しっかりと理解した上で改めて日本に招くというのだから、楽しみにしていようか。

 

 この残酷で美しい世界は不思議なことにあふれていて、さまざまな種族がいて、私たちは再び未知の存在と戦うのかもしれない。

 国家、宗教、種族の違いは戦乱を生み、ヨウスケやミサキの言う"人間(ニンゲン)"らしい心を奪ってしまう。

 それでも──相手を理解したい。

 相手の違いを許し、理解することも立派な強さなのだと。


 ちなみにその洋介と美咲の言葉も、知人からの受け売りらしい。

 一体それを教えたのは誰かしら?

 地球の翻訳者ならそれが誰なのか知っているのかもしれない。


 え、リジェガルとラピスフィーネ?

 結婚式をやり直すと言ってたわよ?

 ラピスフィーネも宝石狂いの海賊の王子様ではなく本物の王子様を見つけたようね。


 で、そのラムズだけど……


 ……ラムズのブーツの爪先が緑の宝石の前で止まり、創造神の寵愛を賜った白くて長い形のいい指が宝石を拾い上げる。

 宝石を眺めていたラムズだったが黙って懐にしまい入れる。

 傍らではメアリが裸足で波打ち際に足を濡らす。

 大好きな宝石のはずなのに大した感慨もなさそうなラムズが不思議だった。

「大聖堂の宝石、だいぶ流されちゃったわね」

「宝物ならもう持っているけどな?」

「え? どこよ」

 ラムズはメアリのあごを人差し指と親指でくいと引き寄せて…… 


 燃えるような夕焼けを背景に海賊の王子様は人魚の唇を奪った!


「え……ちょっと、なに」  

 人魚にとってこれが何を意味するかラムズには話したはずだ。

「見つけちまったんだよ。世界でいちばん綺麗な宝石を。失いたくない存在をな」

 照れ隠しに数歩先につかつかと歩いたかと思えば、ラムズは上半身だけ少し振り向いてダークな雰囲気こそ変えないものの男の子らしいやんちゃな笑顔で白い歯をみせた。




「絶対放さねーからな?」




 海賊の王子様が五〇〇〇年かけてようやく見つけたいちばん大切な宝物はひどく赤面した。






原作

「愛した人を殺しますか? ──はい/いいえ」



CAST


リジェガル

ラピスフィーネ


ラムズ・シャーク

メアリ・シレーン

ジウ・エワード

ロミュー・ヴァノス

ヴァニラ

川戸怜宛


東城洋介

東城美咲

東城遥

東城幸一

東城藤子


荒垣健

立花康平

斯波高義

刺刀一馬


特別出演


阿南惟幾(大日本帝国陸軍大臣。陸軍大将)


参考資料

「日本のいちばん長い日」(半藤一利)

「オールアバウト海上自衛隊」(イカロス社)

YouTube「嵐フェス」オープニング映像

「男性アイドルの描き方」


製作・脚本・演出

松コンテンツ製作委員会


Thanks to 輝夜莉斗 様


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